第9話 最下層のボス討伐やるコラボ配信!
最下層!
そこにいるのは、階層ボスである。
倒せば報酬は大きい。その分、強力な敵が待ち受ける。
「階層ボス、いけるか?」
「どうかしらね。ウルフはどうなの?」
「余裕だろ」
「でしょうね」
ウルフは自信満々だ。いつでもどこでも、ウルフはその姿勢を崩すことがない。
「調べたところ、耐久戦を強いられるそうだ」
「私たちの力をもってしても?」
「なにせ、一般的な討伐所要時間が非常に長いからな」
「それは面倒ね」
正六面体ふたつからなるシンプルな敵ながら、倒すのが面倒である。特徴的な形状ゆえ、“ダイス”との異名がつけられている。
一定のダメージを蓄積させると、出し抜けに半分のサイズにわかれる。
これを何度も繰り返し、サイズは小さいが敵の数は増えていく、という状況に陥る。
ただでさえ一体を分割させるのに時間を食うというのに、倒しても倒しても分裂が止まらないとあれば。
一体一体がさして強くない敵でも、数が多いと、探索者にとっては危ない相手と化す。
「徐々にギアを上げていくイメージ。いけるか?」
「いける!」
暗殺者たちは闘志を高めた。
「配信、始めるか」
「どっちもやるの」
「同じ映像を流すだけで利益が増える。いいじゃないか」
ふたりとも配信をすることになった。
「ようこそ視聴者。チャンネルは最後までそのままだ。きょうは階層ボス戦だ」
・お、やってるじゃん
・さすが!
・やっぱりあの人おって草
「やっほー! みんなの太陽、赤染茉理です!」
・あまあま〜
・茉理ちゃんだ
・あら、知らない男がいますねぇ……
目的地に向かいながら、話を続けていく。
「今回も」
「今回は」
「コラボ配信をする」
「コラボ配信だよ〜」
・いい加減にしろ
・さすがに擦りすぎでは
・全裸待機してました
ふたりは異口同音に宣言した。
「というわけで、階層ボスをぶっ殺しにいく」
「このダンジョンもついに最終回、かもね」
「いや、最終回だ。断定だ」
・夢? 階層ボスって何?
・致死率の高さで有名なキューブさん
・【悲報】自分が本物と思い込んだウルフさん、死を嬉々としてお急ぎ便で取り寄せてしまう
「ほぅ、俺の命を荷物扱いとは、いい度胸だな」
「こらウルフ、視聴者さんに意地悪しない」
「俺様は神だ。どんなに尊い視聴者であろうと、人間は神を超えられん」
・ウルフ、宗教始めるってよ
・伝説の暗殺者というステージを超えてしまったか……なんとも哀れな
「教祖を名乗り神を騙るのもいいかもしれん。手始めに狼の毛をお守りとして売りつけるか」
・探索者ワイ、ウルフの強さをあやかろうと買ってもおかしくない
・体毛? 嫌だな、呪われそう
・本物を騙って商売しちゃあかんでしょ
・ウルフ教徒になるしかない! いまならのちの幹部クラスを目指せるぞ!
・↑すでに手遅れな奴いて笑う
「ウルフ、教祖なんて名乗るまでもないわ」
「なぜだ」
「一定の視聴者を抱えた時点で、もう宗教みたいなものじゃない」
「一理あるかもしれんが、赤染茉理として、その発言はどうなんだ?」
・珍しくまともなウルフ、だと?
・茉理ちゃん、ウルフに洗脳されちゃった!?!?
・キャラ崩壊は御法度よ
「……どうしたの? 私、なにか変なこといった?」
「配信者は教……」
「どうしたの?」
「……なんでもない」
・あれ、尻に敷かれてる
・真の力関係がはっきりしたね
・【東京を泳ぐ鮫】押され気味のウルフさん、かわいい♡
「お、例の鮫じゃないか。きょうもありがとな」
「ちょっといま、デレてなかった?」
「そんなはずない」
「ちょっとニヤけてた。顔も知らぬ視聴者にキュンとするとかマジありえない」
「惚れてない」
「ふん、知らない」
・やめろ! 俺はウルフに嫉妬する茉理ちゃんなんて見たくないんだ!
・地味に熟年夫婦感あるよな、このふたり
・俺はなにも見ていない俺はなにも見ていない俺はなにも見ていない俺はなにも見ていない
・純愛派の僕は脳を破壊されました
なかには、一種のNTR要素を見出し、勝手に絶望する視聴者もいたようである。
「茉理、もうすこしだろうか」
「飛ばせばね」
「いまからスピードを出す。カメラ酔いには気をつけろよ」
いって、走り出す。
ただただ速い。パラパラ漫画のように、速すぎてスローにさえ見える、というところかもしれない。
・これは一種の映像テロよね
・耐えさえすれば新たなステージにいけるのでは
・↑ガチの信者が出てきちゃったねぇ
深層のなかの深層とあって、上級者もそこそこ潜っている。
さすがに今回は、途中で別の探索者と遭遇した。あまりの速さに驚きを見せる探索者の姿を、高性能カメラは捉えていた。
・目ガン開きの探索者おったな
・一瞬しか出てないのにインパクト強い
・ウルフも茉理ちゃんも人間のレベル超えちゃってる……神と呼ばれてもやむなしか
「ついた」
「いよいよね」
しばらくして、画面が安定した。
階層ボスの部屋とあって、扉は他のものよりも豪華。強敵特有の威圧感を、ウルフはとらえた。
(まぁ、想定内だがな。俺も茉理も)
強いモンスターに特有のオーラがあるからといって、ウルフにとって強敵とは限らぬ。
赤染は静かに笑った。歯が立たない相手、とまではいかない。しかし、退屈させない敵ではあるだろう。そう思ったのだ。
「では、視聴者諸君にクエスチョン。最後の一撃は、どちらが決めるか? 投げ銭で賭けてもいいぞ」
「当たってもお金は視聴者に還元されないじゃない」
「…… プライスレスな視聴体験をお届けする」
「投げ銭してほしいだけじゃない」
・強引すぎだろ!
・無理ありすぎ
・まぁ、階層ボスだもんな。倒したらふつうにすごいし、投げ銭を求める気持ちもわかる
やや批判的なコメントもあった。
が、ウルフのいうとおり「俺はウルフに魂を賭ける」「茉理ちゃんしか勝たん」というようなメッセージとともに、投げ銭をする視聴者もすくなくなかった。
「準備はいいか」
「ええ!」
「いくぞ!」
開く。
部屋の奥に佇むは、大きな正六面体。
ウルフたちが近づくと、ひとつの頂点を軸にくるくると回り出した。
止まると、ウルフたちを向いている面に、目が現れた。黒く、虚ろな目をしていた。
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