第3話 ボス討伐なんて余裕な配信外!

「もうすこし、狩るか?」


 雑談をし、すこし休憩してから、ウルフは赤染に呼びかけた。


「ええ、もちろん。私、全然狩り足りてないもの」


 配信上では、巨大狼ビッグウルフを高速でズバズバ倒しまくっていた両者であったが。


 彼らは、別に本気を出し切っているわけではなかった。


 本気を出してしまえば、数十匹のモンスターなど、瞬時に抹殺できる。それだけの力を有している。


 それを、手加減もなしにぶっ放すと、どうなるか。


 ダンジョン自体が危うくなる。ダンジョンがやわな作りではないとはいえ、下手すれば倒壊してもおかしくない。


「カメラが回っていないと、やはり楽しそうに見える」

「あったりまえでしょ! もちろん視聴者との交流は面白いけどさ」

「おう」

「どうしても、ちょっとは猫を被んないと、視聴者の中の赤染茉理像を壊しかねないから」

「俺とコラボ配信してる時点で手遅れだろう」

「……否定はできないわ」


 十年以上の付き合いとなると、もはや兄弟・姉妹に近い。いると安心する存在、という認識は、無意識の中にあるといえる。


巨大狼ビッグウルフ殺しなんてチャチなものはやめだ。もっと楽しいものじゃなくちゃな」

「ボス戦?」

「それでようやく及第点だろう」

「わかってるじゃない」

「よかった。どうせ誰にも見られることはないだろう。羽目を外してやってくれ」

「もちろん!」


 ある程度のレベルを超えると。ダンジョンのより深い層にいくほど、当然、同じ階層に潜っている人は減る。


 そもそも、探索者の母数自体、最盛期よりかは。ややすくない。


 致死率の高さ、治安の悪さ、稼ぎの不安定さ――このような、探索者の負の側面がクローズアップされた結果。


 まともな人間の場合、志願する者は、減っていった。


 罪を犯したもの、表社会には出られないものなど、ダンジョンは、社会の負の側面に属するものも、多く志願するようになった。


 中には、アイドルと探索者の掛け持ちをやる者もいる。


 この場合、強い探索者の中で、容姿に優れたものがアイドルとしてスカウトされるケースが多い。


 赤染は、別にアイドルなどやっていない。持ち前の容姿がチャンネルの注目度を高めたのは確かだが、アイドルをやる暇など、彼女にはなかった。


「狩りに飽きたら地上に出るつもりだけど、ウルフはどうするの?」

「外に出るわけないだろう? 狼フェイスのまま外を出歩けば、目立ちすぎてしまう。格好よs……」

「目立つのは、ただ異端に映るからよ。その狼顔じゃ」

「仕方ないだろう。俺は改造人間なのだから」


 彼の顔は、獣人化スキルによるものではない。


 特務機関により人体改造を受けたためである。


「顔は戻せることには戻せるんだっけ?」

「一日に、合計して約三分間だけだ」

「外に出られなくても仕方ない、か」

「当然だな。きょうもダンジョン暮らしだ」


 ダンジョン内では、手に入れたアイテムをその場で転送・換金できる。


 換金した分は、個人の探索者アカウントに反映され、ここから買い物も済ませられる。


「じゃ、いきましょうか」

「望むところだ」


 ボス部屋までに現れるモンスターは、赤染やウルフにとっての敵ではない。


 髪についたホコリを払うかのように、サクサク討伐していく。


 ダンジョンにおいて、レベル・ステータスという概念はないが、モンスターを倒すほど強くなるのは確かだ。


 むろん、強すぎる彼らにとって、雑魚敵から得られる経験値など、極めて低いだろうが……。


「ウラアアアアアアッ!」

「ほい」


 ドンッ!


「ウッ……」


 道中に現れた、巨大なコウモリ型のモンスターと、ウルフとの戦闘である。


 迫り来る敵に対して、ウルフが仕掛けた攻撃は、デコピンだった。


 指で軽くはじいただけように見えたが、指に魔力を過度に集中させたことで、とんでもないエネルギーが炸裂した。


「ほんとあんたの能力さえあれば、世界征服もできそうね」

「世界征服なんてちゃちな目標は立てないっ、さっ! するまでもなく、勝手に世界から崇拝されるだろう。赤染、魔石を回収してくれ」

「私はあなたのパシリじゃあ・り・ま・せ・んッ!」


 いいながら、コウモリ型のモンスターを薙ぎ払う。


 連続攻撃が浴びせられ、ひとたまりもなく、モンスターは灰となる。


「でも相棒バディだ」

相棒バディなら、私もあんたに命令してもいいんじゃない?」

「この世界は俺がルールだ」

「くだらない妄想はあんたの世界だけにしてよ」


 ふたりは軽口を叩きつつ、現れるモンスターを葬った。


 やや襲ってくる敵が多かったゆえ、いつもより時間はかかったものの。


「ボス部屋、到着ッ!」

「ようやくね」

「俺ひとりなら倍速は余裕だろう」

「私は三倍速ね」


 常人に比べれば、爆速とでもいう討伐スピードだった。


「私が開く。ウルフは構えてて」

「いわれなくとも承知している」


 固く閉ざされた扉を両手でこじ開ける。


 一度軽く開けば、あとは自動で開く仕組みとなっていた。


 広い部屋の中で静かに眠っていたのは。


「ググググ……」


 三つの頭を持つ獣――ケルベロスだった。


 ただのケルベロスではない。


 人よりもはるかに大きく、機動力抜群のものだ。


「またケルベロスか。ダンジョンも、モンスターのネタに困窮しているらしい」

「別に見た目なんてどうでもよくない? 昔は人間しか殺さなかったわけじゃん?」

「珍しく正論だな」


 踏み込んだ赤染とウルフを察知し、ケルベロスは眠りから醒めた。


 咆哮。


 赤染の髪が揺れる。


「何分でケリをつける?」

「私たちの場合、何秒、の間違いじゃない?」

「かもな」


 三つの口からブレスが生成されていた。


 水、炎、光の三属性である。


「いざ、参る!」

「私も!」


 距離を詰めていく途中、ブレスが放たれた。それぞれの口から、連続で。


「邪魔!」


 展開した魔光剣によって、赤染はブレスを消滅させつつ進む。


 より強い魔力をまとわせることで、ブレスを無効化していた。


「遅いな、所詮はただの獣か」


 向かいくるブレスを、ウルフは避けつつ走った。


 逃げ道を塞ぐように次々と来るものを、驚異の身体力によって軽々とかわす。


 足にバネでも入っているかのように、軽々と高くジャンプする。空中でもブレスを避けつつ。


 ケルベロスの頭のうち、ひとつを拳で吹っ飛ばす。


「もっと楽しませてくれないとな?」


 首を飛ばされたとはいえ、すぐに息絶えるようなケルベロスではない。すぐに首は再生する。


「赤染、やるぞ!」

「もちろん」


 それから。


 戦闘時間、わずか五分。


 元特務機関所属の兵士たちは、階層のボスを軽々と葬ったのだった――。

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