第2話 殺し屋だった過去を振り返る、配信後!

「……ということで、今回の配信も百点だったな。俺が来たために、九十点の加点が入ったからな」

「あんた、いい加減その口塞いであげよっか? ん?」

「茉理にいわれる筋合いはない」

「あります」

「ない」

「あるっていったらある! もう……」


 配信終了後。


 赤染茉理はキレ散らかしていた。


 主にウルフのせいだった。


 ウルフは、自身の配信に、我がもの顔で傲岸不遜に振る舞った。怒らないわけがない。


「別にいいだろ」

「なんでよ」

「俺たち、長い付き合いじゃないか」

「……それ、いわないでっていったじゃん」

「まさか、相棒バディだった過去を忘れたわけではあるまい」

「覚えてるってんの、バカ」


 赤染の配信において、彼女とウルフは、「ある日たまたま出会った」ということになっている。


 しかし、現実は違う。


 表面上では。


 ギャル風の現役JK。


 元特務機関という妄想に取り憑かれたヤバい男。


 実際にはどうか。


「やれやれ、すこし前は、俺とお前で、特務機関のトップ争いに励んでたっていうのにな……」


 特務機関。


 それは、ダンジョンができる前から、影で日本の治安を支えていた、「闇の英雄」的組織だった。


 単刀直入にいえば、かつて最恐と悪名高かった殺し屋集団だ。


 幼少期から殺し屋としての技術を叩き込まれ、実戦に投入させる。


 標的ターゲットを油断させるのに、子供は最適だ。ゆえに、特務機関の創立者は、若い少年少女を主な構成員とした。


 政治家、組長、社長……。


 このような大物から小物まで、多くの殺しに、彼らは携わっていた。


「昔の話は嫌い」

「もう、生き残りは一割もいないんだと」

「ウルフさ。話、聞いてた?」

「もちろん聞いてない」


 はぁ、と赤染は髪をかきつつため息を吐いた。


 特務機関は、長年に渡って、おびただしい成果を上げてきた。膨大な量の血を伴って。


 訓練された殺し屋とて、人間である。死ぬときは死ぬ。


 拳銃で心臓を撃ち抜かれれば、ぽっくり逝く。人間である以上、生き物としての限界はあった。


 そのなかでも。


 コードネーム【ウルフ】。


 コードネーム【血祭りブラッディ・フェスティバル】。


 この二名は、群を抜いた実力者だった。


 両者は、物心ついた頃から、バディを組んでいた。組まされたのだ。


「ブッ潰れた組織に興味はない、か」

「私の汚点よ、あんな過去」


 一時は繁栄を誇った特務機関も、数年前の事件をきっかけに、潰れた。


 世界的なダンジョンの発生である。


 フィクションの世界から飛び出して、ダンジョンは現れた。


 まるで、昔からあったかのように、世界的に発生したのだ。


 ダンジョンが都市ど真ん中にできた国もある。そこにいた人々の行方は、いまもなお不明だ。


「悪かった。ダンジョンの発生程度で周章狼狽する機関に、思い出す価値もないか」

「あったりまえでしょバーカ」


 一年も経てば、ダンジョンは日常に溶け込んだ。世界の形を、丸ごと変えてしまった。


 新資源の発見、スキルの発現、ダンジョンを巡る利権争い……。


 ルールの変わった世界において、特務機関の持つ影響力は、一気に変動した。


 スキルを得た人間も、かなり強い、という事実があった。


 もはや、人並外れた身体能力も頭脳も機転もなにもかも。


 スキル持ちという、人間を超越した人間が、常識をぶち破った。特務機関の者たちですら、何人も、スキル持ちにやられた。


 ともかく、ダンジョンが現れ、秩序を失った時期に、特務機関は消滅したわけである。


「昔の話はこの辺にして、いまの話をしよう」

「いまの話?」

「収益さ、ダンジョン配信の」


 そもそも、ウルフは、赤染めのチャンネルのゲストでしかない。


 別にふたりはカップルチャンネルとして運営しているわけではない。


「は? 私のチャンネルに乗り込んでおいて、それはないでしょ!」

「俺たちは相棒バディだ。チャンネルも共有物と主張する権利が俺にはある」

「まさか収益は……」

「折半が昔からの取り決めだろ?」

「うぐぐ……」


 任務の結果に対して与えられる報酬は、チームとして、ひとくくりで渡された。


 後の取り分は自由。


 彼らの場合、それは折半と決まっていた。


「それに、俺が参加してから、登録者数はうなぎのぼり、投げ銭も増える一方だ」

「……」


 事実だった。


 並外れた戦闘能力、濃すぎるキャラ、ふたりの相性の良さ……。


 こういった要素が絡み合い、赤染のチャンネルは、短期間で倍以上に登録者を増やしている。


「癪だけどあんたのおかげね。でも、調子に乗りすぎてると、いつか痛い目に遭うわ」

「死ぬまでに遇うだろうかな」

「まったく、昔から口の減らない男ね」


 口では喧嘩を売るような言葉をつらつらというが。


 相手の戦闘能力だけは、どちらも信用している。これだけは確かだ。


「ウルフは、このまま『俺がウルフだ』って喧伝し続けるわけ?」

「ずっとだ」

「思ってたけどさ、私たちって裏社会では通る名前だったでしょ」

「ああ」

「もういまさらって感じだけど。私たちの過去を知る奴らに目をつけられたいワケ? どう考えても頭が悪いって。身に危険が及んだらどうするの」

「身の危険が及ぶような相手を欲しているからな」


 ウルフは強い。


 否、強すぎた。


 モンスターでも人でも、ふつうに倒せてしまう。赤子の手を捻るように、容易く。


 それではあまりにも物足りなかったのだ。


「あなたはいいけど、私の後援者パトロンに迷惑がかかったら困るもの」

「うむ……茉理の意見は尤もだ。だが、相棒バディの掟を忘れたとはいわせんぞ」

「掟?」

「連帯責任――自身の権利を無理やり訴える、魔法の言葉だ」

「つまり、ウルフとしては知ったこっちゃない、っていいたいの?」

「いや、そこまではいっていない。茉理の周囲の人々の安全は、俺ができる限り保証する」

「安心ならないわっ」

「世界最強の俺で安心できなければ、誰にも警備など任せられんというものだと思うが?」

「……その通りね」


 赤染は、何度かウルフを説得しようと試みた。


 が、このようにはぐらかされ、いまだ成功していない。


 特務機関という、赤染にとっては忘れたい過去の象徴であるウルフ。


 彼とともにすることに、全面的に好意を抱いているわけではなかったが。


 長い付き合いゆえ、彼とともにいると、利益があることを、赤染はよく知っていた。

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