第53話

【グランド視点】


「う、ぐうううう」


『どうしたんだ?』」

『急に泣き出したぞ!』

『泣いた意味が全く分からない』

『グランドは頭がいい。俺達が気付かない何かが見えているのかもな』

『グランドはいつも謙遜してさらっと済ませるけど超優秀だ。何かが見えてるに決まっている』



 ニャリスは私の撮影を黙って続けた。


 私は、涙を拭きながら食事を続けた。




「実に素晴らしい食事でした」

「どうして泣いたの?」

「後にしましょう。今はうまく話せるか分かりません」

「出来れば早く知りたいなあ」

「では、夕方にしましょう。早めに仕事を終わらせます」


 私は仕事に戻った。


 色々な事を思い出した。




 仕事が終わると辺りは薄暗くなっていた。


 ニャリスが雰囲気の良い焚火を用意し、そして椅子を用意していた。

 私はそこに腰かけると、パチパチと薪がいい音を鳴らす。

 イクスさんが新しいログハウスを作る『コーン!コーン!』と響く音が心地いい。


 私の好きなコーヒーが運ばれて来て、元奴隷だった子供も集まって私を見ている。


「OK!配信スタート!」


「ニャリスだよ!今日はグランドさんから昼の涙について聞いていくよ」


「早速だけど、グランドさん、どうして泣いていたの?」

「昔の事を思い出していました。私はイクスさんに連れられて、仲間と一緒に魔物狩りのキャンプをしていました。その時の事を思い出して、そして一部配信コメントにあったイクスさんへの否定的な意見を聞いて、色々な感情が渦巻いてしまったのです」


「詳しく知りたいなあ」

「長く、なります」

「いいよ」


 私は焚火を見つめ、コーヒーを一口だけ啜った。


「私は、昔イクスさんとキャンプをしていた際、まだ気づいていなかった事がありました。私が気付かない所でイクスさんに助けられていた事実を悟ったのです。そこで私の愚かを痛感しました」


 焚火がゆらゆらと揺れる。

 

「結論から言います。本来魔物狩りのキャンプは苦しいのです。保存の効く硬いパンは数日で風味を失い、塩の効いた干し肉は毎日食べていて嫌になります。特にスライムだけを狩るとなれば新鮮な肉は中々手に入りません。食事の面だけで考えても辛いのです」


 元奴隷の子を見ると私の話に引き込まれている事が分かる。


「そしてキャンプでは思いもよらぬトラブルが起きます。剣が折れたり、ケガをしたり、思いもよらぬことが起きます。そして今回のキャンプで考えれば本来はギルドと湿地帯の往復で1日のほとんどを歩き、ギルドで長時間待たされます。街の宿屋はすべて埋まり、食料の供給も不足しています。結果働いても働いても儲けは少ない、普通に考えてこんなに快適に過ごせるはずが無いのです」


「お母さんが快適になるようにしていたのかな?」

「そうです!イクスさんはギルドに出張買取の施設を作るよう街と交渉に行きました。その時、イクスさんが交渉に失敗している配信を見て笑っているコメントを見ました。しかしよく考えて欲しいのです。今どうなっているのかと」


『たしかに、領主は重い腰を上げて応援を呼んだ』

『お母さんじゃなきゃ、どんなに動いても何も変わらなかっただろう』

『お母さんを笑う奴が薄っぺらく見えてきた』



「そうです。結果を言えばイクスさんの諦めない粘り強い対応の成果が出て、街は重い腰を上げ、他の街からギルド職員の応援を決めました。確かに完全には解決していません。しかし、確実に改善されているのです!」


「お母さんのおかげで皆が快適になったのかな?」

「そうです!イクスさんがもし、自分の事しか考えない人間であれば、交渉をする必要はありません。もっと言えばイクスさん一人ならスライムを効率よく倒しす、これだけでよかったはずです!みんなの成長を考えて、遠征を体験させたくてイクスさんは皆を連れてきたのです!ここにいるみんなが困らぬよう考えてです!!」


 私はコーヒーをグイっと飲み干し、話を続けた。


「街が動かなくて困るのはここにいるみんなだけではなくギルド職員もなのです。街の領主がギルド職員の応援を呼ぶことを決断しなければギルドに応援の人員は呼ばれません。そして魔物の納品で待たされイライラした冒険者はギルド職員を責めます。ギルド職員は給金が変わらず、忙しくなったにもかかわらず冒険者から怒られ、更にクエストの依頼人から怒られ、下手をすれば領主から何とかしろと怒られます」


「酷い話だね」

「ですが領主からすれば利益が出ればギルド職員の忙しさはどうでもいい、冒険者は早く納品が終わればどうでもいい、クエスト依頼者は早く依頼が解決すればどうでもいい!そう、ギルド職員の事を考える者は少ないのです。考えて行動したのはイクスさんだけなのです!!」


 言葉が自然と紡がれる。

 私は操られるように、何かが乗り移ったかのように言葉が自然と溢れ出す。


「イクスさんは自分で自分でリスクを負いながらスライム納品の取引所を作りました。その利益は評判の良いブルーフォレスト領主の元に流しました。更に納品のついでに物資が揃わずここに来る事が出来なかった居残り組のみんなを連れて来ました。皆が良くなるように!自分では無くみんなが良くなるように考えてです!利他!利他の精神で行っているのです!!」


『言われてみればたしかに!』

『お母さんのおかげで皆が楽になっている!みんなが儲けられるようになっている!』

『ギルド職員、元奴隷のみんな、ここに集まった他の冒険者みんなが少しずつ快適になっている!そこまで考えていたのか!』


「その通りです!イクスさんは1つの手で複数の効果を生む、そう言った手を好みます。浅い考えで動いているわけではありません!スライムの簡易取引所を作る事でギルド職員の負担は減り、移動時間を減らす事で冒険者の負担は減り利益が上がり、スライム討伐は早く進み、更には領主までも重い腰の上げました!」


「更に食堂を作る事で冒険者の負担は減り、まともな食事を摂る事で回復力が増し、皆が当たり前のように楽しくキャンプ生活を続けています!そして今作っているのは工房です!武具の修理や販売をする事で、キャンプをしながらにして武具を揃える事も出来ます!」


「イクスさんはこの地を街のように快適にしつつあります!これが万能の救い手!伝説の英雄にして今なおみんなを救い続けるイクスさんなのです!皆さんにはイクスさんがやっている事の表面だけではなくもっと深い部分を考えて貰いたい!」


 パチンパチン!


 私の話が終わると皆が黙り静寂の中に心地の良い焚火の音が聞こえた。

 そこに仕事を終えたイクスさんが歩いてきた。


「皆集まってキャンプファイアか。キャンプは楽しいよな。所で武具工房が出来たから錬金術師の子は使って欲しい。料金は自分で決めていいぞ。それと、ログハウスは分解してストレージで運べるようになっているから、ここにいるスライムが少なくなったらもっと前に拠点を移そう」


「イクスさん。あなたという人は、人を助け続けて、それなのに努力を決して見せないのですね」

「意味が分からないけど、みんながお店係をやってくれているおかげで助かっているぞ」


 そう言って、イクスさんは去って行った。


「私の腕を見てください。鳥肌が立っています」

「鳥肌が凄いよ!」


『あのグランドさんに鳥肌を立たせたのか!』

『グランドの解説を聞いてからお母さんの言葉を聞いて、俺も鳥肌が立った』

『ある意味お母さんは魔王だよな。凄すぎる』

『俺はお母さんの事を深く見ていなかった。改めて考えると最初は小さいと思えることが今大きくなっている』


『最初は1人だった奴隷解放が今じゃ数千人単位か』

『あの後姿がかっこいい』

『俺も鳥肌が立ったぜ!カッコ良すぎる』

『ワイもお母さんが好きや。抱かれたい』


 リスペクトのコメントが大量に流れて私は満足した。


「イクスさんが求めているのは未来の成長です!未来を見ているからこそ人に寛容で、粘り強い働きが出来るのです!」


 更にコメントが流れる。

 私は配信を終わらせ、食堂に向かった。

 食堂に行くとイクスさんが作ってくれた料理を思い出す。


 とても、懐かしい。





 数日後になりようやくイクスは今回のコメントを発見するが時すでに遅し。

 隠蔽しきれぬままモブメッキはべりべりと引き剥された後だった。

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