私なりの『復讐』

 あたしはマナの力をイメージした。コイツにはちょっとやそっとの力じゃ通用しない。だから、あたしは極限まで強い力で奴を屠ってやる!

『光よ……』

 あたしは心を落ち着けて、

「我が武器に――」

『我が身体に――』

「『その力を宿せ!』」

 マナの力が、あたしらが持っているブーメランに集まってくるのが分かる。それも、今まで感じたことのない途方もない力だ。その恩恵なのだろうか、ブーメランがあたしの身体よりもずっと強い光を放っている。

「はあああああああああああああああああああッ!」

 思いっ切り大きく振りかぶって、あたしたちはブーメランを投げた。弧を描いた軌道には光の跡が煌びやかに照らされている。

 そしてその軌道は、瞬時にマナ・イーターの腹部へと直撃した。

『光よ、弾けろッ!』

 あたしはブーメランが当たった瞬間を見計らって、更にマナの力を込めた。

 光の粒が、マナ・イーターの胎内から一気に漏れ出す。そして、間髪を入れずに身体が徐々に爆発するかのように弾けていく。

「『いっけえええええええええええええええええええッ!』」

 そして、マナイーターの身体は――、

 光の粒が洞窟内を照らすのと同時に、粉々ともいえるレベルまで霧散していくのだった。

「や、や、や……」

 あたし、いや、ルーシェの身体はへなへなと力を失って尻餅をついてしまう。

『やったあああああああああああああああああああッ!』

「か、か、か、か……」

「勝ったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 ――勝った。

 あの、得体の知れない生き物を、あたしたちは倒したんだ。

 全身の力が抜けていくのと同時に、ルーシェの身体は淡く光りだす。かと思いきや、突然ポン、と小さく弾けた音が聞こえた。

「あっ……」

「もど、った……?」

 あっという間に、あたしの視界はズームダウンしている。目の前には、地面に座り込んでいるルーシェの、巨大な身体。あぁ、元に戻ったんだな、とあたしは理解した。

「つ、疲れた……」

「なかなかやるじゃない! あの化け物を倒しちゃうなんてね」

「あ、あはははは……」

 あたしはふと、先ほど弾け飛んだマナ・イーターのほうを見る。小さな肉片が数個ほど、地面に散らばっている。だけど、もうピクリとも動かない。再生する気配なんて、これっぽちもない。

「あれもマナで出来た生物だったから、強烈なマナを叩き込んだらほとんど形も残らないってことだな」

 なんだろう。折角倒したのに、少しだけやりきれない思いが残る。

 マナ・イーターだって、生まれたくて生まれた存在じゃない。あの偽ダゴンの汚い思惑によって、無理矢理造りだされた存在なんだ。そう考えるとコイツも被害者なのかもな、とあたしは感じてしまう。

 ――いけない、いけない。

 同情している場合じゃない。あたしは頬を叩いて、我に返った。

「それよりも、ダゴンを追いかけなきゃ!」

「そうね!」

「おう! 二人に追いつくぞ!」

「ルーシェも立てる?」

「う、うん……」ルーシェはお尻の砂埃をはたきながらゆっくりと立ち上がった。「ミトラ、行こう!」

「オッケー!」

 あたしらは一目散に、偽ダゴンを追いかけるのだった。


「はぁ、はぁ……」

 洞窟内の袋小路。偽ダゴンは息を切らしながら、壁に手を突いて身体を支える。もう仮面の下からは、汗がかなり滴り落ちている。

「もう逃げられないぞ!」

「最早袋の鼠、ですわ」

 ちょうど、フォンとシェーヴィが彼らに攻め寄っているところで、あたしらは二人に追い付いた。

「お待たせ!」

「ミトラ! ってことはマナ・イーターは?」

「貴方たちがここにいるということは、つまり――」

「モチのロン! 倒したよ!」

 あたしはにっこり笑顔でVサインを作った。

「ち、チキショウ……。喰われてなかったのか……」

「あったりまえじゃん! 後はアンタだけだよ、偽物野郎!」

「う、う、うがああああああああああああああああッ!」

 ダゴンは仮面を外し、地面に叩きつけた。汗まみれの中から現れた顔は、さっきまで丁寧口調だったとは思えないほどの不細工な顔立ちだ。顔の右半分は傷跡まみれだし、唇も突起している。あまり人の見た目をどうこう言いたくはないけど、コイツの心を現しているような顔つきに見える。

「観念しな!」

「ぐっ、へへへ……。貴様ら、どうせマナ・イーターとの戦いで消耗しきっているだろう。疲れ切っているのは見え見えだぜ」

 なんだか痛いところを突かれた気がする。とはいえ、全くと言っていいほど悔しくはない。余裕がないのはお互い様だし。

 さて、どうしたもんかな……。

「逃げてやる! 俺は、捕食者協会の、ナンバー2にのし上がってやる! 貴様ら如きに捕まってたまるか!」

「あー、はいはい。そうですか」

 もうコイツに対する感情は呆れしかなかった。

「どけッ!」

 偽ダゴンは思いっきりこちらに突進してきた。

「おわッ!」

 と、あたしらが思わず避けようとすると、

「土よ、牢獄となれ」

 どこからともなく詠唱が聞こえてきた。

 と同時に、地面が一気に盛り上がっていき、偽ダゴンの身体を包み込む。

「な、なんだこれは……。出せッ! 出せえええええええええええええッ!」

 分厚い土の壁の向こうから、微かだがダゴンの焦る声が聞こえてくる。ところどころ壁をドン、と叩いているようだが、まるでビクともしない。

 ――えっと、これって。

「はぁ、全く。呆気ないもんだな」

 ――この声。

「お師匠様はこんな奴に……」

 ――まさか。

 あたしらは思わず背後を振り向いた。

「よっ!」

「待たせたな」

 そこにいたのはメイサだった。岩壁を背にして、腕を組んでもたれている。

 そして、その横にいるのは――、

「り、リドゥ……?」

 何故か、そこにリドゥがメイサの横で羽ばたいているのだった。

「遅くなってスマンな。地上で負のマナストーンを持っている妖精使いたちがいてな。なんとか処理するのに手間取ってしまって」

 もう一組の受験生たちのことだ。

「アイツら、自我を失っていたようだがなんとか元には戻ったぜ。使役妖精たちのことは本当に気の毒だったが……」

 ――良かった。

 嫌な奴らだったけど、なんとか助かったことだけでも良しとしておこう。今度会うことがあればキックの一発は覚悟してもらうけどね。

「でも、お師匠様。その妖精は……?」

「確か今は使役妖精がいらっしゃらなかったはずでは……」

「しかも何でリドゥが!?」

「あら、ミトラ。お知り合いでしたの?」

 驚いたなんてもんじゃない。だってリドゥは聖域にいるはずなのだから。

「あぁ、コイツか」メイサはにやり、と微笑んで、「ついさっき、契約したんだよ。アタイもそろそろ新しい妖精と契約したかったからな。まさかコイツが召喚されるとは思ってもいなかったけどな」

「あぁ、俺はリドゥ。大地の妖精だ。んで、そこにいるミトラとは聖域にいた頃からの顔馴染みだ」

「あ、うん。嫌というほど知っている」あたしはちょっとだけしどろもどろになりながら、「そっか、リドゥが、メイサの使役妖精になったんだ……」

「おう。つーわけだから、しばらくは同じ家で住むことになるってことだ。ま、お前ら今後ともよろしくな!」

 気さくな態度で挨拶をするリドゥ。何だか相変わらず過ぎて、かなりホッとしてしまう。

「よ、よろしく……」

「お願い、しますわ……」

 フォンとシェーヴィは戸惑い気味に挨拶を返した。

 そして、ルーシェは

「えっと、あれ? あなた、どこかで会ったこと……」

「き、気のせいじゃないかな?」

 思わずあたしは適当にたどたどしく誤魔化す。そういえばルーシェが聖域に入ったとき、ちょっとだけ会ったっけ。記憶を失くしているはずなんだけど、もしかしてちょっとだけ取り戻していたり、なんてないよね?

「さて、それよりもコイツの所業だが……」メイサは土の壁にいる偽ダゴンのほうを向いた。「どうしてやろうか。妖精妃様に突き出すか?」

「いや、妖精妃様の管轄は、あくまで聖域内だけだ。人間界で犯した罪は、しっかり人間界の掟で裁け、とおっしゃられている」

 うん、正論だ。まぁ、本当はこないだの侵入者たちみたいに木へ変えられるような末路を期待していた自分がいるけど。

「しゃーない、か。これ以上はアタイらでどうにもできるもんじゃない」

「ぐ、俺を、どうするつもりだ……」

「ここで一思いに殺してやるのも一興なんだが、残念ながらお前のようなクズでも殺したら罪、だからな。当然、国に身柄を引き渡すことになる。ま、おそらくは処刑確定だろうがな」

「うっ……」

 こっちの世界の法律はよく分からないけど、そこまで甘くはないことだけは確実だ。ルーシェのお父さんを殺害しているわけだし、他にもたくさんの妖精たちを犠牲にしている。まぁ、当然だろう。

「良かったな。アタイらはお前にこれ以上一切手を出さない。言っておくが、処刑ってキツいらしいぞ。何せ、貴様の無様な死に様を大衆の面前で晒されるのだからな。アタイらはそれを見ながら大いに笑ってやるよ。それが……、アタイらのできる、せめてもの『復讐』ってことだ」

 なかなかにエグいことを言い放つメイサ。この言葉こそが、尊敬する師匠の命を奪った者に対する、精一杯の敵討ちなのだろう。

 そして、お父さんを殺害されたルーシェは、

「私も、これ以上何もしない。あなたにここで敵討ちするのは簡単だけど、この世で一番軽蔑するあなたと同じようなことだけはしたくないから。だから、せめて……、せめて、これからもあなたを一生、いや、あなたが死んでも憎しみ続けるから。それこそが、私なりの『復讐』だから」

 下手したらメイサ以上にえげつない言葉を言い放つルーシェ。多分、この子を本気で怒らせたら本当に怖いタイプだ。今後ルーシェのことを怒らせるのはやめておこう、うん。

「ち、く、しょ……」

 と言っているのだろうが、土壁から聞こえてくる声はもうほとんど聞こえない。コイツはもうダメだろう。

 ――さて。

「それじゃあ、後は国の偉い人たちに任せることにして……」あたしはふっと微笑んだ。「帰ろっか、皆の家に!」

「うん!」

「おいおい、何だか随分あっさりしているな」メイサが頭を掻きながらため息を吐いた。「いいのか、お前ら折角頑張って試験勉強していたのに」

「いいんです。おかげで一杯勉強できましたから」

「わ、わたくしもちょうど良い実力試しにはなりましたし」

「僕も、この戦いで凄い成長したかな、なんて」

「いや~ん、やっぱりフォンはカッコいい!」

「おじょう……、じゃなかった。シェーヴィも良くやったぜ!」

 皆が思い思いに言葉を掛ける。

 何て言うか、やっぱりこのメンバーは最高かも知れない。

 妖精に生まれ変わって、まだ数日だけど――、

 この世界、なんだかんだ言って、すっごく楽しい!

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