最終決戦!

 しばらくの沈黙――。

 もうルーシェに嫌われても構わない。契約を破棄されても構わない。だけど、これ以上知らんぷりするのは、絶対に嫌だ!

「そっか……」

 ルーシェはその一言だけ発した。彼女の気持ちを考えると、非常に胸が痛む。

「黙っていて、本当にごめん……」

「ううん、いいよ。そっか、やっぱりそうなんだ……」

 ――やっぱり、そうなんだ?

 それってつまりは――、

「もしかして、ルーシェ。知っていた、の?」

 ルーシェはこくり、と頷いて、「うん。薄々だけど、そんな気がしていたんだよね。不思議と驚かないよ」

「ルーシェ……」

 そう言っているルーシェの身体は小刻みに震えている。口ではそう言っているけど、多分まだ動揺が収まらないんだろう。

「はっはっは! そうでしたか。ご存知ならば多くは語りません」次第にダゴンの高笑いが妖しくなってくる。「いかにも、わたくしは本物のダゴンではありません。捕食者協会のマスター・プレデター様に仕える幹部の一人です」

 ――やっぱりか。

 あたしはぐっと奥歯を噛みしめた。

「そこにいるバケモノもお前が創ったのか?」

 ――そういえば。

 ウィルの言葉で思い出した。ずっと話に夢中になっていて、そこに異形の化け物がいたことをすっかり忘れていた。いや、インパクトは物凄くでかいんだけどさ。

「ククク、そうです。あなたたちも先ほど見たでしょう。妖精を取り込んだ様を」

 さっきの妖精――。やはり、喰われてしまったのか。

「結局コイツは何なわけ?」

「わたくしが創り出した生物兵器、マナ・イーターですよ。妖精たちを捕食し、マナストーンへと変える、ね……」

 ――マナストーンへ、変える?

「まさか、この扉の奥にある負のマナストーンって……」

「お気付きになられましたか。ええ、妖精たちの成れの果て、ですよ。このマナ・イーターはありとあらゆる妖精たちを取り込み、彼らのマナを吸い取った後にマナストーンへと変えることが出来るのですよ。元々この洞窟に住んでいた妖精たちは皆、捕食済みです」

「なっ……」

 思った以上にとんでもない奴だった。あたしは怒りを堪えるのが限界に近付いてきた。

「なんで、そこまでしてマナストーンが欲しいの!?」

「ええ、勿論。全てのマナは我々捕食者協会が管理すべきなのです。人々はマナの力に頼って生きています。ですが、無駄遣いすればやがてそれらも枯渇してしまうのは明白ですから」

 そればかりは何も言い返せなかった。

 あたしたちが元いた世界だって、動物の化石をエネルギーにしていたとかあったし。だけどさ、それって……。

「アンタは、心が痛まないの? 妖精たちを犠牲にして、マナストーンを造りだそうなんて」

「痛むに決まっているじゃないですか。可哀想でなりません。なるべくなら穏便にマナストーンを手に入れたい。そのために何度も聖域に使いを出していたのですよ。まぁ、恥ずかしながら全て失敗に終わっていますがね」

 この前の侵入者たちも、その一人だったってわけか。

 口では痛むなどと言っているが、あまりそうは感じ取れない。所詮、その程度の認識なのだろう。

「だからマナストーンを造ろうと?」

「ええ。天然の物には劣りますが、なかなか精度の高い代物が精製できるので重宝しております。今回の計画ではそれに加えて、優秀なメンバーも増えて一石二鳥、というわけで」

「……妖精たちの犠牲は、仕方がないとでも言うの?」

「はい、その通りです」

 ――クソ野郎。

 あたしはそう言いたい気持ちを抑えて、静かに偽ダゴンを睨みつけた。

「もうひとつだけ聞かせて。本物のダゴンはどこにいるの?」

 あたしがそう尋ねると、偽ダゴンはクククと小馬鹿にしたように笑い出し、

「彼も愚かでしたねぇ。我々に歯向かわなければ、命だけは助かったものを」

「なっ……」

 最悪の予感が的中してしまったみたいだ。

「全く、名妖精使いとはいえども、所詮は人です。背後から急所を一突きにすれば一瞬でしたよ。おっと、どこにいるか、という質問でしたね。さて、最早どこに埋めたのかさえ分かりません。この洞窟内を探せば、骨の一本でも見つかるかも知れませんが」

 ――コイツ。

 どこまで外道なのだろうか。娘を前にして、全く悪びれる気配もなく、仮面の下から卑劣な言葉が次々と出てくる。

 段々、あたしは自分の顔から表情が奪われてくるのが感じ取れた。怒りがないわけじゃない。寧ろ、かなり燃え広がるような気分だ。

「ふふ、ふふふはははは、あーっ、はっはっはっは!」

 突然、あたしは笑い出してしまった。

「な、なに?」

「ははは、あーはっはっはっは!」

「おや、とうとう気が触れてしまいましたか」

 あながちそれは間違いではない。初めての感覚だ。怒りを通り越して、呆れをすっ飛ばして、もう笑うしかない。ここまで感情がハイスピードで変化したのは生まれて初めてだ。あ、あたし生まれて間もないんだった。

「あはははは! いやぁ、ホント、おかしい。もう自分が馬鹿みたいに思えるぐらい。こんなのにルーシェのお父さんはやられちゃったなんてね!」

「ミトラ……」

「あ、ごめん。お父さんのことを馬鹿にしているわけじゃないよ。ただね、ひとつだけ確実に言えることがあって」あたしはニッと偽ダゴンを睨みつけた。「この目の前にいるオッサンが、ルーシェのお父さんじゃなくて、本当に良かったってこと!」

「貴様……」

 偽ダゴンが手に持った錫杖をこちらに向けてきた。

「あぁ、やる? いいよ、相手になってやろうじゃん」

「へっ、そうこなくっちゃな! オイラも異論はないぜ!」

「僕も、妖精使いの端くれとして、こんな奴を見逃すわけにはいかない!」

「ホント、見下げ果てた外道ですわね」

「アンタなんかボッコボコにしてやるんだからね!」

 みんなが思い思いに一歩前に出てくる。頼もしい。

「ルーシェは?」

 あたしはそっとルーシェの目を見た。

「私は、うん。大丈夫!」

「本当に?」

 ルーシェは胸に手を当てて、

「なんだか気持ちが一杯一杯で、正直辛いよ。でも、今は……」ルーシェは一度深呼吸を挟んで、「この人がお父さんの名を語って……、それどころかお父さんの仇なら、私は絶対に……、絶対に、許さないッ!」

「おのれ……、青二才どもがッ!」

 とうとう偽ダゴンの口調が崩れた。おそらくこれが奴の本性なのだろう。

「あーあ、折角合格したら美味しいドーナッツを作ってあげようと思ったのになぁ。試験そのものが罠だったなんてツイてないなぁ」

「ミトラ……、別に気にしなくても」

「ま、それならこうしよっか。この偽物と化け物をとっちめたら、お祝いにドーナッツの作り方を教えてあげる。勿論、この前のよりも、ずっと美味しいものだから」

「うん! そのときは、私がまた料理するから!」

「オッケー、頼んだ! だから絶対、みんなで生きて帰るよ! そんでもって、盛大にドーナッツパーティーをやろう!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 みんなで勢いよく手を掲げて、思いっきり叫んだ。

「ええい、何をゴチャゴチャと……。いいか、このマナ・イーターはなぁ、俺が命令すればあっという間に貴様らを攻撃するんだからな! 簡単に倒せるなどと……」

 ――ドガッ!

 フォンが真横の岩壁を思いっきり殴った。拳が壁にめり込み、綺麗な亀裂がそこに生じている。

「黙ってくれないかな、クソ仮面」

 静かにフォンが睨みつける。だけど、そこにはいつものフォンらしい明るさは一点もない。かなり怒り心頭のようだ。

「ひ、ひいいいいいいいいいッ! お、おい! マナ・イーター! やってしまえ!」

 偽ダゴンの掛け声と共に、マナ・イーターが重い身体をのしっ、とこちらに近付けてきた。

「火よ、焼き尽くせ!」

 ウィルの掛け声と共に、彼の身体から真っ赤な火の玉が放たれる。マナ・イーターに直撃し、腹部に拳大ほどの焦げ跡が出来上がる。

「効いている、のか?」

「ちょっとだけ、だな。なかなかしぶとい奴みたいだ」

「全く、何なのよコイツ。マナ・イーターだか何だか知らないけど、まな板はミトラだけで充分だっての」

 この状況であたしの悪口を言ってくるサラス。とりあえず後で殴ることにしよう。でも今はそれどころじゃない。

 あたしたちは急いで構える。ルーシェもブーメランを取り出した。

「は、はははははは……。やれ、やってしまえ、マナ・イーター!」

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