第二次試験、開始

 数日後。遂に、二次試験の日がやってきた。

 あたしたちは前回の会場から少し離れた小山に聳える、小さな洞窟の前へと集合させられた。

「それでは、第二次試験を開始します」

 残っているのは、あたしらを含めてたったの六人。あれだけいた第一次試験の受験生から随分減ってしまった。

 例の仮面男――、もとい、ダゴン校長はあたしらを一瞥すると、軽く会釈をした。

「それでは試験の内容を説明いたします。三人一組でこの洞窟に入り、奥にあるこれを取って戻ってくることです」

 ダゴンは懐から何かを取り出した。

「それは……?」

 奴が掲げたのは、拳大ほどの石だった。キラキラと虹色に輝いている。宝石とも違う艶めかしい色合いに、何故か皆が見入ってしまう。

「これはマナストーンですよ。同じような石がこの洞窟の奥にいくつか転がっています」

 ――えっ?

 マナストーン。この前聖域に侵入した連中もそれを探していたっけ。でも、それって聖域の中にしか存在しないものなんじゃ……。

「あの、すみません」受験生の一人が手を挙げた。「マナストーンって、本来マナの中心部――、聖域にしか存在しないと文献で読んだことがあります。何故そのようなものがここに?」

 彼はあたしと全く同じ疑問を持ったようだ。

「なかなかいい質問ですね。勿論、これは本物のマナストーンではございません。私が疑似的に造りだした、言うなれば人工的な疑似マナストーンです」

「そんな簡単に造れるんですか?」

「はっはっは、私独自の製法ですよ。安心してください、レプリカみたいなものだと思ってくだされば結構です」

 ――結構です、って。

 ますますあたしの中でダゴンに対する心象が悪くなった。っていうか、この仮面からして胡散臭さが半端じゃない。

 もしこの人が、偽物だったとしたら――?

 あたしは首を横に振った。それは考えたくない。それはつまり、ルーシェのお父さんが無事ではないことを意味するようなものだから。

「ではチームですが……。あなた方三名は確か、同じお師匠様の元で修行をなさっているとのことで……」

「は、はい!」

 ルーシェがたどたどしく返事をする。

「そうですか。メイサさんのお弟子さんでしたよね。では、あなた方でチームを組むとよろしいでしょう。それでよろしいですね」

 ダゴンは振り向いて、他の三人に声を掛ける。

「別に構わないです」

「問題ないわよ」

「どうでもいいからとっとと始めようぜ!」

 眼鏡の少年、勝気そうな少女、そして嫌味ったらしい目付きの少年。三人の傍らにはそれぞれお付きの妖精たちもいる。

「分かりました。それでは、試験開始です。では、お先にあなた方からどうぞ」

 そう言って、もうひとつのチームを洞窟へと促していった。

「はっはっは! ワシの力を見せつけてやるわい!」

「おう! こんな試験軽くクリアしてやろうぜ!」

「あぁ、先に行かないでしょ!」

「やれやれ……」

 勝気な少年と、パートナーであろう白髭の妖精が意気揚々と洞窟へ入っていった。それに続いて、他の二人と妖精たちも入っていく。

 ――大丈夫かな?

 あたしは不安を胸に固唾を呑んで彼らを見守っていた。

 長いこと待っていたような気がする。多分、それほど時間は経っていないのだろうけど。その間、緊張感のせいか誰一人言葉を発していなかった。

 しばらくして――、

「では、あなた方もお入りください」

 ダゴンが促してきた。

 最初に足を踏み出したのは、ルーシェだった。彼女なりに緊張しているのだろうけど、一歩一歩、明らかに重い足取りで洞窟へと進んでいく。シェーヴィもフォンも、それに続いて進んでいくのだった。

「あたしたちも行こう!」

 小さな声で、あたしはサラスとウィルに話しかけた。二人が「うん!」と頷くのを確認すると、あたしたちも皆に続いて洞窟へと入っていく。

 ――鬼が出るか蛇が出るか。

 こうなった以上は意を決するしかない。ダゴン(本物かどうかは分からないけど)が何を企んでいるのかは知らないけど、あたしらで何とかしてみせる!


 洞窟内には土臭い匂いが充満していた。あと、案の定真っ暗だ。一メートル先の視界すら見えない。

「光よ、照らせ」

 安直な言葉と共に、あたしは光をぼんやりと浮かび上がらせた。これなら数メートル先も見える。

「ミトラ、ありがとう」

「疲れたら交代よろしくね、ウィル」

「へいへい」

 なんとか軽口でやり取りできるほどの心の余裕はある。でも、緊張感はまだ解けない。

「く、暗いね……」

「こ、こ、こ、こ、これぐらい、平気ですわ!」

 ルーシェとシェーヴィはお互いに肩を抱き合っている。何だかんだ似た者同士なんだな、この二人。

「そんなにビビらなくてもいいよ。こんなのただの洞窟……」

 フォンは淡々と進んでいく。今更だけど、この子のキャラはあまり掴めないな。なんていうか、あまりにも普通すぎる。

 そんなことを考えていると、

「あ、岩だ」

 洞窟の道中に、思いっきり巨大な岩の塊が立ちはだかっていた。

「ちょっと、これじゃあ通れないじゃん」

「さっきの人たちはここをどうやって進んだのかな……」

「いや、これは……」ウィルは岩をそっと触った。「マナの力が真新しすぎるな。どうやら、さっきの連中の妖精に岩のマナ属性の奴がいたみたいだぜ」

「え、それってあいつらがこの岩で塞いだってこと? 何のために……」

「決まっているでしょ! 私たちの邪魔をするためよ!」

 ――あんのクソどもッ!

 あたしは目を尖らせて怒りに震えた。これはダゴン以外にもとっちめなきゃいけない連中もいるってことだな。

「それよりも、どうしますの、これ?」

「オイラの炎で溶かしちまうには時間掛かるしな」

「そんなことしたら危ないでしょ!」

 ――どうしようか。

 あたしは思案したが、どうしようもない。このままじゃダゴンの件どころか、試験を中途半端で切り上げざるを得ない。

「あ、大丈夫。これぐらいなら……」

 真っ先に声を出したのはフォンだった。

「えっ、一体どうする……」

 とあたしが聞く間もなく、フォンははぁ、と呼吸をした。

 ゆっくりと拳を握り、構える。そして、一気に突き出して――、

「はあああああああああああああああああッ!」

 岩に一気に正拳突きを叩きこんだ。

 拳がねじり込まれた箇所から、ピキッ、とひびが入り、亀裂が徐々に広がっていく。と思いきや、あっという間に岩が粉々に砕け散って、ガラガラと音を立てながら地面になだれこんでいった。

「え、えっと……」

「これでよし、と」

 フォンがにっこりとあたしたちのほうを見てくる。

「フォン……、あなた一体何者ですの?」

「ん? 僕? まぁ一応、拳闘士のスキルも持っているからさ。これぐらいの岩ならどうってことないよ」

 ――どうってことないって。

 あたしたちは冷や汗混じりで彼の姿を呆然と眺めている。華奢な見た目から全くといって想像できない。

「きゃああああッ! フォン、カッコいい!」

 サラスはといえば、相変わらずフォンにデレデレと身体を擦っているのだった。

 ――なんか、この先色々と大丈夫な気がしてきた。


 そこから奥に進んでいく。

「うーん、もうアイツらの妨害はないみたい」

「あの岩だけで充分だって思ったんでしょ。全く、ナメられたものね! ねぇ、フォン!」

「まぁ、何事もなければいいけど……」

「とにかく、先に進んで行こうよ……」

 そう言ってルーシェが促そうとすると、


 ――バサバサバサッ!

 と一気に何かが大量に羽ばたく音が聞こえてきた。

「きゃあああああああッ!」

 あたしたちはふと上を見る。そこにいたのは、何十体と天井を埋め尽くすほどの蝙蝠だった。しかも、何故か身体が赤い。

「あ、あれは……」

 蝙蝠はこちらを睨みつけてきたかと思うと、段々身体の赤みが強くなっていく。明らかにあたしらへ攻撃する意志があることは確実だった。

「ええっと、光よ、ブーメランに……」

「よせッ! 攻撃するなッ!」

 ――えっ?

 ウィルが止める間もなく、蝙蝠たちは全身に血をたぎらせたかのように赤みを増したかと思うと、


「水よ、盾となりて我らを護りたまえ!」

 ――ドゴオオオオオオオン!

 一斉に爆発した。

 なんとかサラスが間一髪であたしらの周囲に水の盾を創り出して、爆発のショックを和らげてくれた。盾の周囲からはしゅう、っとむせるほどの蒸気が発せられている。そして、周りには蝙蝠の物と思われる肉片と羽が散らばっているのだった。

「な、何なのこれ……」

「ニトロバット……。爆発する成分を持ち合わせているとんでもない魔物だぜ。迂闊に攻撃しようものなら、もっと強い爆発に巻き込まれていたかもな」

 ――うぅ。

 想像しただけでぞっとする。

「それにしても、こんなモンスターがいるような洞窟で試験とか……」

「どうやら一筋縄ではいかないようですわね」

 確かに、一筋縄ではいかない。だけど、流石にやりすぎじゃない? こんなの下手したら死んじゃうところだったし。ダゴンは一体、何を考えているの……?

「ねぇ、あれ……」

 ルーシェが何か気付いたようで、洞窟の奥を指さした。

「あれ、は……?」

 そこにあったのは、天然の洞窟には似つかわしくないような、大きな扉。近付いて見てみると、錆びた銅のようなもので出来ている。

「鍵は掛かっていないみたい。罠とかも特にある気配はないけど……」

 流石盗賊、といったところか、ルーシェがしっかり扉を調べている。

「扉の下の方に何か書いてありますわよ」

 本当だ。シェーヴィが指さした先に、良く分からない文字で何か書かれている。

「どれどれ……。『試験合格おめでとう。この先にマナストーンがあるから持っていきなさい。更に奥の方に進めば裏から洞窟へ出られる』だって」

 ――胡散くさッ!

 こんなんあからさまな罠みたいなもんじゃん! と思いたいところだけど、試験だということを考えてしまえば鵜呑みにしてしまうだろうな。

 とにかく、こうなったらこの先に進んでやろうじゃない――、

 と、あたしが扉に触れた瞬間、


 ――ぞわっ!

 と、一気に鳥肌が立った。

 何、これ……。何か分からないけど、全身に寒気がする。明らかにこの先には進んだら嫌な予感しかない。

 まさか、これって……。

「やった、合格だって!」

「思ったよりも拍子抜けでしたわね」

「でも、これで入学できるよ! 良かったね!」

 糠喜びではしゃぐ三人。だけど、ウィルとサラスは……、

「な、なんなんだよこれ……」

「負の、マナ……? こんな強烈なの、ある?」

 あたしと同様に怯えた表情を見せている。

 ――ダメ。

 みんな、この先に進んだら、ダメ!

 絶対に、行かないで……。

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