決意の夜

 みんなとの話が終わり、あたしは複雑な心境で部屋の外へと出てきた。

「あっ……」

「あ、ミトラ」

 あまり良いとは言えないタイミングで、隣の部屋から出てきたルーシェと鉢合ってしまった。

「ルーシェ、あの、その……」

 ――どうしよう?

 あんな話をした後では何だか気まずい。あたしは冷や汗混じりに目を逸らしてしまう。

「お師匠様や妖精たちのみんなとずっと話が盛り上がっていたみたいだね。どんな話をしていたの?」

「ま、まぁ試験の話、とか? ほら、妖精同士でしか話せないことってあるじゃん」

「ふぅん……」ルーシェが微妙に訝し気な表情で見てくる。が、すぐににっこり笑顔に戻って、「そっか。まぁ、他の皆と仲良くなってくれて嬉しいよ」

 あたしはホッと胸を撫で下ろした。

 純粋なルーシェの気持ちを考えると、本当に辛い。あの子は、父親のような妖精使いに憧れている。その父親が、まさか……。


 あたしは、先ほどのやり取りを思い出した――。


「ダゴンが、ルーシェのお父さんって、えっ……」

「マジかよ……」

「信じられないのも無理はないだろうがな。何せルーシェ自身もそのことを知らないわけだから」

「ルーシェ自身も?」

 確かに、彼女の口からそういう話を聞いたことはなかったけど。

「ああ。アイツが生まれてしばらくは両親の元で育った。その中でルーシェは妖精使いの仕事に興味を持ったんだろうな。その父親がどんな存在だったかは全く知らなかったようだが」

 ――なるほどね。

 さっきルーシェは「お父さんみたいな立派な妖精使いになるんだから」って言っていたっけ。父親の背中をずっと見てきて育ったってわけか。

「そういえば、前にルーシェのお母さんは有名な盗賊だったって話していたよね。そのお母さんが亡くなって、メイサが引き取ったっていう話だったけど」

「そうだ。師匠――、ダゴンはアタイに妖精使いのスキルを教える傍ら、時折冒険者としてパーティを組んで依頼をやっていてな。同じパーティで出会ったのが、アイツの母親なんだよ」

「有名な盗賊に、凄い妖精使い……。それってメッチャ凄いパーティってことじゃん!」

「あぁ、ここらじゃ凄く有名だったよ。高難易度の依頼も多数こなしているぐらいだったからな。だが、ある日――、ダゴンは単独でとある依頼に行ったっきり帰ってこなくなった」

『その後はしばらく母親の元で育ったってわけか』

 間からリドゥが声を挟んでくる。

「あぁ。だが、それからしばらくして、母親のほうも亡くなってしまったよ。当時流行っていた病気で、な」

「お母さんはどんな人だったの?」

「ま、まぁ、なんていうか……。すっごい気性が荒いというか、ルーシェにスパルタで盗賊としての教育を叩きこんだお方だ。おかげで盗賊のスキルは結構仕込まれたんだけど、そちらのほうはあまり、という感じらしい」

 ――うぅむ。

 どこの世界にも毒親というものはいるらしい。それでよくルーシェの性格が歪まなかったなと思う。

「そんないきさつがあってアタイがルーシェを引き取ることになった。既にフォンやシェーヴィも住み込みで弟子入りしていたし、何せ尊敬する師匠の娘だったから躊躇うことはなかったよ。妖精の召喚はなかなか出来なかったが、見どころは充分あった。その間、アタイはずっと隠しておいたよ。名妖精使いがダゴンだったということはずっと隠しておいたけどな」

 ――なるほど。

 大方、ルーシェの生い立ちは理解できた気がする。あの子は自身が思っている以上に壮絶な人生を送っているみたいだ。

『でもおかしすぎるな』

 リドゥが水鏡の向こうで、口元を抑えて何か考え込んでいる。

「おかしいって?」

『ダゴンだよ。何年も行方不明になっていて、突然戻ってきたと思ったら学園設立って……。まずは娘やメイサに会いに来るもんじゃないのか?』

 ――確かに。

 リドゥの言っていることも最もだと思う。それ以外にも、ダゴンについてはおかしな要素がたくさんある。

 ――まさか。

「考えられる可能性はいくつかある。一つは、捕食者協会に完全に心を奪われてしまったか。あの方がそうなってしまうことは考えたくはないが、な」

 それは確かに考えたくない。話を聞く限り、誰よりも妖精たちとの絆を考えてくれた人らしい。そんな人が、マナを私利私欲の目的でしか利用しないような連中の一員だなんて……、増してやそれがルーシェのお父さんだなんて、あって欲しくはない。

「二つ目は、何か事情があってやむを得ず捕食者協会に協力している、という可能性だ。どういう事情かは知らんがな」

 これならまだ説得の余地はあるかも知れない。ただ、それならばメイサたちに相談して欲しいけどな。

「そして、三つ目……」メイサの顔が余計に険しくなる。「あまり考えたくはないが……、このダゴンを名乗る人物は、偽物だという可能性だ」


 ――えっ?

「それって、じゃあ本物は……」

「良くてどこかに幽閉されているか、最悪の場合……」

『既に死んでいる、か』

 そんな……。

 あたしは愕然とした。そんなのがあって欲しくない。どうせなら、ルーシェが立派に妖精使いになった姿を見せてあげたい。

「まだ決まったわけじゃない。アタイだって信じたくはないからな。とにかく、これからどうするかだけど……」

「どうするって、このまま試験を続けるつもり? 捕食者協会が関わっていることが分かった以上、何か企みがあるに決まっているでしょ!」

「けど、折角皆が一次試験に合格して喜んでいるんだぜ。オイラは見たくないよ、アイツらが真実を知って落ち込んでいるところなんて……」

 サラスとウィルの意見は真っ二つに分かれた。こればかりはどちらの意見も一理ある。大体、まだ何か目的があるかなんて決まったわけじゃない。

 ――もし、捕食者協会が何かしらの目的があったら?

 ――もし、あたしたちの思い過ごしでルーシェたちの夢を閉ざしてしまったら?

 どちらに転んでも後悔しかない。これは重要な選択だ。

 だけど――、

 あたしはぐっと拳を握り、決心した。

「やろう、二次試験」

「えっ……?」

 皆が一斉にこちらのほうを見てくる。けど、あたしは怯まずに真剣な表情で見返す。

「ルーシェたちがあんなに頑張っているんだし、あの子たちの気持ちを無下にできるわけないでしょ。何事もなければそれでいいし、捕食者協会が何か企んでいるなら、その場でそれを突き止めてしまえばいいって!」

「突き止めるって、アンタねぇ……。下手したら私たちだってただじゃ済まないかも知れないのよ!」

「大丈夫だって! こないだの蜂たちみたいに、みんなで協力すればどうってことない!」

 あたしが強気に言い放つと、みんなはため息を吐いて、

「まぁ、いっか。オイラは乗った!」

「はぁ……。まぁ、こうなるとは思ったけどね。ま、ここまで来たら私も乗るわよ。もしフォンの身になにかあったら、ただじゃおかねぇ! 全力でフォンのことを守ってみせるわ!」

 ――二人とも。

 ちょっとだけ涙が滲んできた。

「話は決まったみたいだな。アタイは止めはしないが……。くれぐれも無茶はするなよ」

『全く、ミトラらしいというか……。しゃーねぇな、俺もこっちのほうで色々調べてやるよ』

「あ、ありがとう。みんな……」

 やっぱり、頼もしい。

「よおおおおおおおおおおっしッ! 全力で、三人を守るぞおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 あたしたちは、全員で思いっきり拳を掲げるのだった。


 とは言ったものの――。

 やはり、ルーシェの気持ちを考えてしまうと心が辛い。そんなんだからルーシェとどういう話をすれば良いのか分からない。先ほどまで入れていた気合が一気に抜けてしまうようにさえ感じた。

「おう、ルーシェ。そろそろ寝ろよ。夜更かしして風邪なんか引いたら試験に響くからな」

 何事もなかったかのようにメイサが部屋から出てきた。話に気を取られていて気付かなかったけど、既に深夜とも言える時刻になっている。よく見たらルーシェは寝巻に着替えているし。

「はーい。あーあ、この試験を合格したら、やっと師匠の元を離れられるんですね。こんなボロ家じゃなくて、立派な学園でしっかり勉強して立派な妖精使いになってみせますから!」

 珍しくルーシェが嫌味を飛ばす。いつものメイサなら「あんッ!?」と鋭い目付きで睨みつけそうなものだけど、今日はひたすら黙り込んだ後、「そっか、おやすみ」と弱々しく言うだけだった。

 ――なんだかなぁ。

 あたしはふぅ、と深呼吸をして、

「ねぇ、ルーシェ」

「なぁに?」

「あのさ……」あたしは唾を呑み込み、「一緒に、寝よ」

 そう申し出ると、ルーシェはにっこりと微笑んで、「うん!」と言ってくれるのだった。


「珍しいね、ミトラがそんなこと言うなんて」

「べ、別に。ただ、一次試験を突破して浮かれているから、調子に乗って夜更かししないかとか心配になっただけだから!」

 我ながらテンプレート的なツンデレの台詞を吐き出してしまう。

「ミトラじゃあるまいし、やらないよ。でも、嬉しい。心配してくれたんだ」

 ルーシェと同じベッドに入り、あたしは布団を掛けた。

 横にいるルーシェの顔は、こうしてみると本当に大きい。あたしの身体が小さくなってしまっただけなんだけどさ。でも、不思議と怖いだなんて思わない。

「ふふふ、ミトラって、本当に小さいんだね」

「あ、当たり前でしょ! 妖精なんだから!」

 ――あぁ、もう。

 純粋すぎるルーシェが、本当に辛い。だけど、ここまで来たらしっかりこの子のことを守る! あたしはそう決意したんだった!

「あのさ。ちょっと聞きたいんだけど……」

「ん?」

「ルーシェって、お父さんみたいな妖精使いになりたいんだよね?」

「うん。どんな人だったかはあまり覚えていないんだけどね。でも、凄い妖精使いだったってことだけは覚えているよ。優しくて、強くて、あんな人みたいになりたいってずっと思っていた」

 ――そっか。

 子どもって、そういうことはしっかり覚えているものなんだな。まさかそれが自分が受験しようと考えている学園の校長だなんて思っていないみたいだけど。

「お母さんはどんな人だったの?」

「ん~、すっごい厳しい人だったけど。でも、お父さんのことを話すときだけはすっごく楽しそうに笑ってくれていた。本当に、大好きだったんだなって」

 ルーシェが苦笑い気味に話す。なんだかんだでお母さんのことも大好きだったみたいだ。

 ――もし、彼女が真実を知ったら?

 頭の中でそんな声がうごめく。けど、すぐに首を振って考えるのをやめることにした。

「そっか。強いね、ルーシェは」

「そんなことないよ。私なんて、やっとミトラを召喚できたばかりのダメダメ妖精使いだし」

「そんなことはないって。あたしらが初めて出会った……」

 ――おっと。

 聖域での記憶は、ルーシェは無くしているんだった。

 だけど、最初に聖域で出会った時からあたしは知っている。ルーシェは誰よりも強い。そして、誰よりも優しい。ちょっと頼りないところもあるけどね。


 あなたの使役妖精になれて、本当に良かったと思っている――。

 そう言いかけた途端、すぅ、と横から寝息が聞こえてきた。

「あーあ、寝ちゃったか」

 ルーシェの寝顔は穏やかだ。あたしたちがどんだけみんなのことで悩んでいたか、知らないんだろうな。

 あたしはルーシェの寝顔をまじまじと眺めて、「おやすみなさい」とだけそっとつぶやくのだった。


 ――第二次試験が、もうすぐ始まる。

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