第三章
捕食者協会
「かんぱーい!」
ルーシェ、シェーヴィ、フォンの三人は仲良くジョッキを持って乾杯した。ちなみに中身はミルクである。
「でもさぁ、まさか三人全員が第一次試験を突破するなんて思わなかったよ」
「と、当然ですわ! わたくしの実力ならこれぐらい……」
「そうなの? 私、結構自信なかったよ……」
「ふふん、この調子なら第二次試験も楽勝ですわね!」
「油断は禁物だよ。でも、僕たちならいけそうな気がするよ!」
「まぁ、ようやっと妖精の召喚に成功した誰かさんが足手まといにならなければ良いのですが」
「そ、そんなこと言わないでよ! ミトラはもの凄く頼りになるんだから!」
「今のところお菓子作っただけだけどね」
「それでも! 私にとっては大切なパートナーなの! 見てて! このまま試験を突破して、主席で卒業して、お父さんみたいな立派な妖精使いになるんだから!」
――はぁ。
部屋の外で、あたしは皆の様子を窺っている。皆は和気藹々と牛乳髭を付けながら、三人は笑顔で語り合う。既に合格したような気分なのだろうか。
――大切な、パートナーか。
そう言ってもらえるのは本当に嬉しい。聖域での出来事は忘れてしまっているのだけど、この数日間でルーシェとの良好な関係はそこそこ築けた気はする。
ただ――、
あたしはどうにもこの輪に混じる気分になれなかった。
あの校章――、逆さまにすると牙の生えた髑髏のマークになるアレがどうにも気になって仕方がない。かといって、聖域で起きた出来事を忘れてしまっているルーシェに話すわけにもいかない。
第一、あんなに嬉しそうにしているあの子たちを、落胆させたくない――。
あたしはあの子たちを後目に、隣の部屋に移った。
「思ったよりも由々しき事態かもな」
メイサが腕を組みながら神妙な面持ちで言ってきた。このままじゃどうしようもないから、メイサ、ウィル、そしてサラスには事情を説明してある。
「マジかよ、あのマークを聖域の侵入者が着けていたって」
「うん……。ちらっと見えた程度だけど、間違いない。あれって、一体……」
「おそらくこれのことだろうな」
そういって、メイサは一枚の紙をあたしらに見せつけてきた。
「なっ……」
「やっぱそうなの……」
ウィルとサラスは紙を見るや否や、目を見開いて驚いた。
「な、何て書いてあるの?」
ズコッ――、と大きな音を立てて一同が盛大にずっこけた。
「あのね……」
「だってしょうがないじゃん! あたしまだこっちの世界の字が読めないんだし」
「ま、まぁしゃーねぇよな」ウィルはボリボリと頭を掻きながら、「これは案内状だよ。捕食者協会のな。全く、人ん家のポストにこんなもん突っ込みやがって」
――捕食者、きょうかい?
目を何度も瞬きしながら、あたしは再びその紙をまじまじと眺めた。
「何、それ?」
あたしが尋ねると、メイサははぁ、とため息を吐きながら、
「捕食者協会。ここ数年巷で話題になっているトンデモ団体だよ。この世のマナは全て自分たちの物だと主張しては各地で暴虐の限りを尽くす、精霊使いとしては見過ごせない連中さ。迂闊だったよ、こんな単純なことに今まで気付かなかったなんて」
――はへぇ。
どこの世界にもそんな偏った連中はいるんだな。ただの自己中心的ともいうけどさ。あの侵入者たちもそんな連中の一味だったことを考えれば、マナストーンを狙っていた理由も納得がいく。
「けど、もしかしたら偶然似たようなマークだったとか? あ、それかどこの学園にも一人や二人くらいしょーもない奴っているし、あの侵入者たちだけがそういう奴だったとか……」
「ダゴン・フェアリーテイマーアカデミーは出来たばかりの新設よ。在学生がいるわけないでしょ」
「それに、こんなあからさまなマークを校章にするわけないだろ」
――うう。
そう簡単にあたしの推理を却下しないでよ。
そんな話をしていると、
「うわっ!」
突然あたしの目の前が光りだした。と同時に、水の塊が浮かび上がる。それはやがて薄っぺらく広がっていく。
「これって、水鏡か?」
「ちょっとサラス! 何いきなり出してんの!」
「わ、私じゃないわよ!」
じゃあ誰だというのだろうか。そう疑問に思っていると、水鏡に誰かの影が浮かび上がった。
『よう、久しぶりだな。いや、そんなに経ってないか』
映し出されたのは、髭の濃い妖精だった。って、これ――、
「リドゥ!?」
『おう! 元気でやっているか?』
相変わらずのイケボで話しかけてくる。
「誰だ? ミトラの知り合いか?」
「あ、うん。前に聖域で知り合った妖精なんだけどね。それにしてもいきなり通信してくるなんてどうしたの? 大体、その水鏡って……」
『聖域内にいる水の妖精に頼んで出してもらったんだよ』
――なるほどね。
まぁ、水のマナを持っているのはサラスだけの特権ってわけじゃないし。そこにツッコむのはよそう。
「んで、何の用なわけ?」
『おう。ちょいとな、妖精妃様にお前の様子を見てきてくれって言われたんだよ。あのお方はどうもお前のことを気に掛けているみたいだからな』
――妖精妃様が?
「そうなんだ……。まぁ、こっちは元気にやっていますって伝えていて」
あたしは何とか気丈に振舞った。正直、それどころじゃない状況だけど、余計な心配を掛けさせたくないのも事実だ。
『そっか、それならいいんだが……』
「てか、妖精妃様は今何しているわけ? なんでアンタが代理で通信しにきているの?」
『あのお方はあれで結構忙しいんだ。お前だけに構っているわけにはいかないからな。それに、なるべくそちらとは通信したくはないらしい。ほら、元相方の……』
――あぁ。
あたしはふとメイサのほうを見た。なるほど、そういえば元使役妖精だったっけ。結局過去に何があったのかは知らないけどさ。
「なぁ、ミトラ」横からウィルが話しかけてくる。「ちょうどいいタイミングだからさ、あのことを報告しといたほうがいいんじゃないか?」
『あのこと?』
――ちょッ!
折角気を使わせないようにはぐらかしたのに意味なくなったじゃない。と思ったけど、この際だから話しておくか。
あたしはため息を吐いて、
「実は、ね……」
水鏡越しにあたしは今回の件を話した。ルーシェたちが受験しようとしている学園が、もしかしたら捕食者協会関連のものであること。この間の侵入者たちもその協会に属している連中であること。神妙な顔で、しっかりと話した。
『なるほどな……。薄々そうじゃないかって思っていたけど、やっぱり奴らは捕食者協会だったのか』
「知っていたの!? 捕食者協会のこと」
『聖域内じゃ有名だよ。この前の奴ら以外にも何度か侵入を試みようとした連中もいたからな。少なくとも良いイメージはないけどな』
そうなんだ。想像以上にとんでもない協会みたいだ。
「妖精妃様も……」
『あぁ、うんざりしているぐらいだ。けど、まさかな。あのダゴンが捕食者協会の一員だなんてな……』
――え?
「あのダゴン、って、校長のこと知っているの?」
『ん? そりゃな。妖精界隈じゃ知らない者はいないほどの妖精使いだし。それに……』
リドゥは水鏡越しに誰かをじっと見つめている。あたしではないことだけは確かだ。
「思った以上に物凄い有名な妖精使いなんだね。そんな人が捕食者協会だなんて……」
「そんなわけないだろッ!」
メイサが突然大声で怒鳴ってきた。
「えっ……、メイサ?」
あたしは思わず身体を竦ませてしまう。
メイサの肩が震えている。拳をぐっと強く握りながら俯いている。一体どうしたというのだろうか。
『そういうことだよ』リドゥは真剣な顔で、『メイサはかつて、ダゴンの弟子だったんだよ』
――えっ?
「ええええええええええええええええええええッ!」
またもやあたしは驚いた。
「あぁ、そうだよ。ダゴンはアタイの師匠だったよ」
「おいおい、オイラもそんなの初耳だぞ」
「私もよ」
あたしもだ。まぁ、この二人が知らないんだから当然なんだけど。
『俺も妖精妃様から聞いたことがある程度だけどな。本当に素晴らしい妖精使いだったって。人間と妖精との架け橋として各地を旅して、時には無償で人々や妖精たちを助けていたって』
「あぁ、本当に素晴らしい人だった。だから、アタイは信じたくなかったよ。あの人が捕食者協会だなんて、絶対嘘だと思った」
――そんな。
『だが、ここまで色んなモンが揃っている以上、可能性は充分あるぜ』
「分かっている。あの子らをあの学園に行かせようとしたのはアタイの落ち度だよ」メイサは壁を思いっきり殴った。「しばらく行方不明になっていた師匠が戻ってきたと思ったら、学園を設立すると聞いて、アタイは喜んだ。あの人なら、きっと凄い学園になると思って……」
メイサの嗚咽がどんどん強くなっていく。
「メイサ……」
これ以上、あたしの方からは言葉が出てこなかった。
「それにッ!」メイサはガッと顔を挙げて、「あの子……、ルーシェを、父親に会わせてあげられると思ったのにッ! これじゃあ……、どんな顔するか……」
――父親?
「えっと、メイサ? ルーシェの、父親って、どういうこと?」
恐る恐るあたしは尋ねた。
「どうもこうも、言った通りだよッ!」
メイサは強い口調で言い放つ。
――えっ?
信じられなかった。あたしはその一言を聞いて、呆然と立ち尽くしてしまう。
「ダゴン……、アタイの師匠は、ルーシェの実の父親なんだよッ!」
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