甘い応援と第一次試験

「いやぁ、メイサさん。アンタに頼んでよかったよ。ありがとう! おかげで安心して暮らすことができるよ!」

「あぁ、うん……。どういたしまして」

「それじゃ、お礼はまた後日渡すからさ。いやぁ、こんなに早く対応してくれるなんて思ってもみなかったよ!」

 にこやかに手を振って帰るガルガのおじさんに、苦笑いを浮かべるメイサ。しきりにあたしのほうをこっそり睨みつけてくる。

 おじさんが去っていったのを確認すると、あたしはふぅ、とため息を吐く。

「アンタねえええええええええええええええええええッ!」

 ――うぅ。

 メイサがあたしに怒鳴りかけてくる。まぁ、そりゃあそうなるよね。

「ごめんなさ……」

「よくやったッ!」

 ――へっ?

 あたしは目を丸くしてきょとんとなってしまう。

「いやぁ、面倒な仕事を片付けてくれて助かった! アンタらだけでやってくれるとは思わなかったからさぁ。助かったぁ。それじゃ、アタイはちょいと昼寝してくっから!」

 メイサはルンルンと鼻唄を歌いながら部屋に戻っていった。

 なんていうか……。

 どうやら、結果オーライだったみたいだ。まぁ、さっきは見るからにやる気のなさそうな顔していたもんね。あたしとしては蜂蜜さえ手に入れば良かったわけだし。 

 やれやれ、と思いながら、あたしは蜂蜜の入った瓶を台所に運んでいった。さっきと変わらず、材料を出しっぱなしのまま散らかっている。早いところ作って片付けないと。

 うんしょ、とまずは小麦粉の入った袋を持ち上げようとする。

「お、重い――」

 さっきは運ぶだけだったけど、傾けてボウルに移すのが思った以上に至難の業だ。腕と羽がちぎれそうなほど痛い。多分明日あたりぎっくり腰になりそうな気がする。

 ――ダメだ。

 こんなのとてもじゃないけどあたしの力で持ち上がらない。あたしは息を荒げながら、どうしたもんかと腕を組んで思案した。

「ミトラ。これをボウルに移せばいいの?」

「あ、うん。ありがと……」

 突然話しかけてきたのはルーシェだった。つい流れで返事をしてしまったけどさ。

「何か作ろうとしていたんだよね? 私が代わりにやってあげるよ」

「いやいやいやいや!」あたしは全力で首を横に振った。「これは、ルーシェたちを労うために作ろうとしたものだから! アンタは試験勉強で疲れているでしょ! これはあたしがやりたくてやっているから……」

「でも危ないよ? 大丈夫、料理をするのは結構好きだから! レシピさえ教えてくれたらやってあげるよ!」

 ――うぅ。

 そう優しい目をされると、無下に断れない。この身体では無茶なことができないのも事実だし、ここはお言葉に甘えることにするしか……。

「し、仕方ないなぁ! お願いする!」

「はいはい……」

 こうして――。

 あたしはレシピを教えながら、ルーシェに料理を作ってもらうことにした。実際、彼女の手際はあたしも驚くほどテキパキとしている。細かい分量や手順を教えれば、非常に飲み込みも早く、あっという間に……、

「できたああああああああああッ!」

 机の上に並んだ、ほどよく揚がった小さなボールドーナッツ。小さくてサクッとした食感が特徴的だ。イースト菌を使わないで作れるからありがたい。

「上手じゃない!」

「えへへ……」

 照れくさそうに笑うルーシェ。本当にこの子の笑顔は素敵だと思う。何度も言うけど、こういうところは前世の親友に似ている。

「お、なんか旨そうなモン作ってんじゃねぇか!」

「わぁ、いい匂い!」

「ま、まぁ、わたくしもお腹がすいたところだし、どうしてもっていうのなら試食して差し上げてもよろしくてよ」

 匂いに釣られたのだろうか、ゾロゾロと台所に皆が入ってくる。

 ルーシェはみんなににっこりと微笑んで、

「うん、じゃあみんなで食べよう!」

 そういってテーブルに運んだ。

「それじゃ、いただきます!」

 みんながそれぞれドーナッツを口に頬張ると、

「うん、これは美味しいよルーシェ!」

「うめぇ! やっぱルーシェは料理は上手いな!」

「わ、わたくしだってこれぐらい……」

 思い思いに感想を語りだした。そんなみんなを見ながら、あたしはなんだか微笑ましくなってしまう。

 ふふ、と笑っていると、ルーシェが

「はい、これはミトラの分」

 ドーナッツを千切ってあたしに渡してきた。

「い、いやあたしは……」

「師匠に聞いたよ。私のために頑張ってくれたって。その上こんな美味しい食べ物を教えてくれて。本当に、ありがとう! これはその、せめてものお礼、だよ」

 ルーシェの優しい笑顔に、なんだかあたしは照れくさくなってしまう。別に大したことはやったわけじゃないんだけどな。うん、でも……、

「ありが、とう……」

 あたしはそれを受け取り、食べた。

 香ばしくて、甘くて優しい味だ。それに、懐かしい。前世であたしの実家が作っていたドーナッツの味そのものだった。

 ――あれ?

 またルーシェの姿があの子と重なった。同じではないことは分かりきっているはずなのに。ふとそんな感じになってしまった。

 ――まさか、ね。

 戸惑いながらも、あたしはドーナッツを食べ終えてしまった。

「美味しかった!」

「そう、良かった! 次はもっと美味しいのを作るから!」あたしはもう一度微笑んで、

「アンタたちが試験に合格したときに、ね」

「うん!」

 ルーシェもまた、嬉しそうに微笑み返してくれた。


 そんなことがあって、ついに第一次試験当日。

王都の中心部からやや離れた仮の会場。いつもは集会などで自由に使える施設らしい。広さとしてはちょっとした講義室ぐらいだろうか。

「だ、だ、だ、大丈夫……」

「あ、あら、き、きききき緊張していますのの?」

「ふたりともさぁ……」

 ルーシェとシェーヴィは肩を竦ませて見るからに緊張している。対してフォンはいつもどおり明るい表情だ。

 ――まぁ、でも。

 ルーシェなら大丈夫でしょ。誰よりも一生懸命勉強してきたことはこのあたしが知っている。それに、あたし特製のドーナッツを食べたんだから、きっと励みになったはずだ。いや、はずではない。なっている! あたしが保証する!

 着席してしばらく待っていると、部屋の戸がガラガラと開いた。

 部屋の中に、真っ白なローブを纏った一人の男性が入ってくる。いや、男性なのだろうか? というのも、大柄な体躯ではあったが、何故か顔に真っ白で表情のない仮面を装着しているのだ。

「あー、皆様。本日は我がダゴン・フェアリーテイマーアカデミーにお越しくださって誠にありがとうございます。私が本校の校長、妖精使いのダゴンです」

 壇上の前で話し始める仮面男。かなり野太い声からしてやはり男性のようだ。それにしても、なんか気持ち悪いオッサンだな。こんなのが校長なのか。

「本校は将来有望な妖精使いを育成することを目的とした、世界で唯一のフェアリーテイマーアカデミーでございます。妖精使いは妖精たちと人間を繋ぐ架け橋とも言える存在。なのにこれまで育成機関が存在しなかったことはなんと嘆かわしいことか! そんな思いを込め、私はこの学園を立ち上げることを決意いたしました。今後は妖精使いたちの地位向上にも努めていきたいと考えております」

 ――なるほど。

 てか、話が長い。校長の話はこちらの世界でも長いもんなのか。あたしはしきりに欠伸してしまう。

「それではみなさん、第一次試験を始めます。カンニング防止のために妖精の皆さんは部屋の外で待機していてください」

 あぁ、あたしらは外で待っていなきゃいけないのか。

「ルーシェ、そんじゃ頑張って!」

「うん!」

 ルーシェに励ましの言葉を囁くと、あたしたちは一斉に部屋の外へ出る。しばらくして、「問題用紙は皆さんに渡りましたね。それでは試験、開始!」という掛け声が聞こえてくる。

 あたしはずっと固唾を吞んで待っていた。しきりに妖精同士の話し声がこそこそと聞こえてくるが、それもほんの数分で沈黙に変わる。

 部屋の外からでも緊張感が非常に伝わってくる。カリカリカリ、とペンを書き進める音しか聞こえないはずなのに――。

 そして、しばらくして――、

「それでは試験、終了! ペンを置いてください!」

 という声が聞こえてくる。あたしはなんだかほっとしてしまった。

 やがてぞろぞろと受験生たちが部屋から出てきた。自分のパートナーを見つけた妖精たちは皆、一目散にそれぞれの相手の元へやってくる。

「みとらぁぁぁぁぁ……」

 ルーシェたちもやってきた。なんだか三人とも涙目だ。

「む、難しかった……」

「あんな問題、聞いていませんわ」

「そ、そんなに難しかったの……」

 うぅむ、どうにも手応えはなかったみたいだ。あんなに勉強したのに、余程の難題だらけだったのだろう。

「落ちたらごめんね、ミトラ……」

「な、な、な、なに言ってんの! まだ決まったわけじゃないでしょ! あんなに一生懸命勉強したんだから、自信持って!」

 何て言っていいか分からなかったけど、焦りながらあたしはルーシェを励ました。

「ほらほら、みんな! シャキっとするわよ! 今日は帰ってゆっくり休みましょう! ね、フォン!」

 サラスが手を叩いて喝を入れてくる。まぁ、それが一番だよね。今回だけはアンタに同意するわ。

「それじゃ、帰りましょう!」

「うん!」

 そんなこんなで、あたしらは帰路についたのだった。


 そして、二日後――。

「ミトラあああああああああああああああああああああああッ!」

 家にルーシェの大声が響き渡った。

「ちょ、ルーシェ! どうしたの!?」

「だ、だ、だ、だ……」

 彼女はどうにもせわしない。何があったというのか?

「落ち着いて! 何があったの!?」

 ルーシェはすぅっと息を吸って、

「第一次試験、みんな合格したよおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 ――えっ?

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」

 あたしは素っ頓狂な声を挙げて驚いた。

「本当だよ! 私も、シェーヴィも、フォンも! あの難しかった試験を、合格したんだよッ! ほら、これ見てみて!」

 ルーシェは明るい顔で机に一枚の紙を広げた。恐らく合格発表の手紙なんのだろう。そこには良く分からない言語で何か書いてある。多分、「合格」という言葉なのだろう。

 ま、なんにせよ――、

「おめでとおおおおおおおおおおッ!」

 あたしも嬉しくなって思わず高らかな声で喜んでしまう。

「で、でも、まだ第二試験があるけど……」

「だあああかあああらああああ、アンタはもっと自信持ちなさいってッ! そんなのも無事に合格できるに決まっているでしょ!」

「う、うん!」

 それにしても――、

 合否が出るのが意外と早かったな。あたしらが元いた世界よりも文明が違うし、どのくらいの期間を要するのか分からないけどさ。

 ――ん?

 ふと、手紙の上部に何やらマークがあるのに気付いた。丸い王冠のような形だが、中に小さな丸が三つある。

「ねぇ、このマークって何?」

「あぁ、これ? 校章らしいよ、ダゴン・フェアリーテイマーアカデミーの」

「ふぅん……」

 さして興味もなかったけど、なんとなく気になってしまった。

 っていうか、このマークってどこかで見たことがあるような……。

 あたしはなんとなく手紙の反対側に回って、そのマークを見てみた――。


 ――えっ?

 その形は、逆側から見た瞬間に変貌した。そして、それには見覚えがあった。

 牙の生えた髑髏のマーク。

 昨日の侵入者たちが着けていた、あのマークにそっくりだった。いや、そのものだった。

 ――まさか?

 喜びから一転、あたしは肩を竦ませてしまう。嫌な予感がする。

「よぉし! ミトラ、絶対に二次試験も突破するからね!」

「う、うん……」

 意気揚々とするルーシェを見ながら、あたしは複雑な思いに胸を痛めるのだった。


 ――この試験、おそらく何か裏がある。

 

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