サラス、奮起!

 と、そうこうしていると――。

「あれ、は……」

 今までの蜂たちよりも一際大きな羽音が聞こえてくる。

 と思いきや、これまた一際大きな顔、そして一際大きな身体をした蜂が巣の中から顔を出してきた。巨大な目をギョロッ、と動かす姿は相当気持ち悪い。黄色味も他の蜂たちより断然濃い。コイツは、もしかして……。

「ヤベェぞ、あれ……。女王蜂のお出まし、だぞ」

 ――えっ?

「え、女王蜂って、働き蜂よりも大人しいんじゃ……」

「バカ! キラービーの女王様は、かなり凶暴なんだぞ」

 マジで!? それって働き蜂の意味ってあるの!? この世界の生態系ってホントどうなっているのか……。

 女王蜂の右手は鋭い鎌みたいになっている。かと思いきや、いきなりスパッ、と働き蜂の一体を思いっきり切り裂いた。胴体が真っ二つになった働き蜂を見据えたのか、他の蜂たちは一斉に背後に引く。

「う、うわ……」

「用済みとでも判断されたのかしらね。何にせよ、相当メンヘラな女王蜂みたい」

 これが弱肉強食の世界で生きている魔物たちの連中の習性なのかも知れない。自然の摂理にどうこう言うつもりはない。

 だけど――。

「許せない……、もう容赦はしないんだからねッ!」

 最初は怯えて気持ちが引いていたが、次第にあたしの心にふつふつと怒りが込みあがってきた。拳を握り、しっかりと女王蜂を睨みつけてやる。

「お、おいおい、どうしたよ……」

「その働き蜂は、アンタのために一生懸命やったんでしょうがッ! なのに、そんな無下な扱いするだなんて、本当最低ッ! 蜂だからって、甘く見ていると思ったら大間違いだからッ!」

 あたしは女王蜂を思いっきり睨みつけてやった。この女王蜂も昨日の侵入者どもと一緒だ。他の者を散々利用するだけ利用して、用が無くなったら切り捨てる。

 あたしはもう一度、拳を強く握った。

「へぇ、アナタって、意外と気概あるじゃない」

 後ろからサラスが不敵に微笑んできた。

「何よ、嫌味?」

「いや、寧ろ尊敬しているんだけど。アナタがそんなスタンスだなんて、ちょっとだけ見直したわよ。ちょっとだけ、ね」

 サラスが前に出てくる。なんだろう、どことなくサラスの雰囲気が違う。

「ちょっと、サラス……」

「あぁ、なんだか昔を思い出してくるわね。ウィル、あれを頂戴」

「あれって……、もしかして、やるのか? まぁいいや、ほどほどにしておけよ。ほい」

 そういって、ウィルは何かをサラスに差し出した。どうやら棒付きの小さな飴玉みたいだ。サラスはそれを口に咥えて、ガリッ、と一気に嚙み砕いた。

「へっへっへ! いいなぁ、オイ。久しぶりの喧嘩だぜ。さてと、ハチコーどもッ! ジョートーだぁッ! かかってこいやぁッ!」

 突然荒々しい口調に変貌するサラス。目は吊り上がり、血走っている。

「えっ、サラス……?」

「ケッ、手出すんじゃねぇぞッ!」

 あたしは唖然としてしまう。急にキャラ変わりすぎでしょ、この子。

 そんなことに気を取られていると、女王蜂が手の鎌を振りかざすように飛び掛かってくる。

 スパッ、と鎌を振りかぶり、鋭い太刀筋が目に留まる。あんなのに斬られたらサラスもあっという間に真っ二つだろう。

 だが――、

「あめぇんだよッ!」

 素早く上方に躱し、女王蜂を見下ろすサラス。今度は握りこぶしを作り、口元を更に歪めた。

 女王蜂はといえば、振り返ってもう一度サラスに狙いを定めている。

「サラス!」

「へっ!」

 今度は素早く、女王蜂の腹部へとサラスは飛び掛かった。鎌の位置もなんのその、というぐらい正確に入り、そして、

 ――ボガッ!

 という鈍い音と共に、女王蜂の腹部にパンチを喰らわせた。蜂は身体をくの字に折れ曲がり、ゆっくりと背後にのけ反った。

「へっ、口ほどにもねぇなぁ。やっぱ最後は、物理攻撃が勝つ、ってか?」

 なんも喋ってないけどね。蜂だし。っていうか、結局は物理攻撃で倒しちゃったよ。そういえばサラスって今のところ水の妖精らしいこと何かしていたっけ? あ、水鏡出したか。

「アンタ、一体何者なの……」

「ん? あぁ、前世でちぃっとな、ヤンチャしていただけよ。うっすらとした記憶だけどな」

 前世、ねぇ……。コイツも記憶が残っているのだろうか。

「ヤンチャって、スケバンでもやっていたの?」

「いや、スケバンではねぇな。不良ではあったけど、男だったから」

 ――へぇ。


 ……。


 …………。


「は? ほ? へ? え、え、え、ええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」

 多分、ウィルの時以上に大声を挙げ、あたしは目を丸くして驚いた。

 ここに来てからほとんどフォンに甘えているシーンしか見ていない気がする。コイツ、妖精になってから一体何があったのだろうか?

「あ、でも。このことは絶対に、他のみんなには内緒よ。特に、フォンにだけは絶対に,

ぜえええええったいに、内緒にねぇ。話したら……、マジコロス!」

 口調が混ぜこぜになりながら微笑むサラス。うん、絶対に内緒にしよう。ていうか、話せるわけがない――。

 なんて、呆気に取られている場合ではなかった。

 サラスの背後では、地面に叩きつけられた女王蜂がゆっくり起き上がり、再び鋭い鎌をギラリと向けた。

「ちょ、サラス! まだ生きてる!」

「えっ……」

 サラスが戸惑っている間に、相手は再び羽ばいて飛び立つ。

 ――あぁ、もう!

 こうなったらなりふり構っている暇はない! マナをどうこうするとかそんな面倒くさいことはしない。

 ならば、やることはひとつ!

「ミトラ・キイイイイイイイイックッ!」

 あたしは高く飛び上がり、そこから勢いよく女王蜂の腹部へと目掛けて思いっきり蹴りを入れてやった。

 ドガッ!

 という音と共に、女王蜂の腹が凹む。完全に相手が気絶したのを確認すると、あたしは再び上空へと飛び立った。女王蜂はといえば、ピク、ピクと文字通り虫の息といった感じで痙攣しているように弱々しく動いている。

「ふぅ……」

 なんとか倒せた、かな。サラスが言っていたこと、ひとつだけ会っているわ。やっぱり最後は物理が勝つ、ってね!

 さてと――。

「大丈夫か、ミトラ」

「うん、大丈夫! それじゃあ、蜂蜜を……」

 目的のブツを手に入れようと思ったけど、あたしはふと傍らに倒れている蜂たちを見る。

 ――そっか。

 アンタたちも、本当はただ単にお家を造っただけだもんね。さっきは許せないとか言っちゃったけど、アンタたちからしてみたらアタシのほうが侵略しに来たようなもんだから。

 あたしは心を落ち着けて、すぅっと息を吸った。

 ――もしかしたら、できるかな?

「光よ」あたしは再びマナを集めた。「かの者たちの傷を、癒せ」

 あたしの周囲に光の粒が集まる。優しく、淡い光。それは女王蜂を含めて倒れている蜂たちへと降り注いでいく。

 ほとんど動かなかった蜂たちが、次々と再び身体を起こしていく。

「これ、は……」

 蜂たちは上空へと飛び立つが、こちらを襲ってくる気配はない。ただ羽音を立てて、じっとあたしたちを見ているだけだ。

「ごめんなさい、傷つけちゃって。でもね、アンタたちを怖がっている人間もたくさんいるの。ここじゃなくて、もっと静かな森の中で暮らしてもらえると嬉しいな」

 上手い言葉が見つからなかったけど、あたしは蜂たちに出来る限り優しい言葉で投げかけた。

 心なしではあったが、女王蜂はこくり、と頷く。そして、そのまま上空へと飛び去って森の方へと向かっていった。

「言葉が通じたの、かな?」

「さぁね。ま、結果オーライってやつ?」

「それにしてもミトラすげぇじゃん! さっきのって癒しの力ってヤツ? 流石光の妖精だな! そんな力も持っているなんて!」

 ――そうは言ってもね。

「いやぁ、ノリでやってみたけど、案外いけるもんねー」

「ノリって、アンタそんな曖昧な方法で力を使ったの?」

 曖昧な方法って……。いや、確かにそうだけどさ。昨日だってルーシェを助けようと一か八かでマナの力を使ったけどさ。しょうがないじゃん、実戦経験乏しいんだし。第一、あたしまだ生後二日目よ?

「ま、細かいことは言いっこなし! そういうことだからさ、蜂蜜を持って帰ろう!」

 巨大な蜂の巣を目にして、あたしはどうやって持って帰るか悩んだ。

 これは――、

 うん、メイサに運ぶのを手伝ってもらうとするか。

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