蜂の巣駆除

「小麦粉、ヨシッ! 砂糖、ヨシッ! 油、ヨシッ! ベーキングパウダー……、なんて便利なものは流石にないか」

 順番こにあたしは台所の棚を漁って次々に準備をしていく。小麦粉一袋を持つだけでも、この身体では精一杯だ。羽の根本が折れてしまいそうになる。ちょっと腕と背中が痛い。

 なんとかして一通りの材料をあるだけ揃えた後、ふと傍らにレーズンが大量に入った樽があるのを見つけた。うん、これがあれば大丈夫だ。ドライイーストの代わりとして充分使える。あたしはこれを棚に入っている瓶に漬け込んで、蓋を閉めた。

「これでヨシッ、と。まぁ発酵の時間も必要だし、こっちを作るのはみんなの試験が終わった後かな」

 ちょうどいい頃合いかも知れない。天然酵母がほどよく発酵してくれるタイミングだし。試験に合格したご褒美として出してあげることにしよう。

 さて、今日はどうしようか――。みんなを労うためのお菓子を作ろうと思ったんだけどな。まぁ、今日のところはイースト菌の類を使わないタイプのほうを作るしかないか。

「あとは、蜂蜜っと……」

 あたしは棚の中を漁る。が、どこにも蜂蜜らしきものはない。いや、瓶の中にあるのだが、目分量的にほんのちょびっとしかない。

 ――参ったな。

 ウチの実家で作っていたレシピを再現しようと思ったんだけど、それには蜂蜜は欠かせない。あのサクサクの中にふんわりした食感と共に、蜂蜜の優しい甘みを入れることこそが重要なのだが。

 ――うぅん。

 とりあえず、メイサに蜂蜜を手に入れる方法を聞くしかない、か。

 あたしはとぼとぼと飛びながらリビングのほうへと向かっていった。

 すると――、

「おおい、メイサさん、いるかい!?」

 誰かが玄関のドアをノックしている。

「はぁい。あぁ、ガルガさん」

 メイサが気だるそうにドアを開けると、そこには小太りの中年男性が佇んでいた。

「メイサさん、ちょっとお願いがあるんだが……」

「今手が離せないんだよねぇ」

 ――嘘つくな!

 やる気のなさそうな目から、この人はただ単に面倒くさいだけだということがひしひしと伝わってくる。ていうか、普段何をしているのだろうか、この人は。

「そんなこと言わずに、話だけでも……」

「まぁいっか。聞くだけ、な」

 ――やれやれ。

 あたしは呆れながら、メイサの傍らで一緒に話を聞くことにした。

「実は、うちの近所の木にキラービーが巣を作っちまったんだよ。それを除去してほしいんだけど、生憎どのギルドも依頼が手一杯みたいで……」

「んで、アタイに直接頼みに来た、と」

「頼むッ! うちには小さい子もいるし、あんなのがあったら安心して生活できない! ちゃんとお礼はするからさ、お願いだ!」

 掌を合わせて懇願するおじさん。

 うぅん、あたしとしては助けてあげたいのも山々だけど……。

「ていうか、キラービーって何?」

 あたしはこっそりメイサに耳打ちで尋ねた。

「物凄く巨大な蜂だよ。しっかり猛毒も兼ね備えている、な」

 なるほど。そりゃ危険だ。

 ――ん?

「ねぇ、メイサ。そのキラービーって、その、蜂蜜とか持っていたりする?」

「ん? まぁな。甘みや香りも強い一級品だから、ドロップアイテムとして高値で買い取ってもらえるが……」

 ヨシッ!

 あたしは思わずガッツポーズを取った。これは渡りに船というやつかも知れない。

「なぁ、メイサさん。さっきからこそこそ何を話しているんだい?」

「あ、あぁ。うちの妖精が……」

 どうやらこのおじさんはあたしのことが見えないみたいだ。

 こうなったら、行くっきゃない!

「メイサ! それじゃあ、あたしがキラービー倒してくる!」

「お、おい……、危険だぞ!」

「大丈夫大丈夫! いってきまーす!」

 メイサが止める間もなく、あたしは意気揚々と外へ飛び出していった。


 メイサの家からさほど離れていない家。

 その近くの木には、これ見よがしに大きな蜂の巣がぶらさがっていた。

「……っていうか、でかすぎじゃね?」

 ほら、蜂の巣って、せいぜい十センチぐらいの大きさじゃん。けど、キラービーの巣は、木の背丈半分くらいの、とてつもなくバカみたいに規格外の大きさだった。

 勢い余って飛び出したから場所を聞いてくるのを忘れたけど、そんな必要もないほどに目立ってしまっている。

「はへー、そりゃこんなんあったらたまったもんじゃないわ」

 ただ、これぐらい大きな巣だったら蜂蜜もたくさん手に入るに違いない。だったら蜂どもを追っ払って蜂蜜ゲットしてやる!

 ま、どうせ所詮蜂でしょ。いまのあたしは飛べるんだし、光のマナも操れるんだから、どうってことない……。

 なんて高を括っていると、

 ――ブゥン。

 背後から何やら鈍い羽音が耳に入ってくる。妖精のものとは大分違う、大きな音。それも、ひとつやふたつどころではない。

「ま、まさか……」

 あたしは恐る恐る背後を振り返った。

 そこにいたのは、ギョロっとした巨大な目に黄色い縞模様。背中には大きな羽と、お尻には巨大な針が剝き出しになっている。そして、その大きさといったら……、

「で、でかッ!」

 あたしの身体を遥かに超える大きさだった。多分、人間の頭ひとつ分くらいにはなるだろう。こんなの普通の人間視点でもビビるサイズだ。かなり小さくなっているあたし視点ならば、熊でも出会ったような気分だ。

そんなのが一体、だけならまだしも、あたしの視界を埋め尽くすかのように十体以上が目前に迫る。

 ――ヤバッ!

 多分働き蜂の類なのだろうけど、いかにもこちらを襲います、という目で見てくる。ていうか、お尻の針を突き出している。

「こうなったら、光よッ!」

 あたしは自らの神経を集中させ、昨日の侵入者どものように蜂たちを目くらませようと思った。

 ――光、光、光。


 いや、待って。

 光を放ったところでどうなるの、これ?

 あたしは冷や汗が一気に垂れてきた。もしかして、勇み足すぎた?

 ブゥン、という羽音が更に強くなってきて、お尻の針がギロリ、とこちらを狙ってきた。

 そして――、

「いやああああああああああああッ!」

 一体、二体とあたしを狙って突進してきた。

 なんとか上下に逃げて躱すけど、続いて三体目、四体目と連続で襲い掛かってくる。

 ――埒が明かない!

 こないだの侵入者たちとは違い、相手は何を考えているのか良く分からない蟲だ。しかも数も多い。

 ていうか、光でどうやって戦えばいいの?

「はぁ、はぁ……。こうなったらヤケでやるしかない!」あたしは適当に脳内でイメージを描いた。「光よ! ブーメランになれ!」

 その瞬間――、

 あたしの目前に光が集まる。横一列に弧を描いた形になり、あたしの前から発射された。そいつは目の前の蜂たちを勢いよく薙ぎ払い、そして再びあたしの元へと戻る。そのまま光のブーメランは消え去ってしまった。

「で、できた……」

 何体かの蜂はブーメランに当たって、地面に叩き落されてピクピクとうごめく。これなら再び襲ってくることもないだろう。

 ――が、

 ギラン、とまだ残りの蜂たちが針を剥き出しながらこちらを睨んでくる。そして、またもやあたしに向かって突進してくる。

「ああああああああああああああッ! もう何体いるのおおおおおおおおおおおおおッ!」

 最早キリがなくなってきて、体力も減りかけている。

 その時――、

「火よ、焼き尽くせ!」

 どこからともなく、火の球が飛んでくる。それは蜂の羽に当たり、ゆっくりと地面に落ちていった。

「全く、何しているのかと思えば……」

 聞き覚えのある声。ていうか、これは……。

「ウィル! サラス!」

 あたしの後ろに、いつの間にやらウィルとサラスの姿があった。

「大丈夫か、ミトラ!」

「アンタたち、なんでここに?」

「メイサに言われたのよ。ミトラが蜂の巣の駆除に行ったから様子を見に行ってくれって」

「台所に色んな材料とか出しっぱなしにしてあったし、何か作ろうと思ったのか。キラービーの巣を狙っているってことは大方蜂蜜狙いか?」

「あ、うん……」

 どうやらウィルにはお見通しだったみたいだ。ちょっと気恥ずかしくなってしまう。

「まぁ、何でもいいわ。蜂蜜採取ぐらい手伝ってあげてもいいわよ。その代わり、あたしとウィルにもその料理作りなさいよ! 勿論、一番美味しくね!」

 ちょっと嫌味ったらしい言い方だったけど、この状況ではありがたい申し出だ。

「分かった分かった。そんじゃ、やりますか!」

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