水鏡通信
「なぁ、ミトラ」ウィルが話しかけてきた。「もしかして、妖精妃様に口止めされていたりするのか?」
「えっ……、う、うん……」
これ以上誤魔化しても仕方ない。ここは正直に言うしかない、か。
「ま、そんなことだろうと思ったわよ」
「別にオイラたちには話してもいいだろ。妖精だし」
――あっ。
そこに気が付かなかった自分を、物凄く恥じた。
「でも、メイサは……」
「サラス」メイサが突然呼びかけた。「例のアレ、出してくれ」
「えぇ、またぁ?」
「面倒臭がるな。やってくれたらフォンが使っていたスプーンをプレゼントしよう」
「よし、やるわ!」
――ええんか!
何をやる気かは知らないけど、サラスが急に拳を握って奮起している。ていうか、スプーンを何に使う気なのだろう? などといいうことは考えない方が良さそうだ。
「それじゃあ、始めてくれ」
メイサが促すと、サラスが目を閉じて掌を目の前に翳す。薄く、小さいけど、徐々に彼女の目の前に水たまりのようなものが出来上がってくる。やがて、それは更に薄く広がっていく。
「水鏡よ、妖精妃様へ繋ぎたまえ」
ゆらり、と水面が揺れるように、人のようなものが形成され、徐々に誰かのシルエットが映し出される。
『水鏡? わたくしを呼び出したのはどなたですか? まさか……』
――妖精妃、様!
まごうことなき妖精妃様の姿と声だ。恐らくテレビ電話のようにあちらも顔と声が通信できているのだろう。
「よう、久しぶりだな」
『はぁ、やはりあなたでしたか、メイサ……』
メイサの顔を見るや否や、妖精妃はため息混じりに頭を抱えた。
「あの、妖精妃、様?」
『!? ミトラ! あなたがそこにいるということは、もしかして……』
良かった。あたしの顔も見えているみたいだ。
「あぁ。なんだか、うちの弟子がコイツを召喚したっぽくてさぁ」
『それはさぞお気のど……、大変なことでしょうね。ミトラ、くれぐれもこの人には注意なさい。身体を壊す程度では済まないかもしれませんよ』
いつになく毒舌な妖精妃様にあたしは苦笑いを浮かべるしかなかった。
――っていうかさぁ。
「さっきから気になっていたんですけど……」あたしは気になって尋ねることにした。「妖精妃様とメイサって、お知り合い、なんですか?」
あたしの傍らで、メイサはニヤリと不敵に笑い、
「あぁ。知り合いも何も――」
『わたくしはかつてメイサの使役妖精だったのです。今ではもう思い出したくないですけどね……』
――なるほどね。道理で。
……。
って、
「えええええええええええええええええええええええええええええッ!?」
あたしは思わず大声で仰天してしまった。
「そんなに驚くことないだろ」
淡々と言われるけど、そりゃ驚きますって。いくらルーシェたちの師匠だからって、妖精妃様を使役していたとかどんだけ凄いの!
『で、一体どういう用件なのですか? 早くしてください。わたくしも暇ではありません』
妖精妃様の口調はどこか冷たい。この二人にかつて何があったというのだろうか……。気になるところではあるけど、今はそれどころじゃない。
「あぁ。昨日、お前のところにウチの弟子が来ただろ? あぁ、その弟子がミトラの召喚者なんだけどさ」
――お前って。
かつての使役妖精とはいえ、妖精妃様になんという言葉遣いなのだろうか。
『……運命とは皮肉なものですね。こうも色々と偶然が重なってしまうとは』
ええ、本当にそう思います。
「聖域のことは人間には漏らしたらダメってのは知っている。けど、アタイにはいいだろ。師匠としてルーシェに何があったのかを知っておく義務はあるわけだし」
『仕方ありませんね。話しましょう』
またもやため息を吐きながら、妖精妃様は昨日の出来事を話し始めた。
――ルーシェが侵入者たちにこき使われていたこと。
――その男たちが彼女を身代わりにしようとしていたこと。
――そして、あたしとルーシェで返り討ちにして、妖精妃様によって木に変えられてしまったこと。
洗いざらいとまではいかなかったけど、肝心な部分は正直に話した。あたしらはただ、固唾を呑むように黙って聞き入っていた。
「そんなことがあったのか」
「そういえば今朝、町の中央に大きな木が突然生えていたって騒ぎがあったみたいね。なんでも幹の部分に男の顔のようなものがふたつあるとか」
なんて場所に飛ばしたんだ、妖精妃様。まぁ奴らの所業を考えたら当然の報いなんだろうけどさ。
『いいですか、あなたにだから話したのですよ。くれぐれも……』
「わーってるって! 弟子たちには話さないから安心しなよ!」
お気楽に返事をするメイサ。あまり安心はできないけど、とりあえずはほっとした気持ちだ。
「それにしても、なんでルーシェはあんな奴らと一緒にいたわけ? 大体、あの子って盗賊じゃなかったの? なんで妖精使いに……」
今度はあたしが気になったことを尋ねることにした。
「一応盗賊のクラスも持っているんだよ、アイツは。母親が有名な盗賊だったからな」
――へぇ。
「それに、別に盗賊で妖精使いってのも珍しくはないぜ。妖精たちの力を借りればダンジョンだって攻略しやすいしな」
ウィルが間に入って説明してくれる。
「まぁ、アイツは盗賊としてはそこそこ優秀なんだが、妖精使いとしてはからっきしだったからな。アイツの母親が亡くなってからアタイが引き取って弟子にしたんだが、いつまで経っても妖精の召喚ができなくて、な」
「で、ようやくあたしを召喚できたわけか」
「あぁ。妖精学については本当に真剣だったんだが、妖精を召喚できない妖精使い、と呼ばれてかなりの劣等感を抱えていたんだろうな」
大体ルーシェの生い立ちについては理解が出来た。
「それじゃあ、なんで昨日は聖域に?」
「実はな」メイサが頭を掻きながら話した。「盗賊ギルドのほうに依頼が来ていたんだよ、聖域からマナストーンを手に入れて欲しい、という内容のな。依頼主が怪しげな連中だったし、聖域に通じていると噂の遺跡だったからな。誰も受けようとは思わなかったが……」
「あの子が受けちゃった、と」
何をしているのよ、ルーシェは。
「聖域に行けば妖精との契約に近付けるかも知れないし、何より馬鹿にした自分を見返せるって思ったんだろうな。入学試験も近いし、焦っていたようだ」
「そういうことね……」
大体理解はできた。あの子なりに焦りとコンプレックスを抱えていたのか。でも、だからって易々と聖域に行ったことは容認できないし、あんな連中と関わったことは自業自得としか言えない。お説教したいところだけど、記憶が無くなった今となっては無意味だろう。万が一、今度同じことをやろうとしたら全力で止めるしかない。
『ルーシェのことは、今回は記憶を消すだけで済みましたが、次に聖域に侵入しようものなら厳罰は覚悟してもらいますからね』
「はいはい。アタイの監督不行き届きは認めるよ」
『お願いしますよ。まぁ、ミトラもいることですし、二度とないとは信じておりますが』
強めの口調で妖精妃様が言う。なんだか、あたしのほうが信用されているようにも感じた。
「それじゃ、そろそろ切るよ」
『もう二度とあなたと話さないことを祈っております』
そう言って、妖精妃様の映像が途切れて、水鏡は泡が弾けるように消えてしまった。
「はぁ……。相変わらずお堅いヤツだったな」
――やれやれ。
面倒なことに手を出してしまったな、と思った。あの子に召喚されたあたしって、実は結構責任重大なのでは、と考えてしまう。なんか試験勉強もしているみたいだし。
「ていうか、さっきから試験がどうとかいう話をしているけど、なんかやってんの?」
「あぁ、それはだな……」メイサが傍らから一枚の紙を取り出す。「これだ」
差し出された羊皮紙には、『新設 私立ダゴン・フェアリーテイマーアカデミー! 生徒募集!』と書かれている。
「あの三人は今度この学校を受験することになっているんだ」
「ここに……?」
「町外れに新しく建てられる妖精使いの専門学校なのよ」
「校長のダゴンは、かつて伝説の妖精使いと言わしめた、超有名人なんだぜ」
概要を読むと、試験は筆記の一次試験と実技の二次試験に分かれているらしい。二次試験の実技に分かれている。
あたしはずっと読み進めていく。
「なるほど……、受験資格として既に妖精を召喚している者、と」
「二次試験は三人一組でパーティを組んでやるみたいだからな。とりあえず気心の知れたあの三人で組もうと考えていたんだけど……」
「肝心の妖精が召喚できなくて、どうしようか悩んでいたわけね」
サラスはこくり、と頷いた。
「もうね、本当にどうしようかと悩んでいたところだったのよね。ウィルもこのままじゃ受験をどうするかって諦めかけていたぐらいだし。ホント、ウィルの邪魔だけはしないで欲しいわ!」
「まぁ、でもお前が来てくれたおかげで受験もできるようになったわけだし、これでようやくスタートに立ったってことだな」
「ふぅん。で……」あたしはみんなをじとーっと見つめた。「その試験とやらはいつなわけ?」
「第一試験が明後日にある」
――明後日ね。
明後日、明後日、あさって……、
――って、
「あさってええええええええええええええええええええええッ!?」
あたしはまたもや大声で仰天してしまうのであった。
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