第二章

妖精使い達の家

 ちょっとだけ黴臭い、古い家の中。

 そこで目が覚めたあたしは、目の前にいる少女の顔を見て呆然としてしまう。

 まさか、昨日の今日で”彼女”に会えるなんて……。

「えっと、妖精、さん?」

「あ、うん……」

 ルーシェに呼ばれて、あたしは我に返る。

「今、私の名前を呼んだよね? どうして知っているの?」

 そりゃあ、昨日会ったからね。聖域で。ルーシェはその時の記憶を消されてはいるけど。「え、えっとね……」とにかくここは誤魔化さないと。「あ、あたしは妖精だから。何でもオミトオシナノヨ……」

「ふぅん……」

 ――ふぅ、これでよし。

 なんとか誤魔化せた。後半棒読みになってしまったけど、バレなきゃどうってことはない。

 それよりも、何でこの子があたしを召喚したのか、それだけが気になる。

「これがあなたの妖精ですの? なんだかぎこちない感じですわね」

 絵に描いたようなお嬢様口調があたしの耳に聞こえてきた。

 長い金髪を、クロワッサンのような縦髪ロールに纏めた、青い瞳の少女。ピンク色のワンピースに、胸元には紫色のリボン。勿論あたしよりはかなり身体が大きいんだけど、見た感じルーシェと同じぐらいの背丈かな。

「えっと、あんたは?」

「お見通し、ではありませんでしたの?」

 ――うぐっ。

 そんな意地の悪い返し、する必要ないじゃん。なんでそういうこと言うかな?

「それは、その……。見通せるのは召喚した人だけ、だから」

「あ、そうですの。まぁ、名乗らないのも失礼ですわね。わたくしはシェーヴィ・エルドラシアと申しますわ。以後、お見知りおきを」

 ――シェーヴィね。

 覚えた。アンタみたいな、いかにも高飛車系お嬢様キャラは嫌でも記憶に残るし。

「シェーヴィ。召喚したばかりの妖精さんに意地悪しちゃダメだよ」

 今度は明るい少年の声が聞こえてくる。

「わたくしは別に意地悪したわけでは……」

「そう? でも、あまりこの子を困らせないようにね」

 声の主は、ちょっと幼さの残る少年だった。短い茶髪に、緑色の瞳。水色の服を来ていて、頭には黄緑色のバンダナを装着している。背はルーシェよりも若干低めに見える。

「えっと、あんたは……」

「あ、僕はフォン。フォン・エイルアーク。妖精さん、よろしくね! それにしても、なかなか可愛い子だなぁ」

 ――可愛いって。

 先ほどのシェーヴィとは違った意味で苦手意識があるかも。悪い子じゃなさそうだけど。

「うんうん、可愛いよね! そういえば、あなたの名前は?」

「え? あたしの名前?」あたしはコホン、と咳払いをして、「あたしはミトラ。光の妖精、ミトラ」

「ミトラかぁ。うん、よろしくね! あ、私があなたを召喚したんだけどね」

 ――知ってる。

 それ以外に誰がいるっていうのだろうか。

「で、あたしを召喚した目的は何なの?」

 ちょっとだけ不機嫌気味にあたしは言った。

「あぁ。えっと、単刀直入に言うね。あたしと、契約してパートナー妖精になってください!」

 ――と、言われましても。

 具体的に何をすれば良いのか分からない。その辺の説明がかなり不足している。どうしたものだろうか。

 と思案させたが、結局のところ、

「……いいけどさ」

 そう言わざるを得なかった。こうやって人間界に召喚された以上、他にどこにも行く当てがないわけだし。

 それに、ルーシェのことがなんだかほっとけない――。

「本当ッ!? ありがとうありがとうありがとうありがとうッ!」

 ルーシェはメチャクチャ嬉しそうに何度も感謝を述べた。

 ――っていうかさ。

 ルーシェって盗賊じゃなかったっけ? なんで盗賊のあの子が妖精の召喚なんてやっているのだろうか。

 それを聞き出したいところではあったけど、どうやって切り出せばいいものだろうか。

「そういえば、ここはどこなわけ?」

 まずは別の質問から入ってみよう。

「ここ? ここはお師匠様の家だよ」

 ――お師匠様?

 まだ誰かいるらしい。そういえば、さっき召喚されたときにもう一人いたような……。

「……ったく、うるせぇな。妖精の召喚に成功したんならとっとと受験票を書いて試験勉強に戻れっての」

 なんか、気だるそうな女性の声が聞こえてきた。

「そんなこと言わなくてもいいじゃないですか。ほら、お師匠様もミトラに挨拶して!」

「はぁ……。しゃあねぇな」

 ため息を吐きながら覗き込んできたのは、茶髪の女性だった。眠いのか目元を細めて、ボサボサの髪を掻き毟っている。赤いシャツにベージュのズボンという至ってシンプルな服装。この人が、師匠なのだろうか。

「アタイはメイサ。コイツらの妖精使いの師匠をやっている。んで、ここはアタイの家で、コイツらは住み込みで色々教えている傍ら、家事手伝いをやってもらっている。以上……」

 やっぱり面倒臭そうに説明してきた。けど、ルーシェたちのことは大体分かった。

「なるほどね。ってことは、シェーヴィとフォンも妖精使いなわけ?」

「そういうことですわ。勿論、ルーシェと違って既に妖精とは契約済みですけど」

「折角だから、僕たちの契約妖精も紹介するね。二人とも出てきて」

 フォンが呼びかけると、二人の背中から二筋の光が小さく出てきた。彼らの肩を舞うように飛び越え、静かにあたしの前にやってくる。と思うと、光が弾けて二人の妖精が現れた。

「ようよう! お前がルーシェの妖精なの?」

 シェーヴィの方から現れたのは、茶色い髪に赤い服の、生意気そうな少年の妖精。背中はテントウムシのような水玉模様の入った丸い羽が生えている。

「ふぅん、アナタがねぇ……」

 フォンの方から現れたのは、水色の髪をシニヨンに束ねた、少女の妖精。これまた水色のハイレグ状の服にスリットが付いている。勿論、背中からは蜻蛉のような羽が生えている。

「紹介するね。こちらがシェーヴィの契約妖精、ウィル。火の属性なんだ」

「よろしくな! オイラがここのリーダーみたいなもんだから、絶対に言うことを聞けよ!」

 満面の笑みで自己紹介するウィル。近所のガキンチョにこういうのいたっけなぁ。まぁ、そこまで悪い子でもなさそうだけど。

「私はサラスよ。属性は水。そしてぇ……、フォンのお嫁さんでぇす」

 顔を赤らめながらフォンの身体に擦り寄るサラス。なんだろう、コメントに困るタイプの子だ。

「気にしないで。多分、この子は契約妖精って言いたかったんだろうと思うから」

 フォンは歯牙にもかけない様子で軽く流した。

 あたしもそう思いたいところだけど……。

 なんていうかサラスは満面の笑顔から、

『フォンに可愛いって言われて調子こいてんじゃねぇぞ、ビッチ妖精がッ! フォンは私の男なんだから、手を出そうものならその髪引っ張って羽もいでやるから、覚悟しやがれ』

 と言っているのが伝わってくる。言葉に出してないけど、完全にそういうオーラを放っている。決して気のせいじゃない。この子はガチだ。多分、フォンにとってはいつものことなんだろう。

「と、ここにいるのはこれで全員かな?」

 ――なるほど。

 ルーシェの他に、家主である妖精使いの師匠と、弟子が二人。そして彼らの契約妖精が二人ってことね。

「えっと、みんなよろしく……」

 なんだかいかにも濃ゆそうな辟易してしまいながら、あたしは皆に挨拶をした。

「よろしく! やっと、やっと……、これで試験が受けられるよ……」

 ルーシェは本当に嬉しそうだ。そういえばさっきから試験がどうとか言っていたけど、どういうことなのだろう?

「ほらほら、挨拶を済ませたならとっとと部屋に戻れ!」

「えぇ、もうちょっとミトラとお話しを……」

「ダメだ! そんなことやっている余裕はないだろう!」

 メイサが目を吊り上げて怒る。ルーシェたちはしぶしぶ、「はぁい」と言いながら促されるように部屋から退出していった。

 ここに残ったのは、ウィル、サラス、そしてメイサだけになってしまった。

「はぁ、疲れた……」

 特に何もしていないのに、なんだか気疲れしてしまう。

「さて、だ……」

 メイサが睨みつけるようにあたしを見てきた。

「えっと……、まだ何か?」

 あたしは思わず萎縮してしまう。ただでさえあたしは身体が小さくなっているんだから、そんな大きな身体で睨むのはやめてほしい。

「お前、本当は知っていたんだろ?」

 ――えっ?

「知っていたって、何を?」

「とぼけるな。ルーシェに会ったことがあるんだろ」

 ――ギクリ。

「い、いや、そんなことは……」

 思わず冷や汗があたしの身体から流れる。

「おそらく、昨日……。あの子が聖域に行った際に、な」

 どうやら誤魔化しは効かなかったようだ。妖精妃様に聖域のことは人間に喋ってはならないと言われたから、昨日のことを喋るわけにはいかなかったけど……。


 ――どうしよう?


 ――どうしよう、この状況?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る