名前を授かった、けど……

 翌日。

 リドゥに案内され、あたしは妖精妃様の元へやってきた。

 木々の間、たくさんの花々が生い茂った空間。中に入ると巨大な蓮の花が中央に聳えており、妖精妃様はそれを玉座としてその上に端正に佇んでいる。

 リドゥは妖精妃様に頭を下げ、あたしも同じように頭を下げた。

「改めまして、こちらが昨日誕生したばかりの妖精でございます」

 今更感が半端ないが、リドゥは挨拶をした。

「お二人とも、頭を挙げてください」その言葉と共に、あたしとリドゥは妖精妃様を見る。「ご苦労様でした。昨日は色々ありましたが、まずはあなたの誕生を祝福しましょう。ようこそ、妖精の聖域へ」

「はッ!」

「は、はいッ!」

 なんだか照れ臭い。昨夜の会話の後でこんなことを言われると、ちょっと変わった気分にさせられる。

「昨日お会いしたので、もうお分かりでしょうが、わたくしはこの聖域を司る妖精妃。妖精王に代わり、この聖域の守護を担っています」

 そういえば、と今更ながらあたしは気が付いた。『妖精妃』がいるなら、当然『妖精王ようせいおう』もいるわけだよね。

「あの、失礼ですけど、妖精王様って……」

「あの方は現在、別世界の任務に赴いておりまして。今はわたくしが代わりにこちらを任されているわけです」

 なるほどね。素朴な疑問だったけど、ひとつ賢くなれた気がする。

「それで、あなたのマナ属性と名前ですね。では、こちらにいらっしゃい」 

 あたしは言われるがままに玉座のほうへと上がっていく。

 ゴクリ、と唾を呑み込む。やはり妖精妃様の美しさはいつも間近で見ると緊張する。

「よ、よろしくお願いしましゅ……」

 肩に力を入れながら、あたしは直立不動の体勢になった。

 妖精妃様はそっと目を閉じ、あたしの額に手を触れる。暖かく柔らかい掌の感触が伝わってくる。

「ふむ……。あなたのマナ属性は、やはり光で間違いないようですね。それも、かなり強いものを秘めています」

 ――そうなんだ。

 昨日、マナ属性は土壇場で自覚したけど、どうやら確定みたいだ。ちょっとだけ気持ちがホッとしてしまう。

 妖精妃様の手があたしから離れ、静かに目を開いた。

「それでは、あなたに名前を授けなければなりませんね」

「名前……」

 ようやく、あたしに名前が与えられる。なんだか無駄に緊張してしまうな。

「では、申し上げます。汝、新たに誕生した光の妖精よ。そなたに『ミトラ』の名を授けましょう……」


 ――ミトラ。

 そうか。『ミトラ』か。

 うん、何か分からないけど、気に入った!

「は、はい! ありがとうございます!」

「では光の妖精ミトラよ。今後ともよろしくお願いしますよ」

 今後、か。

 そういえば今後はどうすればいいのだろうか。全く考えていなかったっけ。

「えっと、この後って……」

「気を張ることはありませんよ。当分の間はこの聖域内でゆっくりとお過ごしください。もう少し慣れた頃に人間界に赴いて彼らの光となるも良し、光のマナが集う『光界こうかい』に赴いて同じ属性の妖精たちと一緒に光のマナを管理するも良し。どうするかはあなた自身でお決めください」

 ――ううん。

 そう言われるとどうするか迷うな。

 あたしは思案を巡らせながら、玉座から離れていった。

「よろしくな、ミトラ」

 リドゥに名前を呼ばれて、あたしは少し戸惑った。

「よろしく。しばらくは聖域にいるみたいだから、長い付き合いになりそう」

「確かにな。まぁ、まずないとは思うが、人間の妖精使いに召喚されたりしなければ、だな」

 そういえば、そんなのもあったっけ。

「流石にないでしょ。そんな、昨日誕生したばっかのあたしを召喚するような奇特な人間……」

 あたしとリドゥがお互いに目を見て笑い合っていると、


 突然、あたしの身体が――、

「えっ?」

「まさか……」

 突然、淡く光りだした――。

「残念ながら、ゆっくりというわけにはいかなくなったようですね」

「なんで? いや、確かに光の妖精だけどさ……」

「それは関係ありません」妖精妃様が言い切った。「どうやら、あなたを召喚しようとしている人間がいるようですね」

 ――は?

「いや、だってあたしまだ名前を付けてもらったばかりで……」

「名前とマナ属性さえあれば、召喚される条件は整います。おそらく、あなたと非常に波長の合う人間のようですね」

「はあああああああああああッ!?」

 そんないきなり都合よく波長が合う人間っているもんなの!?

 まだ完全に慣れないことだらけなのに、早すぎる。

「おうおう。ま、折角だし人間界を楽しんでこいよ」

 他人事だと思って! リドゥがあっけらかんとした態度であたしを見てきた。正直、またキックをかましてやりたい!

「それではミトラ。人間界でも頑張ってくださいね。あ、くれぐれも聖域の秘密だけは話してはなりませんよ」

 妖精妃様の労いの言葉が耳に聞こえてきた。

 いや、本当にまだゆっくりしたかったのに。この聖域でスローライフとかやりたかったのに。

 と、恨み節をたくさん言いたいところだったけど――。


 あたしの視界は、ゆっくりと消えていったのだった――。



「ん……、ここは?」

 重い瞼をゆっくりと広げた。

 田舎のおじいちゃんの家みたいな、どことなく懐かしい匂い。木で出来た独特な家の天井っぽいのが視界に入ってくる。

「……った、召喚、できたよ!」

 誰かの声があたしの耳に入ってくる。

 ――てか、誰?

 そういえばあたしは誰かに召喚されたんだっけ? まさか妖精妃様の目の前で消えるとか、タイミングが悪すぎる。

「やっとですの? 遅すぎですわ」

「まぁまぁ、シェーヴィ。これで僕たちも受験資格を獲得したんだからさ」

 一人じゃないみたい。ガヤガヤと煩い声があたしの耳に入ってくる。

 正直、もうちょっと寝ていたい。召喚されるってこんなに体力を奪われるものなんだな。

「お師匠様! やっと、やっと、やっと、やあああああああああああああああっと、妖精の召喚に成功しました!」

 女の子の明るい声が聞こえてきた。

 ――あれ?

 この声、どこかで聞いたことがあるような?

 しかも、つい最近――。

「はん? やっとか」

「うぅ、やっとです……」

 なんか本当に情けない声。可愛らしいんだけどさ。

 ――もう、埒が明かないな。

 あたしは意を決して、目を拭いながら上体を起こした。ここはきちんと、召喚した人間の顔をしっかり見てやらないと!

「あっ、起きた!」

 人を生まれたての犬みたいに言うなっての。

 こうなったら文句言ってやる!

「あのね、あたしはこれからゆっくりと聖域で……」


 ――えっ?

 あたしを召喚したであろう、人間の顔を見て、あたしは呆然となった。

 ――だって、まさか。

 冷や汗が垂れる。

「あなたが私のパートナーなんだね! 私はあなたを召喚した人間です」

 本当に嬉しそうな表情を浮かべる少女。

 黄緑色の服に、赤いマフラーを着けた少女。髪は綺麗な銀髪のセミロングで、瞳は青い。

 いや、この子――。

 確かに「また、あなたに会えたらいいな」とは言ったけどさ。


「ルー、シェ……?」

 昨日聖域で出会った少女、ルーシェ。

 確かあの子、盗賊じゃなかったっけ?

「えっ……。妖精さん、何で私の名前を知っているの?」

 そっか――。ルーシェは聖域の記憶、無くなっているんだっけ。

 だからあたしのことを覚えていないのか。

 

 ――って、そうじゃなくて。

 逆に言いたい。


 ――なんで、アンタがあたしを召喚しているのオオオオオオオオオオオオッ!?

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