また、あなたに会えたらいいな

「はぁ、はぁ……。ったく、お前って奴は……」

 息を切らしながらリドゥがようやく追い付いてきた。

「あ、リドゥ。コイツらとっちめておいたよ」

 ルーシェが持っていたロープで男たちを縛りながら、あたしは鼻高々に言った。ちなみに男たちは未だにきゅう、と気絶している。

「馬鹿野郎! 迂闊に人間どもに近付く奴があるか!」

「うっ……。ご、ごめんなさい……」

 流石にリドゥは怒り心頭だった。こればかりはあたしが悪い。あたしはしゅん、と気持ちを落ち込ませてしまう。

「まだ自分のマナ属性も分かっていないのに、下手なことをして消滅したらどうするんだ! なんとかなったから良かったようなものの……」

「あ、それなんだけどね、リドゥ」

「何だよ?」

「その、分かっちゃった。あたしの、マナ属性……」

 そう言うとリドゥは目を丸くして、

「は、はあああああああああッ!? 自覚したのか、お前」

「うん。まぁ、なんとなくだったけど。ちなみに、あたしは光っぽい」

 リドゥは苦い顔をしながら、頭を掻いた。

「なるほどな、光か。けど、よく分かったな。どうせ偶然なんだろうけど……。とにかく、お前はまだ生まれたばっかなんだからもっと慎重に行動しろ!」

「はぁい」

 あたしは気の抜けた返事を飛ばした。

「それで……」リドゥはルーシェのほうに目を向けた。「そちらのお嬢ちゃんは? コイツらの仲間…? にしては、なんかちょっと違うような……」

「あ、その、私は……」

「この子は大丈夫よ。悪い子じゃないから」

 言葉に詰まるルーシェの代わりにあたしがフォローしておいた。

「ふーん。ただ、どちらにせよ人間がこの聖域に入ることは許されない。分かるな?」

「は、はい……」

「お前たちの処遇は妖精妃様に決めてもらう。相応の罰は覚悟してもらうからな」

 リドゥは厳しい口調で言い放った。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 罰って、この子はただ……」

「言ったはずだ。この聖域に人間が入ること自体が禁忌だ。それに、どういう判断を下すかを決めるのは俺じゃない。妖精妃様だ、と」

 ――うぅ。

 あたしは言葉に詰まってしまう。そりゃそうだよね。ルーシェはこの男たちに雇われて良いように使われていただけかも知れないけど、聖域に侵入したことに代わりはないもんね。

 妖精妃様とやらが、せめて寛大な対応をしてくれることをあたしは心の中で祈った。

「そういうわけだ。この場でお前たちの審判をさせてもらうぞ」

 ――えっ?

「この場で、ってことは、もしかして……」

「妖精妃様、こちらです」

 リドゥが振り向くと、そこに新たな妖精の姿があった。

 目に鮮やかな緑色のドレス。あたしよりも長い金髪の額には、銀色に輝く綺麗なティアラが装飾されている。目は澄んだ青い瞳。手には長い錫杖をもっており、先端には巨大な青白く光る石が付いている。そして、やはり蜻蛉を思い出させるような美しい羽。ゆっくりと羽ばたかせながら静かにあたしたちの前に現れた。

 この方が――、

「ご苦労様でした、リドゥ」

「ご足労ありがとうございます」

 おちゃらけているだけだったリドゥが深々と頭を下げている。あたしも釣られて頭を下げてしまう。

「あなたが、つい先ほど生まれたという妖精ですね」

「は、はい……」

 妖精妃様がゆっくり近付いてくる。大きさはあたしらと大して変わらないけど、近くで見ると本当に気品と美しさがハンパじゃない。女のあたしでさえも思わず見とれてしまう。

「侵入者を捕まえたようで、非常に感謝しています。ですが、いささか無鉄砲な行いですね。以後気を付けてください」

「う、はい。すみません……」

 妖精妃様に注意されて、思わず落ち込んでしまう。だけど、どうやら注意だけで済んだみたいで、あたしはどこかほっとしてしまう。

「さて……」妖精妃様が男たちの方に目を向ける。「彼らの行いを罰しなければなりませんね」

「そういうことだ。伸びてないで起きろ、お前ら」

 リドゥが男たちの頬をペシ、っとはたいた。男たちは「うっ……」と呻き声を挙げながらゆっくり目を覚ます。

「な、なんでやんす……」

「妖精……? さっきのチビとは違う……」

「お目覚めのようですね」

「あ、れ? なんか手足が動かないでやんす?」

「……って、なんで縛られてンだよッ!」

 ――やれやれ。

 やっと自分たちが置かれている状況に気が付いたみたいだ。あたしは呆れて「はぁ……」とため息を吐く。

「この聖域に人間が侵入した、ということはどういうことなのか理解できていますね」

「あ、えっと……」

「オイラたちは、その……」

 男たちは冷や汗を流しながら目線を逸らす。

「そ、そうだ! 俺たちは悪くねぇッ! あの女が、俺たちをここに連れ込んだんだッ!」

「そうでやんすッ! オイラたちはこの女に騙されたでやんすッ!」

 ――は、はぁッ!?

 この期に及んで、男はルーシェに責任を押し付けようとしていた。どこまでも見下げ果てた連中なのか。

「私は、そんな……」

「あ、アンタたちねぇ……。信じちゃダメですよ、妖精妃様。コイツら……」

「嘘、ですね」

 妖精妃様は厳しい目つきで男たちを見据えている。神々しい顔つきから放たれる、冷たい視線。冷静に、そして非常に恐ろしい怒りを感じた。

「見抜いていたんですね」

「ええ。この聖域内で起こったことは全て把握しています。彼らがそちらの少女に何をしたのか、そして、何のためにこの聖域に入ったのか。わたくしに嘘は通じません」

 妖精妃様は男たちをギッと強く睨みつけた。

 アイツらからしてみればちょっと大きな虫程度だろうに、彼らは完全に萎縮して硬直している。本性がビビリなのだろうけど、それ以上に妖精妃様の威圧感はあたしでも感じ取れるほど凄まじいものだった。

「侵入しただけならいざ知らず、聖域内で行った数多の暴虐行為。到底許されるものではありません」

 妖精妃様が錫杖をドン、と鳴らした。

「ひ、ひぃ……」

 男たちは恐怖のあまり、血の気が一気に引く。

 段々と、座り込んでいる二人の足元が茶色く変色し始めてきた。次第にその茶色は足元から膝まで浸食していく。

 これは……。

「あわわわわわ……」

「オイラたちの身体が……」

 どう見ても、木の根っこになっているようにしか見えなかった。

「す、すみませんでやんす……。許してください、でやんす……」

「お、俺たちは悪くねぇ。ただ、ちょっと依頼されただけで……、その、マナストーンを手に入れて欲しい、って……」

「ほう。で、ついでにお宝も手に入れようと?」

 妖精妃様は完全に呆れ果てた口調で言った。

 そうこうしているうちに男たちの身体は腹のあたりまで木になってきている。完全に下半身は根を張っているようだった。

「ゆ、ゆるし、て……」

「……デター、の、言いつけ……」

 ――ん?

 今、何て言ったの?

 ふと、小太りの男が身に着けている鞄に目がいった。そこには獣のような鋭い牙の生えた髑髏の模様が刺繍されている。悪趣味極まりないと思っていままでスルーしていたけど、これって……。

「ひとつだけ聞かせろ。お前らに依頼したのは、どこのどいつだ?」

 リドゥが強い口調で尋ねた。

「そ、それは……、言え、な……」

 二人とも喉元まで木になってきている。もう声を出すのも辛いだろう。

「う、ぐう……」

「すみ、ま……、せ……」

 そこまで言いかけて――、


 男たちは二人纏めて、一本の大樹へと変化を遂げてしまったのであった。

「最後まで依頼主についてはだんまりだっだたか。またあんな連中が来ないことを祈るしかねぇな。それにしても、マヌケ面だけ幹にくっきりと残っちまってんな」

「う、うう……」

 ルーシェは目の前で起きた出来事に、言葉を失っていた。

「この木、もしかしてここにずっと残しておくんですか?」

「いいえ、そんなことはしません」

 妖精妃様は、再び錫杖をカツン、と鳴らした。

 男たちだった木が、ひゅん、と音を立てて消えてしまう。

「木が……」

「人間界に送り届けました。どうやら彼らはハーライドの国の者らしいので、今頃はあそこの広場あたりに生えているところでしょう」

 晒し者扱い、か。可哀想に……。けど、奴らの行為を考えたら当然の報いかもしれない。まぁ、木だって生き物だしね。喋るのと歩くのはできないけど、その辺は妖精妃様の温情だと思っておくことにしよう。


 ――それよりも、問題は。

「さて。次はあなたです」

 妖精妃様の目が、ルーシェに移った。

 ルーシェは真摯な表情で唾を呑み込む。

「……覚悟はしております」

「よろしいでしょう。あなたは先ほどの二人とは違うようですね」

「だから、ルーシェは騙されて……」

 あたしが必死で訴えかけるも、妖精妃様は首を横に振って、

「言ったはずです。この聖域に人間が侵入するということは、どういうことなのか」

 ――ダメだ。

 ルーシェもアイツらみたいに、木にされてしまうのかな? いや、せめて鳥とかでお願いします。彼女は何も悪くないんだから、せめて動ける生き物でも……。

「ありがとう……」

「えっ?」

 ルーシェが思いがけずに感謝を述べてきた。

「心配、してくれたんだよね」

「そ、そりゃそうよ! アンタが罰を受けるなんて、理不尽にも程があるでしょ!」

「ううん、いいの。私は大丈夫だから……」

 ――ルーシェ。

 観念したかのように彼女は目を優しく閉じた。

「分かりました。それでは――」妖精妃様は錫杖をまたもやカツン、と鳴らした。「ルーシェ。あなたはこの聖域から出て行ってもらいます。この中で起きた出来事に関する記憶を、全て消して……」

 ――えっ?

 それって、つまり?

「い、いいんですか?」

 あたしは思わずぱぁっと表情を明るくさせる。厳しい刑罰が来るかと思ったけど、考えられる限り最大限の恩情だ。

「あ、ありがとう、ございます……」

 ルーシェは妖精妃様に感謝を述べた。

「良かったじゃないの。あの男たちみたいにならずに済んで」

「う、うん……。でも……」どことなくルーシェは悲しそうな表情を浮かべている。「折角あなたと仲良くなれたのに、忘れちゃうなんて……」

「なぁに言ってんの。あたしのことなんて忘れなさい」

「そんな……。それじゃあ、せめて名前だけでも……」

 ――名前、か。

「吾輩は妖精である。名前はまだない!」

 あたしは強気に彼女に言った。

「そっか。名前だけでも聞いておきたかったんだけど」

「聞いたところで、記憶消されるんだから意味ないでしょ」

「そう、だけど……」

「だったらせめて、ひとつだけ教えてあげる」あたしはルーシェに近付き、彼女の小指をそっと握った。「アンタは、アンタが思っているほどダメダメじゃない。もっと自信を持ちなさい。それだけよ」

 そう言うと、ルーシェは黙り込んだ。そのまま彼女の瞳からポロポロと涙が零れている。

「あ、あり、がとう。こんなに優しくされたの、初めてで……」

 泣きじゃくるルーシェを見て、彼女と最初に会った時を思い出す。だけど、弧の涙はあのときとは違う。本当に、暖かくて、明るい涙だった。

「それではよろしいですね」

「はい……。ありがとう、妖精さん」

 ルーシェが静かに瞳を閉じる。妖精妃様が静かに錫杖を鳴らす。


 一瞬にして、ルーシェの姿は影も形もなくなった――。

「ルーシェ……」

 あたしはただ、誰もいなくなったその場をじっと見つめていた。


 なんだかんだ色々あったけど、楽しかったよ、ルーシェ。

 記憶は失くしているだろうけど、もしあたしが人間界に行くことがあれば――。

 また、あなたに会えたらいいな。

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