あたしのマナ属性

「このチビが……」

「へっ、ちょうどいいでやんす。コイツをふんじばって、妖精のお宝とマナストーンの在り処を拷問して聞き出せばいいでやんす」

「はぁ? 言っておくけど、そんなものあたしは知らないからね! そもそもさっき生まれたばっかだし」

「あぁ、そうかい。なら……」小太りの男は、懐に手を掛けた。「生まれたばっかのところ悪いが、死ねぇッ!」

 ビュン、と男の手が薙ぎ払ってきた。

「危なッ!」とあたしは真上に飛び上がって避ける。男の手にはナイフが握られていた。

「こしゃくな、でやんす!」

 今度は痩せこけた男から何かが飛んでくる。それは弧を描くような軌道であたしのほうへ向かってきた。が、今度は真下へ降りて躱す。

「チッ、ちょこまかと……」

「小さいから当てにくいでやんすね」

 痩せこけた男が戻ってきたブーメランをシュッと受け取った。

 ――どうしようか。

 勢いよく出てはきたけど、これじゃ埒が明かない。人間サイズだったらともかく、今のあたしはただの小さな妖精。特に何か武器があるわけでもないし、これじゃ勝てっこないじゃない。

 出来ることといえば――、

 逃げる――。いや、これは

 リドゥたちがこの騒ぎを聞きつけてやってくるまで持ちこたえる。

 ――それしかない、か。

 けど……、

「あんたたち、さっき『死ね』って言ったよね。『死・ね』って、言った、よ、ねええええええええええッ!?」

「はん? それがどうしたああああッ!?」

 ――絶対、許せない。

 この一言だけは、あたしにとって到底許せるようなものではない。人の生命を軽視し、侮辱している言葉。簡単に口に出していいものではない。

 怒りが沸騰し始め、あたしにはコイツらを懲らしめるという選択肢しか頭になかった。

 

 ――はぁ。

 どうしてこうも、いじめっ子って生き物はさぁ――。

 特に意味もなく人を傷つけて、楽しんで。反省するのはいじめられた側か、見て見ぬふりをしていた大人たちだけ。当の本人は加害者側の未来とかなんだとかで、結局それでおしまい。その割に大人になったら多少良識とかを身に着けて、いかにも「自分はずっと真面目に生きていました」って顔でのうのうと幸せな人生を送る。

 傷つけられた側が、どんな思いをしていたかなんて知らないでしょうね。一生……。

「謝れ……」

「はぁ?」

 あたしはもう一度、今度は力一杯の目力を込めて、男どもを睨みつけた。

「ルーシェに謝れ、って、言ってんでしょうがあああああああああああああああああッ!」

 聖域中に響き渡るほどの大きな声で、男たちに怒鳴りつけた。

「うるさいでやんす!」

 痩せこけた方がもう一回ブーメランを投げてきた。さっきよりも勢いが良かったのか、掠った木の葉が一斉に地面に落ちていく。またなんとか避けたけど、当たったらひとたまりもないだろう。

「まぁ、当たらなければどうということは……」

「へっ、これでもか!?」

 小太りの男の声が聞こえた。

 そちらを振り向くと、あたしは愕然となった。男の左手はルーシェの首根っこを羽交い締めにして、右手は握ったナイフを彼女の首元に突きつけている。

「ひ、人質って、あんた……」

「うぅ、すみません……」

 ルーシェが涙目になりながら謝ってきた。

「ルーシェが謝るんじゃないわよ。あんたのせいじゃないでしょ」

「それが、その……」

「へっ、コイツが武器を預けてくれたのがこうも役に立つとはな」

 ――預けた?

 ふと思ったけど、ルーシェは盗賊というわりに荷物が少ない。ほら、盗賊って普通腰にナイフとかピッキングツールとか携えているイメージじゃん。素人知識だけどさ。

 ってことは、あれか。

 コイツらが持っているナイフとブーメランって。

「ルーシェの物だったの!?」

 ルーシェは恥ずかしそうにこくり、と頷いた。

「はい。実は、ダンジョンに入るときに、『武器は全部俺たちが預かってやるよ』って言ってくれたから、ついお言葉に甘えちゃって……」

「な、な――、何やってんのおおおおおおおおッ!」

「す、す、す、す、すみません……」

 ルーシェの声色が完全に弱っている。

「だあああはっはっはっはッ! そういうことよ。万が一コイツに寝首を搔かれたらたまんないからなッ!」

「馬鹿な女でやんすッ!」

 ――うん! 正直それには同意する。

 けど、それはそれだ。言いたいことは山ほどあるけど、騙される方が悪い、みたいな言い方はしたくない。何であれ、騙す方が悪いに決まっている。

「さて、妖精さんよぉ。まずはお前が謝ってもらおうか」

「んで、オイラたちに妖精のお宝の在り処を教えるでやんす。あとマナストーンも。知らない、なんてナシでやんす。他の妖精に何としても聞き出してもらうでやんす」

「いや、お宝は、その、多分デマ……」

「はん、うるせぇッ!」ナイフの切っ先が更にルーシェの首に食い込んだ。「だったらマナストーンだ! そっちは知らないとは言わせねぇぞッ!」

「だから、あたしは、まだ生まれたばっかで……」

 ――ダメだ。

 言い訳したくても、下手なことを言ったらルーシェが危ない。今のあの子は丸腰だ。どう見ても格闘技に長けているようにも見えないし、自力で逃げ出せるとは思っていない。

「絶対に、教えたら、ダメです」

「てめぇ、立場弁えてんのか?」

 瞬時に男のナイフがルーシェの頬に傷を付ける。そこから、血がさぁ、っと垂れていく。

「きゃあッ!」

「な、何してんのよ!」

「チッ、俺たちもこうしている時間が惜しいんだよ! 分かったらとっとと謝れ!」

 グッ、とあたしは歯を食いしばった。

 ――どうする?

 このままじゃルーシェが危ない。この状況で、どうやって彼女を助ける?

 考えろ、考えろ、あたし……。


『自分のマナを理解すると、こうやってその属性の物質を自在に操ることが出来るようになるわけよ』

 ふと、先ほどリドゥが土を自在に操った姿を思い出した。

 ――もしかして。

 あの、自分の属性を自在に操る力。もし、あたしがそれを使えたら。そのためには自分のマナ属性を理解する必要があるみたいだけど。

 なりふり構っていられない。こうなったら、一か八か――、

 あたしはゆっくりと目を閉じて、深く深呼吸した。

「火! 燃え盛れ!」

 唱えてみた――。

 が、全く何も出ない。どうやらあたしは火の妖精ではなかったみたいだ。

 正直、恥ずかしい……。

「水! 風! 木! 大地! 雷!」

 とりあえず思いつく限りの自然を唱えてみる。

「どうしたでやんす?」

「へっ、とうとう狂いやがったみたいだぜ」

 ――クッソ。

 コイツらに狂ったとか言われるのはかなり癪に障る。あたしは自分自身がとてつもなく情けなく感じた。

「妖精さん! もういいから、あなただけでも逃げて!」

「やかましいッ! てめぇは黙ってろッ!」

 ルーシェを締め付けている腕が更にキツくなっていく。マズい、ルーシェが苦しそうに悶えている。このままじゃ窒息しちゃう……。

 ――考えろ。

 マナ属性を理解していないなら、この場で理解するしかない。理解したところで使えるとは限らないけど、まずはやってみるしかない。とりあえず、さっき叫んだものではないことだけは確かだ。自然の種類なんて、森羅万象というぐらい途方もない種類があるだろう。その中で、あたしが持っているマナ……。


 ――考えろ、考えろ、考えろ。


 ふと、死ぬ直前の光景が頭の中に浮ぶ。

 冷たい、水の中。薄暗い。身体が重い。

 もう自分が助からないことを悟った、その瞬間――。

 あたしは何か、少しだけ暖かいものが”見えた”気がした。


 あれ、は……。


 そっか。あたしは……。


 あの一瞬見えた光。多分、少し雲の切れ間があって、少しだけ差し込んだ日の光だったのだろう。

 あのとき、あたしは、あの光に手を伸ばそうとしていたっけ。

 世界は暗い。明るく見えても、どこかしらに”闇”が存在している。


 あたしがなりたかったのは、そんな闇を少しでも照らす”光”……。


 ――そっか。

「あたしの、マナ属性……」

「悪あがきは終わりか?」

 ――分かったよ。あたしの、マナ。

 あたしはふぅ、と深呼吸をして、男たちを見据えた。

「ルーシェ! 目を瞑って!」

「えっ?」

 ルーシェは言われるがままに目を強く瞑った。


「光よ、照らせッ!」

 その言葉と共に――。

 一瞬にして、あたしの身体が強烈に光りだした。

「うぉッ! まぶしッ!」

「目が、目がああああああああッ!」

 まるでカメラのフラッシュを思いっきり直視したかのように、男たちの目が思いっきり眩んだ。

 ――チャンスだ!

「てやあああああああああああああッ!」

 あたしは思いっきり男が持っているナイフを蹴り飛ばした。「ぐふううううッ!」という言葉と共に、男はナイフを地面から落としてしまう。それと同時に、ルーシェはしゃがんで男の腕から逃げていく。

「あ、あにき……」

「てえええええええいッ!」

 まだ目が眩んでいる痩せこけた男にも同様に蹴りを入れた。同じように「ぐあああああッ!」と声を漏らしながら地面にブーメランを落としてしまった。

「ぐうううう、何しやがった、妖精……」

「全く前が、見えないでやんす……」

 強烈な光を浴びたせいだろうか、男たちの視界は完全に奪われたみたいだ。

「妖精さん! あとは任せて!」

 ――ルーシェ。

 あたしはその場から一気に立ち退いた。

 ルーシェは素早い動きでナイフをブーメランを拾い上げ、男たちから距離を取った。男たちはまだフラフラとよろめいている。

「やっちゃって、ルーシェ!」

「はいッ!」

 ルーシェは力強く返事をして、ブーメランを構えた。

 そして、彼女はそのまま、思いっきり振りかぶりブーメランを投げ放った。

「てやあああああああああああああああああッ!」

 放たれたブーメランは弧を描きながら、小太りの男の顎下、そして痩せこけた男の鳩尾を思いっきり直撃し、

「ぐおおおおおおおおッ!」

「ぐええええええッ! でやんす!」

 男たちがそのまま倒れると同時に、彼女は戻ってきたブーメランをシュッ、と受け取った。

「や、やるじゃん」

 っていうか、ルーシェってこんなに強かったのか。

「えへへ……」

 照れくさそうに微笑むルーシェを見て、あたしもなんだか微笑んでしまうのであった。

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