ルーシェの涙

 こっそりと、連中の後をつけていく。

 男たちは何やらこそこそと耳打ちしながら歩いていた。女の子はいかにも居たたまれなさそうに、もじもじと身体を揺すりながらその後ろについている感じだ。

 あたしは木の陰から陰へ移り、見つからないように慎重に進んでいった。

「ったく、盗賊ギルドから役に立つ奴を寄越せとは言ったけどよぉ」

「トロくさい……。あまりにもトロくさい奴が来たもんでやんすねぇ」

「うぅ、すみません……」

 盗賊、ギルド? あの女の子、盗賊なの? どう見ても男たちのほうが盗賊っぽい見た目なんだけど。

 そもそもコイツら、何しにこの聖域に来たんだろう?

「いいか、俺たちの目的は忘れたわけじゃねぇだろうな?」

「妖精が持っている秘宝と、マナストーンを手に入れることでやんす。分かっているでやんすね」

 ――まな、すとーん?

 秘宝も何なのか気になるけど、それ以上にその単語のほうが気になった。名前からしてマナの力がメッチャ宿っていそうな石なんだけど。

「はい……。ところで、秘宝って何ですか?」

「はああああああああああああッ!? おめぇ、シーフの癖に知らねぇのかよッ!」

「す、すみません……。あまり、そういうことには疎いもので」

 女の子は更に萎縮してしまう。

「まぁいい。なんかそれっぽいものが見つかればきっとそれがお宝だ!」

 ドテッ!

 いや、あんたらも知らないのかよ!

 あたしは思わずずっこけた。おそらく二人の男も女の子のことを悪く言えるほど大した人間じゃないだろう。段々と女の子のことが気の毒に思えてきた。

「とにかく、まずはマナストーンだ! あのお方から直々の依頼だ、ポカするわけにはいかねぇ!」

 ――あの、お方?

 ということはマナストーン? というものは誰かに頼まれて探しているってことなのね。何の目的でそんな物が必要なのか知らないけど。

「妖精のお宝は、その辺にいる妖精をとっ捕まえて聞き出せばいいでやんす」

「おうよ! だが、さっきから妖精が一匹たりとも見えんな。ここは本当に聖域なのか?」

 どうやら、他の妖精たちはどこかに隠れてしまったようだ。賢明な判断かも知れない。ていうか、あたしは何でコイツらを尾行しているんだろう? リドゥの言う通り、妖精妃様に報告に行くのが正解だったと思う。今更ながら自分の行動に疑問を抱いてしまったのであった。

 とにかく、アイツらに見つかったらタダじゃ済まないだろう。世の中のはあたしのようなちっちゃい身体に欲情するマニアックな変態もいると聞く。そんな性癖の持ち主だったら、と想像したら物凄く背筋がぞっと鳥肌まみれになる。

「あの……」

 おっと忘れていた。女の子が物凄く気恥ずかしそうに手を挙げた。

「あん? なんだ?」

「それが、その……」顔を紅潮させながら、女の子が身体を振るわせる。「ちょっと、催しちゃって……」

 ――あぁ。

 理解した。そりゃ気恥ずかしそうになるわ。同じ女性としてこれを告げるのは辛い。多分、授業中に告げるよりも辛い。

「あー、はいはい。そこらの見えない場所でとっととやってくるでやんす」

 流石にコイツらもその辺のデリカシーはあるっぽい。

 女の子は「は、はい……」と促されるまま、その場から去っていった。

「ケッ! もっと色っぽい姉ちゃんが来てくれるかと思ったら、あんなガキかよ」

「女のシーフとワンチャンやりたいって言っていやしたもんね」

 前言撤回。やっぱコイツらにデリカシーなんてものはなかった。

 ――大丈夫かな、あの子。

 正直、コイツらを相手にしようという気にはならないが、なんだろう、あの女の子がどうにも気になって仕方がなかった。

 ――だって、あの子。似ているから。

 あたしは男二人から目を離し、先ほどの少女が行った方向へと飛んで行った。別にお花を摘んでいるところを見る趣味はないけど、ちょっとだけ様子を確かめたかった。

「えっと、確かこっちのほうだった……」

「う、う、ぐすっ……」

 あたしが飛んでいると、どこからか嗚咽が聞こえてくる。間違いなく、あの少女の声だった。

 声のする方向へ恐る恐る向かうと、木の陰で少女がしゃがんで蹲っていたいた。

 ――泣いてる?

「私だって、私だって、頑張っているのに、あんな言い方、しなくたって……」

 少女は涙声でひたすら呟いていた。

 どんどんあたしは彼女に近付いていく。こうしてみると、人間の姿は相当でかいな。巨大に見える顔をちょっとだけ覗き込むように見た。

「あんた……、大丈夫?」

「えっ……」

 ようやく彼女の目がこちらを見る。多分小柄な部類なんだろうけど、あたしの目線からは本当に巨人にしか見えない。一瞬凍り付いたように時間が止まり、巨大な目が更にかっと見開いた。

「あの、妖精?」

「見りゃ分かるでしょ。てか、あんたはあたしが見えるの?」

「あ、うん。一応……」

 妖精は一部の人間にしか見えないらしいけど、どうやら彼女はその一部だったみたいだ。見開いた目は相当充血しているけど、目尻に涙跡があるところを見るにかなり泣いていたらしい。

「まぁいいわ。ところで、なんで泣いているの?」

「えっと……、特に理由はなくて……、ただちょっと悔しくて」

 口調がたどたどしい。どうやらあまり話したい気分じゃないみたい。

「そう。無理に話さなくてもいいけど」

「なんでそんなことを聞くの?」

「ちょっとね、あんたのことが気になったから」

「そっか、ありがとう。優しいんだね」

 そう言われて、あたしはちょっとだけ顔が赤くなってしまう。

「と、とにかく、あんたはとっとと帰ったほうがいいわよ。話を聞いていたらあの二人、思った以上にクズだし、あんなのと関わったらダメよ。第一、この聖域に人間が入ること自体が危険なんだから」

「わ、分かった、でも……」

「でも、じゃない。泣くだけ泣いたら早いところ帰りなさい。これは忠告よ。妖精のお宝だかマナストーンだか知らないけど、そんなもののためにあんたが酷い目に遭う道理なんてないわよ」

 あたしの忠告に女の子は静かに首を横に振った。

「そうかもしれないけど、これはチャンスだから……」

「チャンス? あんた、雇われの身らしいけど、もしかしてあんたもお宝とやらを狙っているわけ?」

「そうじゃなくて、その……」女の子は唾を飲み込み、「この依頼をしっかりこなせたら、皆が私のことを認めてくれるんじゃないかな、って」

 ――認めてくれる?

「どういうこと?」

「私、その、昔っからドン臭くて、ドジばっかで、何をやってもダメダメで、ずっと皆に馬鹿にされてばっかりだったんです。お師匠様にも『何やってんの無能!』ってしょっちゅう罵られて……。今回の依頼を成功させたら私のことを見直してくれるんじゃないかなって、ずっと思っていて……」

 あぁ、確かにちょっと頼りない感じの子だもんね。

 ――やっぱり、あの子に似ている。

 彼女も亡くなる前、「絶対にレギュラーになって、先輩たちを見返してみせる」とか言っていたっけ。それから必死で練習していたようだけど、結局は先輩たちの良いようにこき使われていただけだった。

「でも、やっぱりダメでした。この聖域に通じる遺跡でも、罠や扉の解除に時間が掛かって、あの人たちに思いっきり怒られて、ビンタまでされて……。転移装置に入ってからは完全にお荷物みたいな扱いになって……」

 そんな構造になっていたのね、この聖域。まぁそれはいいとして。

 ――あの男たち、女の子に手まで挙げたのか。最低すぎる。

「なるほど。事情は分かったわよ。でもね、それであんたが危険な目に遭ったら元も子もないでしょ。時には逃げたり拒んだりするのも大事よ」

「そう、だよね……」

 あたしははぁ、とため息を吐いた。

「まぁいいわ。あたしが一緒に行ってあげるから。しっかり断ってきなさい」

「え、でも……」

「いいから! ちゃんと断る! こんな依頼、達成したところで絶対ロクなことにならないに決まっているんだから!」

「あ、ありがとう……」

 もう腹は括った。この子を絶対、彼女のような目には遭わせたくない。

 いざとなったら、あたしがボコボコにしてやるんだから!

「それで、あんた名前は?」

「えっと、名前……」女の子は恥ずかしそうに俯きながら、「ルーシェ……、ルーシェ・クロディア、です」

 ――ルーシェ、ね。

「覚えたわ。それじゃあ行くわよ、ルーシェ!」

「あ、はい……」


 あたしらは先ほどの場所へ戻っていった。短い距離だったけど、道中のルーシェの緊張感は半端じゃないほど伝わってきた。

 あいつらの薄汚いローブが見えてくる。二人で近付いて何やら会話しているようだ。

「えっと、ただいま戻り……」

「で、あの少女を囮にするでやんすか?」


 ――は?


 唐突に聞こえてきた、男たちの会話。その一言で、あたしは一気に身体が硬直した。

 ルーシェも同様の反応だったのか、思わず声を失って、木の陰に隠れてしまう。

「そうだ。いざとなったら、あのガキを生贄に差し出して俺たちは許してもらおうって寸法だ」

「そう上手くいきやすかね?」

「バーカ。俺たちがガキに唆されたって言えばいいんだよ。勿論、お宝とマナストーンはきっちりと奪って、な。んで、あのガキを身代わりにしたら、こっそりとこの聖域からズラかればいいってことよ」

「妖精どもへの言い訳ならオイラに任せて欲しいでやんす」

「はっはっは! お前は口だけは達者だからな! 期待しているぞ!」


 ――あいつら。

 あたしの怒りが、ふつふつと込み上げてきた。

「それにしても、腹減ったな。なんか食い物ねぇか?」

「あ、そこになんか食べられそうな実があるでやんす」

「お、いいな」

 男は傍らに生えているオレンジ色の木の実をもぎり取った。

「あー、オイラの分も!」

「早い者勝ちだっての!」

 男は木の実に噛り付いた。

 が、すぐにペッ、と吐き出し、苦い顔をした。

「ど、どうしたでやんす?」

「クッソマジぃ! こんなん食えっか!」

 男は手に持った木の実を投げ捨て、更にベチャっと踏みつける。

「ロクな食べ物もないなんて、シケた聖域でやんすね」

「まぁいい。こんなところ早いところおさらば……」


「食べ物を、粗末にすんなアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 ベシッ! という音と共に、あたしは男の頬にローキックをかましていた。

「ぐへぇ!」

「あ、兄貴ィ!」

 男は頬を抑えながら、あたしのほうを見てきた。

「よ、妖精……」

「あんたらッ! さっきから黙って聞いていたら……、もう許さないッ!」

「な、なんでやんす……」

 あたしは思いっきりの表情で、男たちを睨みつけた。

「まず聖域に勝手に入った! 不法侵入! そして宝物を盗もうとした! 窃盗未遂!」

「は、はぁ?」

「そして、女の子をいいようにこき使って、泣かせた挙句、身代わりにしようとした! 男として最低罪!」

「な、コイツ……」

「なによりもッ!」あたしはこれまでにない大声で叫んだ。「食べ物を粗末にしたッ! よって、あんたたちは有罪、有罪、有罪ッ! 最早、死刑なんて目じゃないほどの厳罰を覚悟してもらうからねッ!」


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