気になる少女

 木。

 木――。

 また、木――。

 羽をピシピシと羽ばたかせながらずっと空を闊歩しているけど、一向に変わった景色は見えない。見渡す限り葉っぱと木と花だらけ。正直、見飽きた。

「つうううううかあああああああれええええええたあああああああ」

「だらしねぇな。まだ妖精妃様のところまでは遠いぜ」

「そんなこと言ったってぇ……。この聖域って、どんだけ広いのぉ?」

「知らね。ひとつだけ言えるとしたら、『結構広い』ってことだけだな」

 思った通りのざっくりとした答えが返ってきた。ていうか、飛ぶって結構疲れるもんなのね。渡り鳥を今だけ物凄く尊敬してしまう。

「ところで、お前、自分のマナ属性って分かっているか?」

 ――まな、ぞくせい?

 唐突にそんなことを聞かれて、あたしは困惑してしまう。

「何それ?」

 確か弟がプレイしていたRPGでそんな単語が出てきた気がする。傍から見ているあたしにはチンプンカンプンでさっぱりピーマンだったけどさ。

「流石にまだ分かってねぇか」

「だから、何なのかって説明してよ」

 ふぅ、とリドゥはため息を吐いてあたしのほうを見た。

「まず俺たち妖精ってのは、この世界における自然の力を具現化した存在だってことは知っているな?」

 ――知りません。

 初耳です。そして、ちょっと何言っているか分かりません。

「えっと……、知っています」

「その顔で知ったかぶりだということだけは分かった」

 リドゥにはお見通しだった。だって仕方ないじゃん。さっき生まれたばっかだもん。赤ちゃんだもん。人間の赤ちゃんだったらまだ目すら開いていない程度の時間しか経っていないのに、何で自分の存在がどうこうとか理解していると思ってんの!?

「で、マナ属性って何?」

 開き直ってあたしは強気に聞いてみた。

「ま、平たく言えば”自然の力”全般をマナっていうわけ。火が燃えたり、水が流れたり、風が吹いたり……。そういった力を全部『マナ』と呼ぶ。んで、俺たち妖精はそのマナを司る存在……、いや、マナそのものに命が宿った存在と言った方がいいかも知れないな」

 ふぅん、とあたしは相槌を打った。

 なんとなく理解した。要するに自然の力ってことなのね。それに命が宿った、とか言われるとなんだか自分が凄い存在に思える。

「で、妖精一人一人にそういう火とか水とかの属性があったりするわけ?」

 弟のRPG知識だけど、そこはなんとなく知っている。

「お、そこは分かってんのか。そうだな、火や水や風なんかが分かりやすいか。そういった力を各々が宿しているわけだ。ちなみに、俺は地属性だ」

 ――大地、ってことか。

 確かに、土木作業のおっちゃんとかにこういう奴いそうだけど(偏見です)。どちらかというと性格は大地というには浮ついている気がする。

「あたしにもそのマナ属性とやらが宿っているわけね」

「そういうこった。ま、自覚していないことを恥じる必要はねぇよ。大体、最初から自分で理解している奴の方が少ないからな。でもまぁ、自覚できたらこういうこともできるようになるぜ」

 そう言ってリドゥは指をパチンと鳴らした。すると、地面の土がこんもりと盛り上がり、人の形になっていく。形は歪だけど、手足を伸ばしたりクルクル回っている様子がちょっと可愛く思えた。

「おお!」

「なっ! 自分のマナを理解すると、こうやってその属性の物質を自在に操ることが出来るようになるわけよ」

「へぇ、面白い。それで、どうやったら分かるわけ?」

 そう聞くと、リドゥは頭を抱えた。

「いや、だから……、それを知るために妖精妃様のところに行くんだろうが」

 ――あぁ。

 あたしはようやく理解した。そういえばさっきあたしのところにやってきた野次馬妖精もそんなこと言っていた気がする。

「あと名前も決めてもらえるんだっけ」

「そういうこと。分かってんじゃねぇか」

「で、そもそも妖精妃様って何者なわけ?」

 なんとなく妖精の中でも偉い人だってことは理解できる。ただ、それ以外の情報があまりにも少なすぎてどうすればいいのか困る。

「その名の通り、俺たち妖精の中でも最上位に当たる存在だ。この聖域全体を統率し、生まれたばかりの妖精たちに名前を付けたり属性を調べたりしているな。あとは、外界へ妖精を派遣したり、人間たちの元へ妖精を赴かせたりと様々なことをやっている」

 なるほど。良く分からないけど、とにかく偉いお方なわけね。

 ――って、あれ?

「人間たちの元、ってことは、この世界にも人間っているの?」

「ん? そりゃな。聖域の外に出たらほとんどが人間だらけだぜ」

 いるのか、人間。何故あたしはそっちに生まれ変わらなかったのか。そりゃ、虫とか変な動物とかよりはマシだけどさ。

「人間と妖精って関わることはあるわけ?」

「おう。アイツらはマナの恩恵に頼って社会生活を営んでいるからな。まぁ、ほとんどの人間には俺たちの姿は見えないし、直接関わることはないが。中には見える人間というのも存在する」

「へぇ……」

「で、そういった見える奴らの中で妖精と契約を交わし、パートナーとして使役する連中もいるわけだ。そいつらを総称して『妖精使い』という」

 ――妖精使い。

 ポ〇モンみたいにあたしらは使われるわけね。なんだかちょっとヤダなぁ、それ。折角こんな空を飛べる身体に生まれ変わったんだし、もっと自由に生きたい。

「それじゃあ、この聖域の中にも人間はいるの?」

「いや、ここは元来人間どもは立ち入り禁止だ。ありとあらゆるマナが生まれ、集まる神聖な場所だからな。余程の理由がなければ入ることは許されない」

 そりゃそっか。ここに来てからずっと人間の姿なんて見てないもんね。周りを見渡してもあたしと同じような羽の生えた可愛らしい妖精たちばっかだし。

「おおよそだけど、この世界のことが分かってきたような気がする」

「おう、そうか。ま、とりあえずのところは妖精妃様にお会いして、その後は当分この聖域内でゆっくり過ごせばいいさ」

 それも悪くないかな。どうせならのんびりと生活したいもん。

「ちなみに、あたしが聖域の外に行く可能性ってあるわけ?」

「もっと自身のマナが強くなれば、な。俺たちの元々の役目は外界のありとあらゆる物質にマナの力を与えることだからな」

「なんかそれ、面倒臭そうなのか、自由なのか良く分からないね」

「あのなぁ。だからそれが俺らの役目だっての。それに、妖精使いの人間に召喚されたらもっと面倒だぞ」

「あー、やっぱ面倒なのね。使役されるとかマジ勘弁なんだけど。てか、あたしらを使役して具体的にどうするの?」

「さぁ? そこまでは知らん」

 うーん、リドゥも知らない、か。

 ま、どうせしょっちゅう召喚なんてされないでしょ。万が一されたところで断ればいっか。あたしはそんな感じで短絡的かつ呑気に考えることにした。

 ここは気分を変えるために鼻唄でも口ずさむことにしよう。

「ふんふん~♪」

「何歌ってんだ?」

「ん? べっつにぃ」

 こうして聖域の中を飛び回っていると、ちょっとだけピクニックに来た気分になる。見方を変えてみればこの姿も案外悪くないかもね。

 ――どうせだったら、あの子と飛び回ってみたかったな。

 ふいに彼女のことを思い出す。小さい頃はよく一緒にハイキングとか行っていたし、遠足もしょっちゅう同じ班になっていたっけ。大きくなったら一緒に夢の国とかも行きたかったなぁ。まぁ、その願いは叶うことはなかったんだけどさ。

「ふぅ……」

 ――いけない、いけない。

 気分を変えるんだった。今はこの姿を楽しまないと。

 なんて、あたしが考えていると、


 ドンッ!

 突然、あたしの顔に何か当たった。

 てか、リドゥが突然止まって、あたしがぶつかった。

「いったぁああああああいッ! ちょっと、急に止まら……」

「シッ!」

 リドゥが突然真剣な顔になって、あたしを見てきた。

「な、何よ?」

「人間、だ……」


 ――えっ?


「人間って、もしかして?」

「あぁ。この聖域内に人間の姿がある」

 ――嘘。

 だってさっき、リドゥが『聖域内は人間たちは立ち入り禁止』って言っていたはず。なんで?

 リドゥが促して、あたしたちは近くにあった木に身を潜めた。物陰からこっそりと顔を出した。

 人間の姿が三人、確かにそこにある。

「ちょっとここ、セキリュティ甘すぎじゃない?」

 あたしはこっそりとリドゥに話しかけた。

「たまにいるんだよ。どう入ったのかは知らんが、侵入してくる馬鹿な奴」

「こんなところに何しに?」

「さぁな。マナの力を求めているか、妖精たちのお宝とかいうデマでも吹っ掛けられてやって来たか……。いずれにせよ、あいつらもただで返されることはないだろうな」

「ただじゃ、って?」

 あたしはごくり、と唾を吞み込んだ。

「良くて記憶を消されて外に放り出されるか、最悪肉体を消滅させられる」

「怖ッ。てか罰則に差がありすぎでしょ」

「そんだけここは神聖な場所なんだよ。とにかくあいつらに見つからないように進むぞ。んで、このことも妖精妃様に報告だ」

「う、うん……」

 あたしはもう一度、人間たちの姿w見た。

 三人のうち二人は、鼠色のローブを羽織っている。ちょっと小太りの男と、反対に頬が瘦せこけた男。どちらもなんだかガラが悪すぎる。

 そして――、

 もう一人。黄緑色の服に、赤いマフラーを着けた少女。髪は綺麗な銀髪のセミロングで、瞳は青い。


 ――あれ?


 なんだろう。あの子の表情が、凄く悲しそうに見えた。というより、ずっと浮かない顔を浮かべている。

 ――似ている?

 その少女の姿が、どこか”彼女”に重なって見えてしまう。

「あのさ、リドゥ」

「なんだ?」

 あたしはふぅ、とため息を吐いて、

「ちょっと、あの子の様子を見てくる」

「お、おい……」

 そういってあたしはリドゥが呼び止めるのも聞かずにその場から飛び去っていった。

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