第17話 それから
林ノ山というこの山に住み始めて六年の月日が経った。あの時壊した鳥居は直され、今は少ないながらも参拝客が訪れる静かな神社となった。
私は少し成長して化ける姿も以前より大人びた姿にした。
実際問題、巫女としてこの神社にいるわけなので、具体的に言えば18歳位の人間の女性にしている。
山の妖怪とも仲良くなり、山の親分と呼ばれる熊の妖怪に気に入られた。たまに食料不足になってふてっているが、普段は元気ハツラツなオヤジという感じだ。
恩人の桜花仙人には、鬼灯一族がこの町に近づけないように結界を張ってもらっており、今なお私を守ってくれている。それに、週に一度は山奥にある仙人の家まで出向き、修行をつけてもらっている。おかげで封印術や結界術の基礎を身につけることができた。本当にお世話になりっぱなしだ。
そういえば最近酒を覚えた。最初に飲んだのは仙人に「酒に付き合え」と言われたからだ。その時は気持ち悪くなる飲み物としか思わなかったが、飲んで行くにつれてその美味しさに気がついた。この前など一人で一升瓶を二本開けてしまった。
今日という日はやる事もないので、適当に箒で境内を掃除しておくことにした。こうしてゆっくりと暮らせるのがこんなに幸せなことだとは少し前まで考えたことがなかったことだった。今では普通の事だが、この日々を手に入れるのに、随分時間がかかったように思える。
「よいしょ……。ふぅついた、おはよう蓮さん」
みると、両手で酒瓶の入った袋を持った女性が長い階段を登ってきた。背中に何か背負っている。聞き覚えのあるその声は、昔、破魔の数珠を私に渡した千尋だ。そういえば一昨年、この町の男と結婚して移り住んできたのだったか。
「おはよう千尋。一年ぶりじゃない。今日はどうしたの?」
「あーちょっとお知らせがあってね。あっこれお酒。私の家じゃあこんなに飲めないから。はい」
千尋は酒瓶の入った袋を私に渡す。袋の中には天空という純米酒が入っていた。今夜じっくり味わうことにしよう。
「ありがとう。疲れたでしょ?座って話しましょう」
「そうさせてもらうわ。あー疲れた」
私と千尋は近くのベンチに腰掛けた。
千尋は背中に背負っているものをそっとおろすと、うわんうわんと泣き出した。まさか……
「いや実はね、子供が生まれたから、蓮さんに見せてあげようかな〜って思ってさ」
千尋は赤ちゃんを抱いてあやし始めた。
私は驚いてなにもいえなかった。まさか子供ができていたとは。というか、赤ちゃんを背中に背負って、酒瓶を持ち、この急で長い階段を上って来るとは。
「……あれ?どうしたの蓮さん?」
「あ、いやごめん。いきなりで驚いた。……性別は?」
「男の子。名前はユウトって言うの。どう?可愛いでしょ?」
「あぁ……」
「なに〜?緊張してるの?珍しい〜」
「茶化さないでよ。赤ちゃんなんて見たことないし、触れた事もないんだ。そりゃあ緊張するよ」
「大丈夫だって。ほら、せっかくだし抱っこしてあげてよ」
千尋はそう言うと私に赤ちゃんを差し出した。抱っこなどしたことがない私は見様見真似で抱っこしてみる。
赤ちゃんは大人しく。私の方をクリクリとした可愛らしい目でじっと見つめてくれた。
「ね?可愛いでしょ?」
「う、うん可愛い」
「もう、だから緊張しすぎだって」
千尋は私の方を見て笑っている。
つられて赤ちゃんも笑う。
「あーもう笑わないでってば。ほら、赤ちゃん返すよ」
「ごめんごめん」
千尋は笑いながら赤ちゃんを受け取り抱き上げた。
「はぁーあ。おかしかった」
「笑いすぎだよ」
「ごめんなさいってば。それより、ここの生活はもう慣れたの?」
「もう六年経つからね。流石に慣れたよ」
「それは良かった。……そうだ、蓮さん。この子が大きくなったらここに来るかもしれないから、その時は遊んでやってほしいな」
「ここに?まあその時は遊んであげるけど、こんなところ来るかな?」
「多分ね。この子、私に似て霊的な力が強いみたいだから。そう言う類のものに惹かれると思うの」
なるほど。どうも千尋はただ赤ちゃんを見せにきたわけではないらしい。自分の子供が高い霊的能力を持っている。心配じゃない親はいないだろう。
「……わかった。私が力になれるなら出来るだけ協力する」
「ありがとう蓮さん。……さて、そろそろ帰るよ。でないと帰りのバスが来ちゃうから」
「そう。じゃあまたね」
「うん、また」
千尋は赤ちゃんを背負って神社を後にした。
ユウト、高い霊的能力を持つ子供。間違いなく人ならざる者たちと接触し続けるだろう。そのせいで苦労する事も多いはずだ。
成長して、大きくなった時、ユウトは千尋に言われてここに来るだろう。
春の風が吹いた。私はそこで音を聞いた。新しい物語が始まる音を……。
化け狐放浪記 ひぐらしゆうき @higurashiyuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます