第16話 決戦

 張り詰めた空気の中、私は夜源と睨み合う。

 この夜源というこの妖怪は鬼灯一族の中でも特に暗殺に長けた妖怪で、その特徴は体に外傷を残すことなく心臓を止めて殺すことだ。そのため、死因は全て突然死ということにされるのだ。


「咄嗟に鬼灯の仕業だと怪しんだあたり、随分と儂らを警戒していたようだな。迦楼羅」


「当然だ。一族の奴らに捕まればそこで終わりだからね」


「勇ましいな。だが、もうそんなものは無意味だ。お前が儂に勝てたことはないだろう」


「別に勝たなくてもいい。逃げられればな。ここに母さんの家族がいないことはわかった。もうここに用事はない!」


 私は妖術で霧を発生させた。鬼灯一族が逃走するときによく使うものだ。私は霧の中を走った。


「迦楼羅!貴様、こんなもので儂が貴様を見失うと思うたか!愚か者め」


 当然そんなことはわかっている。もちろん、もう一つ手を打っている。私は「惑い迷路」と唱えた。

 惑い迷路は父から教わった幻惑術だ。敵を惑わせて、まるで抜け道のない迷路に囚われたかのような幻を見せられるというものだ。いくら夜源でもこの術はそう簡単には解けないだろう。

 私は当てもなく、ひたすら走り続けた。


 走り続けるていると、いつのまにか山の麓に来ていた。立ち止まれば夜源から逃げ切ることはできないだろう。私はそのまま山に向かって走った。

 少し入ると、そこには石段が見えた。鳥居もあるところからして神社があるらしい。私は石段を駆け上る。

 石段は長く急であり、なんとか登り切れたが、もう足が震えて動かない。


「よもや惑い迷路を使えるとはな。少々解くのに時間がかかってしまったな。……さて、どうする?大人しく捕まれば痛い目にはあわずに済むが?」


 後ろを振り向くと夜源が立っている。まさかこれほどの速さであの幻惑術を解いたのか……。

 逃げるか?だがまだ足が動かない。この先にあるのは古びた神社の本殿、その奥には鬱蒼とした森が広がっているのみだ。逃げ道はない。となれば、覚悟を決めるほかないだろう。


「私はここで捕まるわけにはいかない!必ず逃げ切ってやる!」


 私は炎を連続で投げつける。足がいうことを聞かないので時間稼ぎをしなければ戦いにならない。


「妖術を連続で放てば妖気を大量に消費し、すぐバテると教えたはずだが?」


 夜源は炎をスルスルとかわしながらこちらに向かって走ってくる。普段は妖術を使い、瞬殺するのだがそうしないところを見るに、父から殺すなとでも言われているのだろう。

 それならば私にもまだ勝ち目がある。

 私はどんどん迫ってくる夜源を出来る限り引きつけた。

 ……今だ!私は化け術を解いて、前脚に力を込め後ろに飛ぶと、再び人に化ける。

 夜源に正対して、手を前に突き出して巨大な炎の塊を作り出す。私自身、この術はかなり妖気を消費するほか、隙が大きく扱いづらいため滅多に使わないのだが、強大な力を持つ夜源のような相手にはこれぐらいしなければ致命傷を与えられない。


炎紅烈波えんこうれっぱ!」


 巨大な炎の塊は龍のようにうねり、夜源に命中する。炎は夜源を包んだまま鳥居にぶつかり爆発した。

 爆発によって私は後ろに吹き飛ばされる。

 確かに直撃した。あれほど至近距離で放ったのだ。防御しようにも間に合わなかったはずだ。

 私は鳥居に方を見る。爆発によって鳥居は倒れ、瓦礫が散乱している。

 がらっと瓦礫が動いた。


「中々の威力だ……儂の体に火傷をおわせるとはな。少しは強くなったとみえる」


 夜源は衣類の火をはたいて消すと、首を回してこちらを見下すようにこちらを見る。

 この術が効かないとなると、私にはもう打つ手がない。

 もう妖気も体力も尽き、体力も限界だ。

 どうしようもないその時、その人は現れた。桜色の綺麗な着物に身を包んだ女性のようだ。その手には桜の花びらの描かれた鞘に納められた日本刀が握られている。


「女の子一人相手に、こんなにやるなんて鬼灯も中々酷なことをするもんだねぇ」


 女性の後ろをみると、なんと鬼灯一族の下っ端どもが十人ほど積み上がっていた。この女性が切り捨てたのだろうか?


「何者だ貴様?人間ではないな」


「元人間というのが正しいね、私はこの山に住む仙人さ。このへんの奴らからは桜花仙人とか桜花様とか呼ばれてる」


 桜花仙人はこちらを向いた。その視線は身に覚えのあるものだった。


「まさか、あなたが私を……」


「そうさ、覚のやつに言われてねぇ。それで、守ってやることにしたのさ。鬼灯がウロチョロしてるのも嫌だしね」


 そういえばそうだ。あの視線を感じるようになったのは覚にあった後からだった。あの日からずっと私を守ってくれていたのか。この仙人は。


「……さて、まずはあの夜源とやらを追い返さないとねぇ」


「……この儂を追い返す?できるとでも?儂は四百年を生きる……」


 その時、突然凄まじいまでの威圧感を桜花仙人が放った。あまりの威圧感であの夜源が固まってしまった。


「少し黙りなよ小童。あんたは四百年だろうがこっちは八百年だ。わたしゃああんたの倍は生きてんだよ」


 桜花仙人の口調は明らかに先ほどまでと違う。私もそして、夜源もこの場にあるものが恐怖で体が震えて動かなくなっていた。


「夜源、今すぐこの雑魚どもとこの国から出て行きな。私の気分が変わらないうちにね」


「……わ、わかった。出て行く」


「ならば良い。さあ、とっとと消えちまいな」


 夜源はただ頷くと、下っ端を抱えて逃げ帰っていった。

 助かった。私は安堵した。


「助けていただき、ありがとうございました」


「なに。別に構わないよ。それより、これからどうする?今から行くところもないんだろう?」


 確かに行くあてはない。

 それに今回は助けてもらった為どうにかなったが、次襲われたら私ではどうすることもできない。


「ちょうど今、この神社を管理する者が欲しくてね。ここの巫女をしながらではあるが、ここに住まないか?勿論安全は私が保障しよう。どうだ?」


「良いんですか?」


「勿論。放っておいても鬼灯に捕まるのは目に見えているし、そうなっては可哀想だからねぇ」


「ありがとうございます。そうさせてもらいます」


 こうして私の放浪の旅は終わりを迎え、この山に留まることに決まった。

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