第13話 犬神
祭りで気分転換できたからか今日は足取りが軽いように感じる。
あの場で引き止めてくれたショウの父には感謝だ。
看板を見つけた。どうやら浜栄町まで20kmらしい。と言われても、私にはこの単位がわからないため、近づいているというぐらいにしか認識できない。こんな事なら母に尺貫法以外の単位も教えてもらえばよかったと今になって思う。
しばらくは変わりばえのない山道を淡々と歩いていた。
喉が渇いたと思い、背に結わえてある風呂敷から水筒を取り出すと、栓を抜き口に運ぶ。しかし全く水が出てこない。水筒の口を下にして振ってみるが、水滴すら落ちてこない。
そういえば昨日は水を汲んでいないではないか。
私は仕方なく、喉の渇きを我慢して水場を求めて歩き始めた。
水場を求めて山道を歩いていると、何やら娯楽施設を見つけた。人間が大勢いるところを見ると、人気があるのだろう。となれば必ず水場があるはずだ。
案の定、水場はすぐに見つかった。
蛇口を捻ると透き通った綺麗な水が流れ出してくる。私は蛇口から出る水を直接飲む。
喉が渇いていたからか、とても美味しく感じた。
飲み終わると、水筒を取り出し水を汲んだ。さて、このまま浜栄町を目指してもいいのだが、折角やったので、少し見て回る事にした。
娯楽施設の中に入って見ると、お土産販売店があり、入って右手、少し奥に食事処があるのがわかる。左手には何やら展示してあるようだ。
大きな張り紙があったので読んで見ると、どうやらこのあたりの野生動物の剥製や植物をしょうかいしているようで、今日は特別展示として世界各国の蝶展示をしているらしい。
入場料は大人700円とのこと。金を持っていない私は入れないし、そもそも興味がないのでそのまま施設を出て旅を再開した。
旅を再開してしばらく歩いていると、突然、禍々しい妖気を感じ取った。
妖気からして鬼灯一族の者でないことはわかったが、問題はその妖気がこちらに向かってきているということだ。近づいてくる速度からして、悩んでいる時間はなさそうだ。
私は全速力で走った。足にはかなり自信がある。よっぽどの事がない限り追いつかれることは無い。必ず逃げ切れる。
そう思っていたのだが、妖気は離れて行くどころか、どんどん近づいてきている。これは覚悟を決めるしかないのかもしれない。
私は臨戦態勢に入った。ついに妖気が私に追いついた。
私はばっと素早く後ろを向くと、妖気で発生させた炎を構えた。
「ほおう?まさか妖怪だとはな。まあいいどいつに憑いても構わんのだからな」
そこにいたのはどす黒い犬のような妖怪だった。紅い目が怪しく光っている。
「取り憑く?犬で取り憑くと言ったら犬神ぐらいしか浮かばないんだけど?」
「当たりだ。よく知っているではないか?」
目の前の妖怪はどうやら犬神であっているらしい。となるとかなり危険な妖怪と出くわしてしまった。犬神に取り憑かれた者は数週間後には死ぬと言われている。それは、人間、妖怪関係なくであるため、多くの妖怪から恐れられている存在だ。
「私に取り憑くと?」
「そうだな……そのつもりだ」
犬神は素早い動きで私に取り憑こうと飛びかかってきた。
私は炎を飛びかかってくる犬神めがけて放った。犬神は炎を紙一重で回避し、後ろに下がった。
「成る程、直撃すればタダではすまんな。その妖気からして、本気を出せば威力は何倍にも膨れ上がりそうだ」
「そんなことしていたら、貴様に取り憑かれらのでね」
「戦闘の感はあるらしい、だが……」
犬神は再び私に向かって飛びかかってきた。私はすぐさま炎を発生させ、犬神に放つ。しかし全く当たらない。先程より速度を上げている。
炎を弾幕のように放つが、それを回避して私の眼前まで接近してきた。
「もらった。貴様の魂を食らってくれる!」
-駄目だ!
諦めかけた時、私の腕につけていた破魔の数珠が青白く光った。
光を浴びて犬神は苦しがっている。
「うがぁぁ?なんだこの光は!……くそっ、今回は引いてやる。さらばだ!」
犬神は数珠から放たれる光に耐えきれず、逃げ帰って行った。
私はその場にへたり込んで、安堵した。
腕の数珠を見るともう光を放ってはいなかった。
「成る程、あの神谷千尋という人間は今この時を予知していたのか。この数珠のお陰だな」
私は立ち上がると、辺りを見渡した。犬神は既に遠くまで逃げて行ってしまったのか妖気を感じなかった。
「さっさとこかから離れよう。またあんなのに襲われてはかなわないしね」
私は浜栄町に向かう方角を確認して、走り出した。
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