第12話 妖魔の祭り〜百鬼夜行〜
道がどんどん険しい山道になってきた。なんだかこの先こんな道が続きそうな予感がする。出来るだけ体力を温存して歩いた方が良さそうだ。
そういえば、町を抜けた辺りからずっと自分を監視していた視線を感じなくなった。結局誰だったのかわからずじまいだった。
正直霊気も妖気も感じなかった。ただ私より遥かに強大な力を持った存在であることだけはわかっていた。
がさっと突然何かが道に飛び出してきた。よく見ると狸のようだ。
「うわぁ〜!人に見られた〜!お助け〜!」
狸は素っ頓狂な声を上げて尻餅をついた。おどおどと慌てふためいて、情けない姿だ。
そもそも化け術は狸のお家芸だろうに、私が妖怪だとわからないでどうする。
「おいおい、私は化け術で人間に化けているだけだ。あーもうとりあえず落ち着いて。ほら、深呼吸して」
狸は私に言われるがまま深呼吸を始める。
数回繰り返して落ち着いたのか、立ち上がり私の方を見る。
「……あっ!よく見たら化け術で化けているだけじゃないか!はぁービックリしたー!寿命縮んじゃったよ!」
とりあえず私が化け術で化けていることはわかってくれたようだ。
「ところで何をそんなに急いでいたのだ?下手に飛び出したら車に轢かれかねないぞ?」
「いや、実は今夜ある妖怪達による祭りの準備をしていて、……って、あーそうだ早くあれ取ってこないと!」
狸は何か思い出したのか、また急いでどこかに向かおうとする。
私は狸を持ち上げてそれを引き止めた。
「なっ何をするんだー!離せ!」
「お前は急ぎすぎだ。少しは冷静になって行動したらどうなんだ?」
「うっ!……確かにそうかも」
「そうだろう?さあ落ち着いてやるべき事を思い出してみようか」
「祭り用に作っておいた特大団扇を取ってくる」
まるで急ぐ必要の無いような簡単な仕事だ。
私ははぁーと大きくため息をついた。
「そんな事で急いでいたのか?まだ昼間なのだから急がなくても十分とってこれるではないか」
「言われてみれば……」
この狸、焦りすぎだ。こんな事ではただ大団扇をとってくるだけのことで何をおこすかわかったものじゃない。
このまま無視して進んでもいいが、仕方ない。少し寄り道になるがこの狸を手伝ってやるとしよう。
「見てられないな。しょうがないね、私がお前のことを手伝ってやる」
「本当か?ありがとう!俺ショウって言うんだ。お前は?」
「蓮だ。それじゃあ取りに行こうか?巨大団扇とやらを」
「おう。こっちだ、ついてきて!」
ショウはそそくさと道から外れて獣道の中に入っていった。
急ぐなと言ってもあれか。私は再び大きなため息をついた。
ずんずんと獣道を進むショウを追いかけて行くと何やらひらけた場所に出た。どことなく前よった狸の集落に似ている。恐らくショウが住んでいる集落なのだろう。
ショウは集落の中央にある木の上に登って行くとガサガサと木の上で何かしている。
「蓮の姉ちゃん!団扇落とすぞ!下で受け取ってくれよ!」
ガサッと大きく揺れたかと思うと団扇を落とした。
-何故返答を待たずにおとすのだ!馬鹿かあいつは!
私は思い切り地面を蹴る。
私の鍛え上げられた脚力のお陰かなんとか団扇を掴みとった。
団扇は二尺ほどの長さで、確かに狸からしたら特大団扇だ。
「おいこら!私の返事ぐらい待ってから落とせ!さっき私が言ったことを忘れてないだろうな?」
「あぁごめん!そうだった。急がない急がない……」
ショウは自分に急がないと言い聞かせながら木から降りてきた。
「よし、それじゃあ行こう。祭りの会場まで行くからついてきて」
ショウはまた走って集落から出て行く。
やはりわかっていない。
私はショウを捕まえると、化け術で紐付き瓢箪に変えてやった。
「何すんのさ!」
「ショウ。お前は案内だけしてくれ。いいな?」
「こえー!こえーよ蓮の姉ちゃん!顔が笑ってない!鬼!鬼の形相になってる!わかった、わかったよ!案内だけしますー!」
私はショウの案内の元、祭り会場に向かった。
祭り会場は狸の集落から真っ直ぐ降っていったところにあった。これなら案内など要らなかったかもしれない。
祭りの準備をしていた妖怪狸がこちらに気がついて走ってきた。
「アンさん、なんでその団扇持ってんだよ?」
厳つい大男に化けた妖怪狸は私を睨みつけて言う。
それもそうだ。ショウの奴は今瓢箪に変えているので、手伝ってやったことがわからないのは当然だ。
「そのことについてはこいつに喋ってもらうよ」
私は妖怪狸の目の前でショウの化け術を解いてやった。
「お前は、ショウ!どうゆうことだ⁉︎」
「親父。いや、そのな、この蓮の姉ちゃんは怪しい者じゃなくてな、その……」
「だぁーじれってえな!ハキハキと喋りやがれ!動くときゃあ周りを気にせずそそくさと動くくせに、喋り出すといつもこうじゃねえか!」
「ひえー!ごめんなせぇ!」
ふむ、成る程よくわかった。この父親にしてこの子ありと言うことか。
もっともせっかちなの所は違うようだが。
「ったく、話になんねぇな。もういい!アンさんに聞いた方が早そうだ!なんでショウと一緒にいた?何故その団扇を持ってやがる!答えろやぁ!」
「旅の道中、たまたま出会ってな。急いでいそうだったので手伝ってやったのだ。この団扇を祭りで使うのだろう?」
私は簡潔に説明して、団扇をショウの父に渡した。
「なんでいそうだったのかい!おいショウテメェ礼はあったのかよ!」
「いや、まだ……」
「とっととしないか!馬鹿野郎が!」
ショウの父はショウの頭を持つと、ぐいっと私の方に体を向けさせると、無理矢理地面に頭を叩きつけて、土下座させた。
「うぐっ……。あ、ありがとうございました!」
「わしからも礼をいう。ありがとうごぜえやした!」
「気にしなくて良いよ。それでは……」
もう用もないので踵を返して帰ろうとするとショウの父が思い切り私を引っ張って引き止めた。
「いやぁ、せめて祭りに参加して行ってくれよ!ここまできたんだからよぉ?」
「いや、私は……」
「遠慮しねぇで、ほれほれ」
私はショウの父にどんどん引っ張られて行く。
どうもこれは逃げられそうもない。
私は大人しく祭りに参加する事にした。
夜になると祭りが始まった。
祭り会場には様々な妖怪が集まってきた。
「どうだよ?すごいだろ!いつも祭りになるとここらにいる妖怪は全員来るんだ」
隣にいたショウが自慢して来る。私は適当に聞き流して祭り会場を見て回る事にした。
祭り会場の屋台では、妖怪達が各々、ヘンテコな置物や気持ちの悪い正体不明な食べ物を出している。
しばらく散策していると、中央の広場に出た。
広場の真ん中にある櫓の上では鬼が太鼓を叩いており、櫓の周りをぐるぐる回りながら、妖怪達が踊っていた。
踊りに決まりはないようで、各々が自由に踊っている。
「おいそこのあんた!せっかくの祭りなんだ。あんたも踊りなよ!」
櫓の周りで踊っている一匹の狼男が私に声をかけてきた。
私は踊りなど踊った事ない。やんわりと断りを入れよう。そう考えていると、後ろからドンと背中を押された。後ろを振り返ると、ショウの父がいた。
「ほれ、踊ってこい!踊ってこい!たまにゃハメ外さないとだぜ!」
「しかし、私は……」
「いいからよお!ほら行くぜ!」
「ああ、ちょっ……」
私の横を通り、少年に化けたショウがそのまま私の手を引いて踊りの輪の中に入っていく。
こうなってしまっては仕方ない。踊ったことなどないが、踊るしかない。
「おーなんだよ踊り上手いんじゃないかよ!よーし俺も踊るぞー!」
案外上手く踊れているらしい。
隣ではショウがヘンテコな踊りを踊りだす。
私の顔から久しぶりに笑みがこぼれた。
祭りは夜遅くまで続いた……。
私は朝の日差しに目を覚ます。いつのまにか寝てしまっていたらしい。
辺りを見渡すと、他の妖怪達も寝転がっていた。
「うーん?あれ?朝か……。あっ、蓮の姉ちゃんおはよう」
近くで寝ていたショウが目を覚ました。こいつもいつのまにか寝ていたらしい。
ショウに「おはよう」と返し、私は立ち上がる。
「あれ?蓮の姉ちゃんもう行くのか?」
「ああ。良い気分転換ができたからな。もう行くよ。親父さんによろしく伝えておいてくれ。じゃあな」
私は別れを告げると元いた道に戻ろうと歩き出した。
「蓮の姉ちゃん!」
ショウの声に私は振り向いた。
ショウはモジモジと何か言いたそうにしている。
「なんだ?言わないのなら行くぞ?」
「蓮の姉ちゃん!…その、なんつうか、祭りで一緒に踊れて楽しかった。……それからよ…。姉ちゃん、もっと女らしく喋れよな!なんつうかよ、喋り方が、男っぽいからよ!えっと、あーすみません……」
喋り方が男っぽいか。確かに男だらけの一族の中にいたから、それが普通の喋り方なのだと思っていたのだが、そういえば母さんの喋り方は私とは違ったな。
女らしくか……。
「…そうか、じゃあ少しずつ変わっていってみるよ」
私は笑顔でそういうと、前を向き直り歩き始めた。
後ろからはショウのさよならの声が聞こえてくる。
空は快晴。私は浜栄町目指し今日も歩く。
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