第10話 神谷千尋
一夜を明かして、再び旅路に戻る。
目的地の浜栄までは、まだ遠いようだ。
厚い灰色の雲が空を覆い、強風が吹き荒れている。徒歩での旅にとっては辛い気象条件だ。唯一ありがたいのは涼しいということだけだろうか。
もうこの地に来てどれだけたったのだろう?既にひと月は過ぎたように感じるが、やはり暦は大切なのだと旅をして気づいた。
星を見れば季節がわかるというものもいるが、あいにく私は星には詳しくない。わかるのは北斗七星と南十字星ぐらいだ。
つまりは方角しかわからない。方角など太陽でわかる。しかも、夜中は移動しないのでわかっていても意味はない。なんとも役に立たない知識だ。
歩いていると町が見えてきた。灰色の林のようにビルがそびえ立つのが見える。ここら辺では大きめの町なのだろうか?車通りも非常に多い。町中に入ろうか迷いはしたが、下手に道を外れて迷うと困るので、そのまま真っ直ぐ町を突き進むこととした。
町に入ると、人間だらけだった。今まで山道ばかりを通ってきたからか、これほどの人間に囲まれると、気持ち悪くなってくる。人混みに酔ってしまったと言えばいいのだろうか。
しかも、車通りが多いせいで空気が悪い。鼻のいい私には臭くてかなわない。
-よく人間はこんな所で生活しているな
私は鼻を抑えながら人混みをかき分けて先に進む。
この町に入ってかなりの時間が経ったが、未だに中心部から抜け出せずにいた。恐らくは横断歩道での信号待ちで時間をだいぶん割かれているためだろう。
車という機械が大量に道路を走っているのだから仕方のないことではあるが、面倒くさい。
少し憤りを感じていた私は前をよく見ていなかったのか、誰かにぶつかってしまった。
謝らねばと思い後ろを振り返ると、私が当たったであろう女性が笑顔でこちらを向いていた。
怒ってはいないようだが、しかし、当たったのならば謝るのが礼儀だと母から学んでいる。とりあえず、ごめんなさいと謝ろう。そう思っていると
「ねえ、あなた少しいい?」
そう言って女性は私の手を引いて私を引っ張っていく。
「おい、ちょっと待ってくれないか?私はそっちに進みたいのでは……」
「いいからいいから、ちょっとだけ、ね?」
そう言って無理矢理私を引っ張る女性。なんて奴なんだと思いながらも、渋々ついていくことにした。
「私、神谷千尋って言うの。この辺の大学に通ってる大学生」
神谷と言う女性は歩きながら自己紹介したので、私も一様自己紹介しておくことにする。
「私は蓮だ。放浪の旅をしている」
「蓮さんね?よろしく!」
「……よろしく」
神谷は人気のない小さな橋に着くとようやく私の手を放した。
「ごめんなさい。私どうしても貴女が気になってしまって。一応確認しておきますけれど、蓮さんは妖怪ですよね?」
「え、何故わかったのだ?」
驚いた。私自身の化け術はかなり完成度が高く、人間の中に混じっても全くバレない自信があった。
「いや、なんとなくそんな気がしたのよ。第六感というやつなのかしら?私霊感が生まれつき異常に強いから」
まさか、昨日私が言った妖怪を認識しているだろうと思った人間。言ったそのままの人間が目の前にいた。
「しかし驚いたわ。本物の妖怪に会えるなんて思ってもなかったわ」
「私だって、化けている私を妖怪と見抜いたあなたに驚いている」
私自身初めて会った。妖怪と認識してまるで平然として、しかも気さくに話しかけてくるような人間に。
「蓮さん。貴女放浪の旅をしているって言っていたけれど、どこに向かっているの?」
「浜栄町だ」
「浜栄町……。ああ、この先の山越えて少し行ったところにある町ね。確か酒造が沢山ある酒の町よ」
「母からもそう聞いている」
「へぇ貴女のお母さん、浜栄町出身なのね。つまりお母さんの実家に行く所なの?」
「まあ、そうだ」
なんなのだこの神谷と言う女。かなりお喋りだ。このままだと今日中にこの騒がし町から出られないではないかもしれない。
「神谷と言ったな。すまないが、私は早くこの町から出たいのだ。もう行かなくては」
そう言い踵を返して、走って離れようとすると
「蓮さん待って!!」
神谷の叫びに足が止まる。
「蓮さん。私貴女をただ興味があるからというだけで引き止めたんじゃあないの」
神谷は私に近づくと綺麗な数珠を手渡してきた。
「これは?」
「それは破魔の数珠。私の霊気を込めて作った特別製。それを持っていて。私、見えたの貴女の未来に、暗い闇に潜むなにかが」
「なんだそれは?私をからかっているのか?」
「からかってはいないわ。でもきっとこの先良くないことが起こる。だから、それを持っていて。それだけ、それじゃあね、蓮さん」
そう言うと神谷は走ってどこかへ行ってしまった。
暗い闇に潜む何か。なんなのだ。
私は謎を抱えながら先に進む。
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