第9話 狼男

 覚に聞いた浜栄町へと向かう道を歩き続けて一週間たった。

 見飽きていた杉林を抜け、少し大きめの道に出てきた。杉林の中を進んでいた時に比べて車通りが多い。所々に民家があるのが見える。恐らく町がこの先にあるのだろう。


 しかし、最近何やら視線を感じる。今もそうなのだが、常に何者かに見られている感じがするのだ。鬼灯一族の妖怪は血の気が多い連中ばかりなので、すぐに襲ってくるはずなのだ。

 では一体誰なのだろうか。私に危害を加える気は無いようだが、警戒するに越した事はないだろう。

 ふと前を見ると丁字路がある。覚の言っていた丁字路とは恐らくここのことなのだろう。


-確かここを左に行けば良いと言っていたか。


 私は丁字路を左に曲がる。曲がってみると大きな橋があるのが見える。あの大きさからして、橋の下には大きな川が流れていることがわかる。

 空を見ると既に日は沈み始めて、空は茜色に染まっていた。


-今日はあの橋の下で夜を明かそう


 橋の下には思った通り大きな川が流れている。流れも穏やかで、化け術を解いて魚を取るのも簡単だろう。寝床もすぐそばにある草むらを踏み固めて平らにすればすぐに作れそうだ。木はそこら辺にいくらでもあるため、火にも困らないだろう。

 日暮れ前に寝床と石を積み上げただけの簡易的な釜戸を作り上げた。後は食料となる魚を取るだけだ。

 私は化け術を解いて狐の姿になり、川の中に入った。魚は小さめではあるものの大量にいる。少食の私には、三匹でも取れれば十分だ。

 私は静かに魚に近づくと一気に飛びついた。私は二匹の魚を足で踏みつけ、一匹を口に咥え、動きを止めた。何匹か逃げたが、目標の三匹捕まえることができた。私は化け術をかけ、踏みつけていた魚を手で掴み上げ、川岸に持って帰る。

 魚は木の枝で作った串に突き刺し、焚き火で焼いた。

 本当は塩で味付けしたいが、塩などないのでそのまま食べることにする。


「いい匂いがするじゃあないか」


 声がする方を向くとそこには、鋭い目をした狼男が立っていた。


 狼男は焚き火の側にやってきて私の向かい側に腰を下ろした。


「一匹もらっていいか?」


「いいが、まだ焼き始めたばかりなのだ」


「なら、焼きあがるのを待つさ」


 狼男は焚き火に手をかざしてあったまり始めた。

 しばらく沈黙が続いた。既に日は沈みあたりはもう暗くなってきている。


「なあ、あんた妖怪だろう?」


 狼男は沈黙を破って突然質問してきた。

「ああ、そうだが…。それが何か?」


「いや、確認したかっただけだ。深い意味はない。……そろそろ焼けた頃か」


 魚からは美味そうな匂いが漂いっている。確かに食べ頃だ。私は一番大きい魚が刺さった串を取り、狼男に渡した。


「はい。一番大きいの」


「すまんな」


 狼男は焼き魚を受け取るとその大きな口でかぶりついた。

 私も串を取り、食べ始める。川魚のため骨が多いが、歯ですり潰せば骨も食べることができそうだ。

 魚を黙々と食べていると、狼男がしゃべりかけてきた。


「なああんた。妖怪ってのは忘れ去らせたのかな?」


 私は口の中の物を飲み込んで、「何故そう思うんだい?」と聞いた。


「昔、俺たち妖怪は人間から恐れられた。夜道に出て行っては人間を怖がらせて楽しんでいた。そうしていると、そのうち妖怪退治に人間がやってくる。そいつらと戦うのも面白くて……。だが、時が経つにつれて人間は妖怪のことをまるで空想の産物のように言い始めた。本当は俺たち妖怪は存在する。しかし、人間は存在しないとして、俺たちのことを忘れていっている。そう思うのさ」


「ふむ。確かにそうかもしれない。だけど、そうでない人間。つまり、私たち妖怪がいると考えてる者は必ずいる」


「何故、そう言いきれるのだ?」


「別に根拠があるわけじゃないよ。ただ、人間という生き物の中には稀に普通は見えないものが見える者がいると聞いたことがある。そういう人間は総じて鋭い第六感を持つという。少なくともそういう人間はわかっているのではないかな?妖怪という存在を」


「そうか、そうだといいな」


 狼男は立ち上がると土を払った。


「ご馳走になった。ありがとう」


「行くのかい?」


「ああ。……それでは、お達者で」


「お達者で」


 頭を下げて、狼男は闇の中へと消えていった。

 空には綺麗な星空が広がっている。私は寝床に寝転がり、輝く夜空を見上げながら眠りについた。

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