第5話 蓮の過去〜旅のきっかけ〜

 私は鬼灯一族と呼ばれる盗賊団で生まれ育った。

 鬼灯一族は、千年以上前に私の父が中国で作り上げた盗賊団で、現在も中国に屋敷を構えて活動している。一族の殆どが数百年もの長い時間を生きた大妖怪で構成され、時の権力者や金持ちの貴族から宝という宝を盗み取り、時には放火し、時には抵抗してきた人間を虐殺した。

 そのような一族で生まれた私は、一族の者からは父のつけた迦楼羅カルラという名で呼ばれいた。一族の者達から戦い方や効果的な技を教わり、父からは妖術の使い方や、盗みの仕方をみっちりと仕込まれた。誰もが私が立派な頭首になれると期待していたからであろう。

 だが、私は頭首になる気はさらさらなかった。盗みや殺しをするような非道なこの一族のことが嫌いで、一緒にいる事も苦痛であった。できることなら、自由になりたいとそう思っていた。

 そんな一族との暮らしの中にも、私には心安らげる場所があった。母の部屋である。

 母の部屋は、一族の屋敷の中の一番奥。小さな窓と、寝具しかない四畳程の部屋だった。

 私の母は林祥子という名前の人間で、私の生まれる二年前に父と出会ってしまい、なんとか逃れようとしたが捕まり、無理矢理ここに連れてこられたのだという。

 母は私の事を父がつけた迦楼羅ではなく、蓮と呼んでくれた。恐らく、私が迦楼羅という名前が嫌いである事を知っていだからだろう。私はそれが嬉しかった。現在私が蓮と名乗っているのも母のくれたその名前が好きだからである。

 母は私に自分の昔話や、この屋敷に連れ去られるまで住んでいた町のことを教えてくれた。私には母の話が面白くて、次第に母のいた町に行ってみたいと思うようになった。


 ある日のことだった。私は父と母が部屋で言い争っている現場を目撃した。私はバレないように様子を見ることにした。


「人間が……。儂に指図をするな!迦楼羅はこの儂が鬼灯一族の二代目頭首として育てあげる」


「貴方は……。何度言えばわかるのですか!?私はあの子の将来はあの子自身に決めさせてあげてといっています!」


「儂に指図するなと言ったはずだ!」


 父は母の顔に拳を見舞った。ボコンと鈍い音が響きわたり、母は床ににどさっと倒れた。倒れた母の腹に父の蹴りが炸裂し、母は壁まで飛ばされた。母はゲボゲボと苦しそうに咳き込んでいる。

 父は母に近づき、


「今度儂に指図をするようならば貴様を殺す!よいな?」


 そういうと体を反転させ、出口に向かって歩き始めた。

 私はまずいと思いすぐさま飛び上がり天井に張り付いた。父は母の部屋から出るとそのまま自分の部屋の方へと歩いて行った。

 父がいなくなったのを確認すると、私は天井から降り、母の部屋に入った。


「母さん、大丈夫?」


 私が声をかけると母は顔を上げてこちらを向いた。口からは先程殴られた時に出たであろう血が滴っていた。


「蓮……。大丈夫よ。こんなのなんてことないから」


 母の口からは先程殴られたときに出た血を拭いて、なんとか笑顔を作って答えた。


「母さん……」


 自然と目頭が熱くなり、どんどん視界が涙で歪んでいく。母は泣いている私をそっと抱きしめ慰めてくれた。


 泣き止んだ私に母は、一枚の写真を渡した。そこには若かりし頃の母と一緒に歳をとった男女が写っている。


「母さんこの写真何?」


「母さんの家族の写真よ。ここに連れて来られる前に撮った写真なの。前に話したことあったでしょう?」


「うん。けどそれが?」


 そこで母に言われた事が放浪の旅に出るきっかけとなった。


「蓮。貴女はここを出て、母さんの暮らしていた日本に行って私の家族を訪ねなさい。貴女はここにいてはいけないわ。ここにいたら、非道な盗賊団の頭首になってしまう。母さんはそんな事はさせたくないの」


「でも。私がそんなことしたら……」


「蓮。お願い。自分のこと一番に考えて頂戴。母さん。蓮が幸せに生きてくれたらそれで良いのよ」


「母さん……」


「だから、蓮、母さんのことなんか考えないで行きなさい。いいわね?」


 私の目をじっと見つめて母は今まで見せたことのないような怖い顔をした。

 私はゆっくり頷いて涙を拭うと、母は普段通り優しい顔で私を抱きしめてくれた。


「すぐに屋敷を抜け出す準備をなさい。月明かりを頼りにして、明朝までに港街へ行くのよ。そこで船に乗って日本に向かうの。私はできる限り時間を稼ぐわ」


 母が抱擁を解くと、急いでと言って私の体を押した。


「……わかった。母さん、さようなら」


 私は部屋から走り出て、すぐに旅の準備を進めた。母の言う通りに、母の生まれ育った日本に向かうために。

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