第3話 河童の涙
良い思いをした後には辛いことが待ち受けていると言う。大フクロウから美味い食事を振舞ってもらってから一週間たった。
私は今日の朝から降り続く大雨のなか、ひたすら長い山道を歩いている。一応道端でボロ傘を拾いさしているが、頭が濡れないだけであまり意味がない。
履いていた草履は水分を吸って重くなり足を一歩踏み出すのも一苦労だ。本当は休みたい所ではあるが、そうも言っていられない。左側を見ると、山肌が雨で少し崩れているのがわかる。
急がなければ土砂崩れに巻き込まれる危険がある。私は安全な場所を目指し、ひたすら山道を歩くしかない。
歩き続けてどれだけだったのだろう。なんとか山道を抜けることができた。休みなく、のぼり下りの激しい山道を歩き続けたからか、既に足は震えていうことをきかない。
何処か、雨をしのぐことのできる休憩場をさがしたいところだ。
しかし、近くにそのような場所はなさそうである。仕方なく、私は震える足で再度歩き始めた。
既に限界の足では思った通りには歩けない。ぐねぐねと蛇行しながらも、休める場所を求め歩みを進めた。
少し進むと、右手に何やらひらけた場所があるのがわかった。私は最後の力を振り絞って、そちらに歩き近づいた。
近づくにつれて、大きな池とその辺りに屋根のついた休憩場がある。中には二、三人が座れる程度の腰掛けがあるように見える。ようやく休むことができるとわかると力が湧いてくるようだった。私は休憩場の中に走りこんだ。
休憩場の腰掛けにどかっと座り私はぐったりと体を背もたれに預けた。まさか、こんなに目にあうとは思っていなかった。私は濡れた草履を脱ぎ、風呂敷を取って中から水筒を取り出して一気に飲み干した。はぁ……と、大きくため息をつく。
ふと池の方を見ると、雨が水面に降り注ぎ無数の波紋ができては消えを繰り返している。池の周りには背の低い水生植物が生えており、小さなアマガエルがぴょんぴょん跳ねている。私はそのままボーと池の水面を見つめていると、ボコっと水面から何やら白いものが浮かんできた。
-うん?なんだろうあれ?
気になってそのまま白いものを見ていると、白いものはどんどん水面から離れ、その下から緑色の藻のようなものが出現する。
緑の藻はキョロキョロと辺りを見渡しているように見える。よく見ると、目があるようだ。ジーとこちらを見ている私に気がついたのか、こちらに近付いて来る。ガサガサと草をかき分け、姿を現したのは人間でいう5、6歳ほどの体格の緑色をした妖怪。頭に白い皿、背中には甲羅を背負った姿は、まさに河童そのものであった。
「なあなあ姉ちゃんよう、もしかして、お供え物でもしに来てくれたのか?」
河童は会うなり目を輝かせてそう言った。
「申し訳ない。私はただ旅の途中で疲れたので、ここで休んでいただけなの」
「そうかぁ。久し振りに人が来たから期待してたのに、残念だな」
はぁ、とため息をついて河童はうなだれたしまった。どうやら相当お供え物を楽しみにしていたようだ。
「昔はよ、この池に毎日キュウリがお供えされてたんだ。人だって一日に10人ぐらい来てたんだ。んだけどよ、年がたつにつれて、どんどん来る人減って、キュウリもお供えされなくなっちまったんだ。おら達、お供え物楽しみにしてたからよ。寂しいんだよ」
河童はゴシゴシと目元を腕で拭った。
「そうか。人間達はいつの間にか、君達河童の事を忘れていってしまったのか」
「んだよ。きっとそうなんだ。姉ちゃんよう。時間てのは、残酷だよな」
「そうだね。時間は過去の記憶を風化させる。風化した記憶は、どんどん崩れていっていずれ消えて無くなる。そうして、誰の記憶からも忘れ去られる。時間が解決するなんてよくいったものだよ。ただ忘れるまで待つだけなんだ。本当は解決なんてしてないのにね」
「んだな。んなんだよな」
気がつくとさっきまで降り続いていた雨が上がっていた。話していた間に足も回復して、なんとか歩けそうだ。私は風呂敷を背中にくくりつけ、草履を履いた。
「河童。雨が上がったからそろそろ旅の続きに出発するよ」
「そうか。じゃあな姉ちゃん。今度来るときはキュウリ持ってきてくれよ」
「わかった約束するよ」
私は河童と握手を交わして、また、旅路に戻った。
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