第2話 暗闇に浮かぶ眼
森を抜け出して、一夜を明かした私はまた歩き始めた。天気は相変わらず快晴で、富士山は昨日より大きく見える。特に意識していなかったが、どうやら、富士山の方向に進んでいたらしい。
私は、そのまま突き進むこととした。
道中、大きな入れ物を背負った人間が棒を持って歩いているのを見かけた。恐らくあれが登山者というやつなのだろう。
私から見ると、不思議な格好である。あちらから見れば私の格好の方が不思議なのだろうが……(ちなみに私は大きめの茜色の甚平に草履を履き、背中に小さな風呂敷を結わえているという格好)。 私はそんな登山者を傍目に歩いて行く。
今日という日は特別暑く、汗が滴り落ちる。風呂敷の中に入れてある手作りの水筒も既に空である。ゼェゼェと息を荒げながらも歩き続けていると湖が見えてきた。
本栖湖と呼ばれるその湖に行って見ると多くの人間が富士山をカメラという機械で撮っていた。私は母からカメラというもののことを聞いていたのだが、聞いていたものよりも小さく、軽そうで、何より強烈な光は発していなかった。科学とやらの進歩なのだろう。私のような妖怪にはどうでもいいことである。
こっそりと水筒に湖の水を汲み、日陰で座り込んで休むことにした。
こうして眺めて見ると、人間も変わったように感じる。
私が生まれたのは50年以上前だが、その頃よりも派手になったように思う。私が生まれた頃は、多くの人間がほったて小屋で飢えと戦いながら細々と暮らしていたようだが、現在の若者は奇抜な服を着て訳の分からない言葉を口にしている。中には板に向かって喋るものもいた。街並みも高い塔のようなものが無数にあり、民家も変な形をしている。もはや、私にはついていけない世界だ。
私は立ち上がり伸びをする。そろそろ旅を再開することとしよう。私は再び歩き出した。
歩いていると、既に静岡から山梨という県に入っていたらしい事に気がついた。私もかなり歩いたのだなと実感する。
歩き続けていると、また湖に行き着いた。どうやらこの辺りには湖が幾多もあるようだ。
随分と暗くなってきたため、今日はこの場所で一夜を明かそうと考えた。
私は風呂敷をほどきその場に置いた。
「さて、枝を拾うついでに食べ物でも探してこようか」
私は近くに見えた林の中に入って行った。高い草木が生えていて、進みずらそうだ。私は化け術を解いて、本来の狐の姿に戻る。食材を狩るにはこちらの方がやりやすいということもあるが、何より、こちらの方がこういう場所では動きやすい。
林に入って何分がたった頃、辺りは真っ暗となっていた。未だ獲物を取れていないがあまりこの林に長居していたくはない。せめて、薪にする枝ぐらいは拾って行くことにした。私は化け術をかけ、少女の姿となった。流石に狐のままでは枝を抱えて戻ることは出来ないため、移動しにくいが致し方ない。この姿で林から出ることとしよう。
しばらく枝を拾いながら来た道を戻っていると、何やら得体の知れない気配を感じ取った。
最初は林に潜む野生動物かと思ったが、どうにもそういう類のものではなさそうだ。私と同類、つまりは妖怪の類のような気がしてならない。
私はその場で立ち止まり、神経を尖らせた。
どうやら自分の背後、数間先にあるブナの木の上にいるようだ。
さて、どうしようか。相手が分からない以上下手に相手を刺激しない方がいい。このまま林から抜け出した方がいいだろう。私は早足で歩き出す。
背後の気配は私が動き出したと同時にこちらに向かって素早く向かってくる。
私は素早く身を翻し、気配の方を向いた。そこにいたのは眼。とても大きな二つの眼であった。
なぜ私の行くところには必ずこういう奴らがいるのだ。
大きな二つの眼は私をにらめつけながらどんどん近づいてくる。どうやら私を敵とみなしているようだ。強い殺気を感じる。
突っ立っていてもやられるだけなので、応戦することにした。私はこれでも妖怪なので応戦する術をいくらか持っている。
今回のような奴ならば、直接攻撃する必要もなさそうだ。大きなその眼に強烈な光を浴びせてしまえばそれでいい。
私は両の手のひらを二つの眼の前に伸ばして小さな炎を作り出すと、瞬時に軽く爆発させた。すると、黄色い閃光が発生した。
二つの眼は閃光を浴びるとウウゥと唸って地面に倒れ込み、苦しんでいるようだ。
「まったく。急に襲ってなるとはね。少々驚いてしまったよ。一体あんた何者なんだい?」
「うぐぐ……。はぁはぁ、申し訳ない。我は大フクロウ」
大フクロウ。長生きしすぎて妖怪化したフクロウといったところか。
「なんで私を襲って来たの?」
「申し訳ない。林を伐採する計画に加担する人間かと……」
「林を伐採?どういう事?」
大フクロウは起き上がり、事の経緯をはなしはじめた。
「ごく最近の話なのだ。この林に突如人間が出入りするようになった。何か企んでいると思った我は、人間の話を盗み聞いて見たのだ。すると人間どもはこの林を伐採し、この地に新しい施設と駐車場を作るといっておった!我はそれが許せぬ。我はこの森を守るために、人を見つけ次第、脅して、この地に近寄れぬようにしようと……」
大フクロウの大きな眼から涙が流れているのが見て取れた。生まれてからずっとこの林で過ごしてきたのだろう。
「事情はわかったよ。それはいくらなんでもかわいそうだね。なら、ちょっと脅かして追っ払ってやろう」
「なに?お主、本当か?」
「本当だよ。嘘を言っても仕方ないだろう」
大フクロウはかたじけないといいながら何度も頭を下げていた。
「それで、その人間達はどこにいるんだい?」
「案内しよう。ついてきてくれ」
大フクロウについて行くと、そこには四角い小屋が建っており、中から光が漏れている。どうやら人は中にいるようだ。
「それで、どうするつもりなのだ?」
「まあ見てて」
私は手を合わせて文言を唱える。すると小屋の周りから青白い火の玉が無数に現れる。
「あれは狐火か。お主、ただの狐ではないのでは?」
「まあ、そうではあるね」
私は狐火を出し終え、次に、小屋の電気を術を使い消す事にした。小屋の窓から中を見ると電気を消すには壁のボタンを押せばいいらしい。ならば、かなり簡単だ。私は小屋の中にある鉛筆を動かして人間にバレないようボタンを押す。
電気を消すと同時に小屋の中から叫び声が聞こえてくる。どうやら、狐火を見て驚いてくれたらしい。
面白くなってきた私は狐火をあつめ、人型にする。そして、少しづつ動かし最後に扉を叩かせた。さながら狐の嫁入りのようだ。
笑いをこらえてその様子を見ていると、人間共が窓から我先にと這い出て、そそくさと車に乗って何処かに行ってしまった。
「おお。人間共を追い払った」
「ふう。中々面白かったわ。これだけ脅かしたら、もうこの場所には近づかないでしょう」
「ありがとう。何かお礼をさせてくれぬか?えっと」
「蓮だ」
「蓮殿」
お礼か、それならば……。
「何か食料をくれないかい?食べ物がなくて困っていたのだ」
「ふはは!わかった。とびきり美味いものを用意しよう」
どうやら、今日は久々に美味い食事にありつくことができそうだ。
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