化け狐放浪記

ひぐらしゆうき

第1話 優しい毛むくじゃら

 空は快晴、道路には車という大きな鉄の塊がブロロロロッという音をたてて、臭いガスを撒き散らしながら凄まじい速度で往来している。

 今いる場所は静岡という県らしい。遠くを見ると高い山があるのがわかる。

 富士山というらしい。頂上付近には雪が積もっているのがわかる。

 人間は登山日和だとかなんとか言っていたが、あんな植物もろくに生えていなさそうな山に登ることの何が面白いのだろうか?人間の考えていることはまるで理解できない。 まあ、私自身何故一箇所に留まらず、この地を歩き回っているのかと聞かれると答えに困ってしまうだろうが。

 そんなことを考えながら歩いていると、自分の歩いている場所から2間(約3.6m)ほど前に何か落ちている。この場から見たところ大きな石か何かであろうか?灰色をしたまん丸の物体が落ちている。

 小走りで近づいて手に取ってみる。随分とザラザラしていて、表面には苔が生えている。重さはそこまでない。大体一斤(600g)ほどであろうか?よく見ると封と彫り込まれているようだ。


-何か封印でもしていたのか?


 石を眺めて考えていても仕方がないと思い手放そうと思ったのだが、何やら気になる。

 持って行くだけ持って行ってみようかと思い、石を手に持ったまま、歩き始めた。


  歩いていると、いつのまにか木が鬱蒼と生えた場所に出た。どこまでも続いているようなその森は不気味な空気を醸し出している。

 妖怪にとっては住みやすそうな場所だなと思いながら苔むした丸石片手に歩いていると、森の奥の方から『ウオウオウゥゥ!』という野太い鳴き声が聞こえた。

 気になった私は見に行ってみることにした。

 森の中は木の根っこやゴツゴツした岩が多く転がっており、非常に歩きづらい。化け術を解こうかと思いはしたが、こんな場所を素足で走るのは痛そうだったのでやめた。まだ草履を履いている今の方がマシだ。

 うなり声の位置に近づいてはいるもののなかなか姿を現さない。周囲を見渡しても何もいない。

 木の上にいるのかと思い上を見上げて見ても、小鳥が飛んでいるだけだ。


-もう戻ろうか


 そう思った時、ふと後ろを振り返ると何やら茶色い毛むくじゃらの塊が動いている。先ほど見渡した時にはいなかったというのに。見逃していたのだろうか。毛むくじゃらの塊はどすどすと地団駄を踏んでいる。怒っているのだろうか?なんとも奇妙なその塊に近づいてみることにした。

 近づいて行くと、相手が先にこちらに気がついた。まだかなり離れているというのに気づくとは、この毛むくじゃらは目がいいようだ。毛むくじゃらの塊はこちらに向かい、野太い声で喋りかけてきた。


「オマエダレダ?」


 私は毛むくじゃらの塊に近づきながら答えた。


「私は蓮という化け狐。この地を歩き回っている者だ。普段はこうして人に化けている。ところで、あんたはなんていうの?」


「オレ?オレ、タダノダ、イウ。ズットムカシ、ココニ、フウイン、サレタ。ナニモワルイコト、シテ、ナイノニ、カナシイ」


 どうやらこのなんとも奇妙な見てくれの妖怪が恐ろしく、封印していたようだ。ということは……。

 私は丸石をタダノダに見せてみた。


「これ、さっき道端で拾ったのだけれど、もしかして、封印していた物ってこれ?」


 タダノダはジーと顔を近づけて、丸石を見つめている。しばらく眺めてハァッ!と言って顔をすぐに離した。


「コレ!コレデ、フウインサレテタ!ソノイシコワイ」


 どうやら思った通り、この石で封印されていたようだ。タダノダはうずくまってブルブルと震えている。私は丸石を遠くにポイっと投げ捨てた。


「大丈夫。封印なんかしない。だからこっちを向いておくれ?」


 タダノダは恐る恐るこちらを向き、石がないこと確認すると、安堵の息を漏らした。


「オレ、タダ、ミンナトアソンデタ、ダケナノニ。ニンゲンノオトナ。ミンナ、オレノコト、カイブツ、イウ。ミンナ、ミンナイウ。オトナ、フウイン、タノンデタ、コドモ、ミンナトメヨウト、シテクレタ。ウレシカッタ。ケド、オトナ、コドモノイウコト、キカナイ。オレ、フウインサレタ。コドモタチ、ナイテタ。ウウゥ」


 タダノダの話は私が予想していた通りの展開だった。今から何百年も前の話のようだ。


「ミンナモウ、イナイ、ノカ?」


「多分もうみんな居ないと思う」


「…ソウカ、オレドウスレバイイ?」


「この森で好きに生きればいいよ。もう封印しようとする奴はいないだろうから」


 タダノダは頷いて、どすどすと足音をひびかせながら去って行った。

 上を向くと木々の隙間から茜色の空が見えた。いつのまにか夕方になっていたようだ。早めにこの森を抜けた方が良さそうだ。


「人間と怪物は相容れない、か。…母さん。アイツは人間にどういう感情を抱いていたのかな……」


 ふと、また無意識のうちにアイツの事を考えてしまった。母さんを殺したアイツの事。


「……行こう」


 私は暗い森の中を歩き出した。

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