300 こんな美味い食べ物があっていいのか!

 カルメ国王都ガンザルは、まだ九月でももう晩秋な感じで涼しいので、アルは長袖に【チェンジ】で着替え、ガンザルダンジョンから影転移で外へ。

 隠蔽はかけてある。


 街中にあるダンジョンなので、商業ギルドもさほど離れていなかった。

 道行く街の人たちもほぼ全員がもう長袖。

 中には寒がりなのか、ジャケットを着ている人までいる。

 ステータスが高いアルは寒暖の影響はあまり受けないので、他の人たちの観察は必要だった。


 王都ガンザルの商業ギルドは、他のギルドと比べると、活気が少々足りない感じだった。目ぼしい産業や特産もないため、他国から来る商人も少ないようだ。

 見計らって隠蔽を解いたアルが列に並ぶと、すぐに順番になった。


「ギルドマスターに会いたい。おれはCランク冒険者のアル。魔道具についての話がある、と伝えてもらいたい」


 他の人たちもいるので、自販を出すワケにも行かず、アルはそう名乗って首にかけているギルドカードを見せた。

 商業ギルドのギルドカードもあるが、他国では何の情報も引き出せない。ただ単に犯罪歴のない身分証明に使えるだけで。


「どういった魔道具でしょうか?」


「ラーヤナ国、エイブル国で話題になっている自動販売魔道具」


「しょ、少々お待ち下さい」


 仕組みが分かったのか、手がかりになる情報を持っているか、似たような魔道具を開発した、と判断したのだろう。本人なのだが。

 そう待つこともなく、奥の応接室へ通された。

 商業ギルドの職員は見た目で判断するような人はここにもおらず、丁重で熱いお茶も出してくれた。茶葉が出るダンジョンも確かあった。


「わたしがガンザル商業ギルドギルドマスターのテンラムだ。話題になってる自動販売魔道具についての話だと聞いたが…貴殿は?」


「改めて名乗ろう。『こおりやさん』店長のアルだ。目立ち過ぎるし、伏せて置いて欲しいから受付では簡単に名乗っただけだったんだど」


 アルはかき氷の自動販売魔道具を出した。


「こ、これは…どうにかして譲ってもらえたのか?」


「いやいや、誰にも譲ったことねぇよ。殺して奪われるのがオチじゃねぇか。一台に使ってある素材だけで国家予算五年分ぐらいにはなるし」


 自販を三つまとめて出してやった。一つはかき氷、二つは冷水で。


「……ほ、本物なのか。…買ってみてもよろしいか?」


「どうぞ。カルメ国のお金も対応のハズ」


 色んな国のお金が流通しているため、ほぼすべてのお金を対応させた気がする。結果、大丈夫だった。


「通信魔道具で聞いてるかもしれねぇけど、今、自動販売魔道具を設置しているのはエイブル国王都エレナーダ。二国半ぐらい相当距離があるのに、おれがここにいるのは影転移が使えるから。何度か繰り返せば、長距離移動も短時間で可能になるワケだ」


 自販に釘付けで氷を削る所からじっくり見ていたので、テンラムが食べ始めてからアルはそう教えてやった。


「そうか、影転移で。膨大な魔力量が必要となる魔法だそうだが、大魔導師様なら何てことでもないワケか」


「その呼び方やめろって。過大評価だから。…で、もう涼しいガンザルの街にかき氷の自販は設置しない。街の外に小さい店舗を設置したいからその営業許可が欲しい。自動販売魔道具での販売だけど、売るのは新しい保存食だ」


 アルは店舗用計画書を出し、テンラムに渡した。

 読んでる間にアルはかき氷と冷水の自販をしまう。


「……何だこれは。こんな画期的な保存食があるのか」


「エイブル国の商業ギルド本部では許可が出たぜ。今、保存食を作ってる所が干上がっちまうから、一ヶ所三日間という制約はあってもな。ずっと大量生産はウチでも出来ねぇから、同じでいい」


「エイブル国で許可が出てるのに、何故、カルメ国でも許可が欲しいんだ?こう言っては何だが、商人としての旨味はあまりない土地だと思うが…」


「ウチの店員がこの街の出身なんだよ。単にそれだけ」


「…そうなのか…」


「店長のおれがここまで来てるのは内緒な。あくまでウチの店員が訪ねて来て、ということで」


「分かった」


 アルがエイブル国商業ギルドとの契約の写しを見せ、テンラムも別に異論はなかったので、まずは商業ギルドに登録してから、ほとんど同じで契約し、今日から使える営業許可をもらった。

 違うのは、三日間に限らず、という所だ。

 明るい話題が中々なく、新しい商品も中々出ないため、出来れば長くやって欲しい、と言われたワケだ。撤収するのはいつでも自由である。


「場所を確保するから街中では…」


「大混乱になると思うぞ。一つ試食させてあげよう」


 アルは醤油味のカップラーメンを一つ出して、八割ぐらいめくって中を見せた。そして、ポットのお湯を入れて線まで注ぎ、その上に砂時計を置いた。


「…ん?この砂時計、ガラスじゃないのか?」


「ああ、新しい素材アクリル製。この製法も登録してあるけど、エイブル国で、だな」


「ウチでも登録してくれないか?」


「いいけど、素材が手に入らねぇかも。カエルの粘液はともかく、ソルジャーアントの目ってダンジョンでドロップする?エイブル国では浅い階層に多いんだって」


 なので、登録後、色んな商人が職人を雇い、色々加工しようと研究中である。難しくない配合のため、まずは瓶の替わりの軽い容器を作っており、程なく店頭に並ぶことになるだろう。

 ちなみに、カエル系魔物はどの国も水場近くにたくさんいる。


「…こっちでは聞いたことないな。ソルジャーアントの巣が発見されたら一大事だ」


 ソルジャーアントはその名の通り、兵隊アリで好戦的なのだ。


「だよなぁ」


「他にこの国でも使えそうな商品はないだろうか?」


「この国自体をよく知らねぇし。蕎麦をマズイ食い方してるってことぐらいしか」


「…蕎麦はああいったものではないのか?」


「本来はもっと美味い食べ物。北国の人たちは味にこだわらないっていう噂がラーヤナ国エイブル国に流れているぞ。じゃ、蕎麦のレシピを登録してやろうかな」


 川魚の粉末出汁を入れるだけでも激変だろう。

 その前に、砂時計の砂が下に落ち三分経ったので、アルは割り箸をテンラムに渡した。蕎麦を食べる地域なので箸利用率も高い。


「蓋を剥がして箸でよく麺をほぐして、味が偏らないようかき混ぜてから食べる。容器は手に持ってもそう熱くないようになってるから」


「分かった。…本当にこんなに短時間で戻ってるっ!すごいな。匂いからして美味しそうだ」


「瞬間冷凍出来ねぇと作れねぇけどな」


「美味いっ!何だこれ?こんな美味い食べ物があっていいのか!」


 大げさだ。余程、美味いものがないのか、この国は。


「いいからあるんだろ。この国の人は味覚が違うってワケでもねぇのか、やっぱ」


 アルはタブレットとプリンターを出して、かけそばとそばがきのレシピを印刷した。そばがきの方が簡単だ。すいとんはこの国でも食べられているのに、そばがきはないのが不思議である。


 テンラムはアルを見ないで、カップラーメンに夢中だった。

 中華麺、スープのレシピも追加でプリントアウトしておく。

 ダンジョンで食材が出るから、ラーメンも何とか作れるハズだ。かん水も草木灰から作るレシピを入れてある。スープは時間がかかるが、焼きそばなら手軽に作れる。

 既にエイブル国アリョーシャの街では、もう焼きそばはかなり出回っている。


「アル殿!」


 スープまでキレイに飲み切ったテンラムが居住まいを正して呼んだ。


「おう。カップラーメンを箱買いしたいって話だろ、どうせ」


「……はこがい?」


「まとめ買い。一箱に十二個入って金貨3枚と銀貨2枚。砂時計一つ付き」


 ちゃんと箱買いも用意してあった。


「買った!」


「今食べたのは醤油味。他に味噌味、豚骨味があるけど?」


 他はまだ研究中だし、そう種類が多くても対応出来ない。蕎麦はまず育ててそば粉を作らないと、なので。


「三種類一箱ずつでお願いする!」


「毎度。金貨3枚銀貨6枚だ。人がいて在庫がある時は箱買いも対応してるから」


 テンラムがすぐお金を出したので、アルは【チェンジ】でカップラーメンの箱と色違いの砂時計をぽいぽい出して渡した。

 テンラムはそそくさとウエストポーチ型マジックバッグにしまう。

 ギルドの職員は分けてもらえるのだろうか。まぁ、アルの知ったことではないが。


「…ということで、街中で売ると大混乱になりそうだろ?エイブル国の商業ギルドでも大好評でさ。で、これが各種レシピ。中華麺というのが、さっきのカップラーメンの麺な。他にも色々と食べ方があるから登録しといて。夕方か明日の朝にでもまた来るから」


「分かった。アル殿、今日からすぐ営業するのか?」


「ああ。涼しい日だからちょうどいい。街出てすぐ見える所で営業する予定…いや、ちょっと待て」


 パラゴのパーコとアリョーシャのアーコが楽しみにしてたのに、ガーコの方を先に営業すると拗ねないか。王都のかき氷・冷水自販設置が終わってからを予定していたが。

 念話通話で確認を取ると、


【それならこちらも今日からでお願いします!】


とのことだったので、許可することにした。


 パラゴとアリョーシャで設置する建物はもう作ってある。

 急遽、設置することになった王都ガンザルの建物もガーコが作った。後は使い難い所を手直しする程度でいいだろう。


「今日からで大丈夫。エイブル国のパラゴダンジョン前、アリョーシャダンジョン前でも同時に営業することになった。ガンザルでは周囲に何もねぇから不利だな。競争じゃねぇんだけど」


「宣伝しとこう」


「それには及ばねぇって。人は通るんだからさ」


 急に建物が出来ていれば、何だあれは?で近寄るものだろう。

 じゃ、またな、とアルは影転移で街の外に出た。


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