229 考えなしの転生者

【マスター、パーコバタです。トリノ様が少し毛色の変わった人物に詰め寄られています。『あの自動販売機を作ったの、絶対、転生者だろ!』とのことで】


 そこに、パーコバタから通信バングルに連絡があった。


 自動販売か。


『へぇ、ひっかかったか。本人は転移者だって?記憶を思い出した転生者?』


【最近、前世を思い出した転生者だと言ってました。お会いになられますか?】


『そうだな。トリノさんもいい迷惑だし。すぐ行く』


 アルはお茶セットをさっさと片付けると、影転移で影に潜ってから隠蔽をかけてトリノの側に転移した。商業ギルドのホールだ。


「会わせてくれって頼んでるだけだろ?何でダメなんだ」


「ですから、何度も言います通り、この街にはいらっしゃらないんです」


「じゃあ、転生者かどうかは?」


「存じませんよ、そんなの」


 そりゃそうだ。

 こんな所で喚くバカか。ステータス的には大したことがないが、称号に『転生者』と表示されている。


『キーコバタ、このバカにパラライズを撃ち込んでやれ』


『かしこまりました』


『トリノさん、迷惑かけたな。隠蔽かけて側にいるけど、このままこいつを連れてくから』


 アルは念話でトリノに話しかけた。


『…あ、いえいえ、助かりました。有難うございます』


 トリノも通信バングル経由で念話で返す。

 では、とアルはバカ転生者を影に沈め、アルも一緒にパラゴダンジョンマスタールームへ影転移した。


 転生者の名前はラセット。年は二十二歳。常識ぐらい備わってないとおかしい年齢だが、前世は若い頃に亡くなって、その記憶に引きずられてるのかもしれない。

 職業は商人だ。

 フローリングの床にラセットを放り投げて、キュアをかけて目覚めさせる。


〈アホか、お前。他人様ひとさまに迷惑かけるんじゃねぇよ〉


 アルが日本語で注意してやると、ラセットは大きく目を見開いた。


〈やっぱり、日本人か!…って、お前、誰?ここどこ?〉


「あまりにアホな転生者を隔離した。この世界でどれだけ異世界知識が貴重だと思う?お前、ステータスも高くねぇのに貴族や金持ちに飼い殺しにされるか、他人が得をするならいっそ、とサクッと殺されておしまいだぞ」


 アルはこの世界のこの地域の言葉に戻す。

 そうじゃないと、パーコに言葉がわからない。


「……誰?」


「『こおりやさん』の店長のアルだ。Cランク冒険者でもある。話が出来ねぇアホなら斬り捨ててなかったことにするから、そのつもりで。おれは既に何百人と殺してるんで今更だしな」


 強盗たちだけじゃなく、アルはダンジョンマスターでもあるので。


「わ、分かった。あの、商業ギルドの人には悪かったと思ってる…興奮し過ぎた…」


「分かってるならいい。ソファーに座れ」


「は、はい!…何、この高級ソファーな座り心地…」


「おれが作った。で、ラセット、前世の記憶を思い出したのはいつだ?」


「一週間ぐらい前。一日の長さがあっちと一緒かどうかは分からないけど。きっかけはかき氷の自動販売機…じゃない、自動販売魔道具?の話を聞いてから。時々夢で知らなかった知識が出て来てたのを不思議に思ってたんだけど。…お前…ええっと、アルさんは転生者なのか?」


「いや、意識だけの転移者。三ヶ月弱前だな。この身体が盗賊に襲われて死んだ後、意識が入ったらしい。致命傷だった怪我が治って、な。見てた奴らがいるし、流れた血からしても一度死んでるのは間違いねぇ。混戦になってた所にいきなり転移で、おれじゃなかったらまた死んでる所だ」


「…ええ、混戦だった所にって…。アルさん、何者?自衛官とか海兵隊とか米軍とか?」


「いや、違う。でも、修羅場慣れしてるし、合気道や柔道、剣術を多少はかじってるから、元々結構強い。おれは元の世界に帰る、或いは特定人物を召喚する方法かその類の情報を探している。お前の前世はいつの時代を生きていた?」


 ラセットの記憶を聞き出した所によると、西暦や年号は記憶が曖昧で覚えていなかったが、どうやら、ラセットの前世はアルより四十年ぐらいは前らしい。共通一次の時代だ。センター試験でも大学入学共通テストでもなく。

 ラセットは高校受験前に、風邪をこじらせて肺炎になって死んだそうだ。

 自動販売機はようやく、ホット&クールが同じ自動販売機で売り出された頃。カップヌードル全盛期。


 ラセットより前の転生者…クラヴィスダンジョンの前マスターは、ドロップ品の傾向を見ても明らかにラセットよりは未来の世界から来ているのに、もっと前にこの世界に来ているので、転生の時系列にあまり法則はなさそうだ。

 たくさんしゃべって喉が乾いたらしいラセットに冷たい麦茶を出してやる。麦茶は一般的だが、冷たいのは冬場にしかない。


「アルさんは、どうしてそんなに魔法が使えるんだ?おれ、昔も今も才能ないって言われたのに」


「努力したから。っつーか、魔法が使いたいのならダンジョンに潜れよ。転生者称号持ちなんだから、経験値倍加になるんだぞ。ステータスをある程度上げねぇと、適性以前の問題。魔力量も増えねぇからな」


「…そうなんだ。…って、おれの方がこの世界に暮らして長いのに、何で知識量で負けてるんだよ…」


「そりゃしょうがねぇ。おれはダンジョンで色々ゲットしまくってるし、スキルも魔法も育ててるからな。それで分かることも多い。物作りも元々得意だし」


「アルさん、おれと違って神様か何かに選ばれて転移させられたんじゃないのか?」


「知らねぇ。ぶっ壊す方も得意なんだけどな。元の身体での転移じゃなかったのは影響力が大き過ぎるから、ってのはほぼ間違いねぇだろうけど」


「…『こおりやさん』ってものすごく噂になってるんだけど、これでも影響力はマシってこと?」


「お前だって、過去の転生者・転移者が色々やってるのが分かってるだろ。味噌や醤油、箸を使う文化だってさ。今更だって。食文化は今後も充実させて行くしな。ラーメンがねぇのを不思議に思わなかったか?」


「思った!どっかにあるかと思ってたんだけど…」


「ない。中華麺に必須な『かん水』の知識がなかったんだろうな。だから、おれが作って昨日商業ギルドに登録して来た所。近々食えるようになるさ」


「…食にこだわるのは日本人のサガか」


「だろ。神獣様も言ってたし。…ってことで、転生者なのは黙っとけよ。おれのことも」


「でも、アルさん、派手に披露してません?」


「お前のような転生者を引き寄せるためにもな。おれは強いから全然平気だけど、おれの話をすると危険なのはお前だって話。自動販売魔道具がどれだけ価値が高いと思ってる。一台の素材だけで国家予算五年分でも足りねぇぐらいだぞ。おれの情報が手に入るなら、拷問ぐらい簡単にする。しかも、この世界はポーションも回復魔法もあるから狂えねぇし、えげつない毒もたくさんあるし、エンドレスだ」


「……黙っときます」


「身のたけ考えて暮らせよ。今後、どこかで会ったとしても知らねぇ振りしろ。マジで危険だから。こうやってお前をあっさりさらって来たようにな」


「…そうでした。街に戻してくれないかな?商業ギルドの人たちに謝りたい」


「その方が目立つ。謝罪はおれから言っとく」


「じゃ、悪いけど、よろしくってことで」


 アルはラセットを影転移でパラゴの街の物陰に送ってやり、自分はまだ少し残る。

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