227 自殺したいのなら別の方法にしてくれ

 アルはスムーズに入街審査を通り、商業ギルド本部へ。

 場所はトリノから地図をもらっているし、迷いようがない程、大きい建物だった。


 アルの格好は軽装だ。パステルオレンジ色のTシャツにカーキ色でポケットがたくさんあるワーキングパンツにスポーツサンダル。

 それに、背中に紺色のボディバッグ型マジックバッグ。靴は夏用ショートブーツだったが、先程【チェンジ】で変えた。やっぱり、暑かったので。


 商業ギルド本部もやはり、賑わっていたが、サクサクと列は進んだので、さほど待つ程もなくアルの順番になり、まず紹介状を渡して、首のギルドカードを見せた。


「パラゴ商業ギルドのギルマスの紹介状だ。おれは『こおりやさん』の店長のアル。Cランク冒険者でもある。連絡は来てると思うけど、聞いてる?」


「は、はい!聞いております!遠い所からようこそ。こちらの部屋へどうぞ」


 予定よりかなり早いのだが、『アルなら何でもあり』とでも伝えてあったのか、受付嬢は疑うことなく、緊張した面持ちで応接室に案内してくれた。

 他のギルド職員がすぐ果実水を持って来る。が、ぬるいものだ。セルフで冷やして氷を入れた。


 商業ギルド本部でも、ソファーは多少綿を詰めた程度の硬いソファーだ。底付きで座り心地もよくない。いずれは構造を教えた方がいいのかもしれないが、時間がかかっても作れるかどうかが問題であり。大半は一瞬で作るコアたちとて、結構時間がかかるのだから。


 どれぐらい待たされるかな、と思いつつ、暇なアルは座り心地の悪いソファーに敷く座布団を錬成。

 堂々と敷いているのはいい気はしないだろうから、座布団に隠蔽をかけて座る。

 …思ったより高さが出てしまうので作り直し。

 体重がかかる部分だけスライム皮を使ったゴムを使い、柔らかく支えるような構造に錬成し直し、厚みは出来る限り抑えた。まぁ、こんな所だろう。


 付与魔法で【柔らかさ】を付与出来れば一番手軽でいいかもしれないが、柔らかさと言っても色々ある。ポケットコイル式のソファーの柔らかさをイメージすればいいのだろうか。付与魔法は素材によっても変わって来るので、この辺りは要研究だろう。


 …などと実験する前に、慌てて近寄って来る人たちの気配を察知。人数は三人。一人は先程、飲み物を持って来た職員だ。


「お待たせした。初めまして。商業ギルド本部の本部長をやっているコリンズだ。こちらはエレナーダの街のギルドマスター、ハワード。貴殿が『こおりやさん』の店長のアル殿か?」


 コリンズは六十前後のいかにも社長!という骨太で貫禄たっぷりの体格、金髪に白髪混じり青目の男で、ハワードは会社の経理をやってそうな理系っぽい黒髪緑目で細身の男だった。


「ああ。初めまして。自己紹介替わりにこれを…出した方が早いだろ」


 茶髪水色目、十人並みの平凡な容姿で、ガリに近い細身体型のアルは【チェンジ】で自動販売魔道具を出した。

 どう見ても十代半ばのその辺にいくらでもいる少年に、こうも丁重な態度は容姿についても情報交換していたのだろう。上質な服装というのもあるか。


「これがっ!噂に聞く自動販売魔道具!」


「…実際、目にして見ると、外観だけでも完成度の高さに驚きますな…。買ってみていいだろうか?」


「どうぞ」


 もう一人の職員はやはり果実水の載ったトレーを持って来ており、それをテーブルに置いて、一礼して退出して行った。

 一応、部外秘なのでアルは部屋全体を防音結界で覆う。物理はなしで。

 それから、もう一台、カップラーメンの自販を出した。


「で、今回、わざわざ来た話のメインがこっちの自販だ。パラゴのギルドに渡したのと同じ資料を用意したから、まずは読んでくれ」


 読ませてからの方が話が早いので。

 アルは書類を出し、かき氷の自販を間近で見ていた本部長のコリンズに渡す。


「ああ。わざわざ用意してもらって悪いな。……事務畑の人間ではなく冒険者だったよな?アル殿は」


 イラスト付きの細かい資料に驚いていた。

 フリーズドライ製法に関しては『特殊な技術で水分を抜く』程度しか書いてないが、カップラーメンの作り方、ラーメンやスープに関する作り方は詳細に。「かん水とはなんぞや?」から。


「そう。Cランク冒険者で錬金術師でもあり魔道具師でもある。まぁ、感覚で錬成する人も多いみたいだけど、おれは何か作る時にはしっかり資料を作る派なんで」


「是非、ウチに来て欲しい逸材だが、無理だろうな…」


「あいにくと。自動販売魔道具を売るつもりもねぇから。自殺したいのなら別の方法にしてくれ」


「…そこまで強盗被害が多いのか」


「そ。氷が溶けねぇんだから、使ってある技術は誰でも分かるしな。もし、どうにか強奪した所で、どうやっても分解は出来ねぇんだけど。ドラゴンブレスにも耐えるような防犯対策だから。魔剣や聖剣だったら壊せるかもしれねぇけど、そんなん持ってる連中は金に困ってねぇワケで」


 魔剣や聖剣でも相当の技術がないと無理、だとコアたちが断定していたので、まず大丈夫だろう。

 ちなみに、アルの張った結界はアルだと普通に斬れてしまう。やらないが。


「それはそうか。だが、マジックバッグやアイテムボックスには入れられるんじゃないか?」


「本来なら杭を地面や床に打つんだけど、試してみたらいい。そちらの対策も万全だから、後はからめ手しかねぇけど、そこまで賢い奴は強盗にはならねぇんだよ、そもそもが」


「その通りだな。…この資料は複製してもいいか?もちろん、情報が漏れないよう細心の注意を払う」


「いいぞ。別に情報が漏れても作れねぇって。その資料だけで作れるんなら是非ウチに引き抜きたい」


「…それもそうか」


 コリンズは資料片手に一旦外に出て複製して戻って来た。

 その間に、ハワードはかき氷を楽しみつつ、アルに色々質問をしていた。

 まぁ、よく訊かれることだ。「採算がまったく採れないのに、何故?」とか「冒険者では?」とか。

 コリンズは複製した資料をハワードに渡し、自分はかき氷を買う。

 仕組みも興味津々らしく、小窓から中を覗き込もうとしていたが、見えるワケがない。


「で、会議にかけるって聞いてるけど、結論が出るまでどのぐらいかかりそう?」


「早くても三日はかかるだろうな。アル殿はそこまではいてもらえるだろうか?」


「何で?結論が出たら通信魔道具で、パラゴに教えるだけでいいんじゃねぇの?サンプルは置いて行くし、何ならこの自販は仮設置してもいい。かき氷の自販と違って中に詰め込まれているだけの数量限定だしな。床に穴は空くけど、ちゃんと元通りに直すから」


「え、置いて行っていいのか?こちらも貴重な魔道具だろ?」


「防犯対策してあるし、この自販に転移ポイントを置けば、おれはいつでも影転移出来るワケで」


「…影転移って距離が短いものでは?」


「おれは色々と規格外なんで。行ったことのない所へは無理だけど、一度行った所には影転移を繰り返すだけで移動出来る。それに、カップラーメンの自販はかき氷の自販よりコストはかなり安い。常温でいいからな」


「それは確かにかなりの違いだが、この暑さで虫もたかって来るだろうし、大丈夫なのか?」


 ハワードがそう質問して来る。


「大丈夫。販売前は完全密閉状態だから虫の入る隙間なんてない。暑さに対しても魔道具はまったく問題なし。カップラーメン自体も三年は保つと資料に書いてある通り、腐る原因たる水分がないから傷むことはない。もちろん、封を開けた物や調理した物は保存出来ねぇ。早く食え、だけどな。ちなみに、パラゴのギルドではサンプルだけじゃ足りず、追加購入があったぐらい好評だから、奪い合いにならねぇように。かき氷のようにあくまで期間限定。今後も大量に生産出来ると思ってもらっては困るから、そこは間違えねぇようにな。ラーメン自体は材料さえあれば、一般人にも作れるんだから」


「分かった」


 その後は、かき氷の自販を回収すると、念のため、一度カップラーメンを作って見せて、本部長とギルマスに半分ずつ試食させた。当然、大好評だった。


 しかし、かなり画期的な発明だと実感してしまい、これを販売するのは、と二人共難しい顔になった。既存の保存食のマズさも一因だっただろう。

 ともかく、カップラーメンの自販は給湯設備が側にあり、防犯魔道具がある会議室に設置することになり、アルがもう一度回収して設置した。


 アルはサンプルに豚骨味と味噌味の二種のカップラーメンを二個ずつ四個と三十食分程度は作れる量の粉末かん水、そして、砂時計二つを渡しておいた。

 砂時計の容器のアクリルもどきはパラゴで登録申請中だと教えた。


「じゃ、明後日には一度顔出すんで、これで」


「待ってくれ。宿を紹介…」


「いや、いい。ダンジョンに潜ろうと思ってるんで。のんびり観光出来るようになったら、その時に紹介頼む」


「おまかせを」


「あ、美味い食堂は紹介して」


 もうすぐ昼なので。

 アルは紹介してもらった食堂で早目のお昼を食べてから、ちゃんと門から出てダンジョンに向かった。バイクの走行モードで。

 道中、トリノには通信バングルで連絡を入れておいた。

 期間限定なら許可は出そうだ、と。


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