216 タレが染みたご飯も美味いのだ!

 昼食を食べ終わると、アルはイディオスと一緒に隠蔽をかけてからパラゴに戻った。自動販売魔道具のおかげで、出歩いている人が多いため、念のためである。

 問題のない所まで来てから隠蔽を解除した。


『すごい人だな。これもあのかき氷の魔道具目当ての人たちか』


『自動販売魔道具、自販って言ってくれ。…『ゴミ拾い隊』もちゃんと働いてるようだな』


 ゴミ箱の周知も進んだのだろう。

 さて、まずはトリノに差し入れに行こう。

 商業ギルドの近くに出たので大した距離ではなかったのだが、その間だけでもイディオスは撫でようとする大人に追いかけられた。暑くてもふわふわもこもこを触りたい、という欲求は別物らしい。

 どちらにしろ、商業ギルド周辺も中も混雑しているので、イディオスはアルが抱っこして行くことにした。


「アル様、店の前に自動販売魔道具を設置した店から、今日だけとは言わず、延長して置いて欲しい、と続々と要望が届いております。どう致しましょうか?」


「保留。午後の方が時間長いから三時頃までに決める、という予定通りで。口コミで広まってからが問題だから」


「分かりました。…そちらは?迷子の犬…とは見えませんが…」


「友達。一緒に泊まれるお薦めの宿ってない?値段問わず、周囲がうるさくない所で」


 宿情報も訊きたかったので、一番に商業ギルドにしたのだ。


「はい、いくつか。では、奥の部屋の方にどうぞ。すぐ資料を持って参りますので」


「よろしく」


 アルとイディオスは商談室へ通され、トリノは資料を取りに行った。室内は暑くなって来ているのでアルは氷魔法で適温に下げ、イディオス用の深皿に氷水を出した。


『おお、ありがたい』


「暑いよなぁ、その毛皮」


『何もしなければ、な。魔法を使う程でもなし、と迷ってる所で、アルが魔法を使ったのだ』


「それはタイミングがよかった。でも、これでもラーヤナ国フォボスの街よりパラゴの方が暑さがまだマシなんだぜ。あっちは風の通りが悪い地形のせいで汗が滴り落ちる暑さだし」


『そうなのか。我はそう暑い地域には行ったことがないな』


「砂漠は?」


『近くにはないぞ。ダンジョンである、と聞いてる程度で、行ったことはない。…ああ、行きたくはないから連れて行かんように』


「面白いのになぁ。でも、遊ぶなら雪の方がいっか。イディオスは寒い方が得意そうだよな、いかにも」


『寒い方はあまり影響を受けんしな。アルは魔法があるから結構平気か?』


「平気だったら色々マジックアイテムや魔道具を作ってねぇって。ダンジョンの寒暖差なんざ、とんでもねぇしさ」


 そんな世間話をしていると、程なくトリノが資料を持って来たので、選んですぐ紹介状を書いてもらった。


「あ、で、トリノさん、差し入れ。近くの川で穫って来たアンギーラスネークの蒲焼丼。このままだとお昼を食べそびれそうだし、感想も知りたいからここで食べたら?」


 アルは蓋付き丼と箸、木のスプーンとフォーク、冷しゃぶサラダを載せた四角いトレーを出した。

 グラスに氷を入れた冷たい麦茶も注いでトレーに置き、アルは自分の前にも置く。


「嬉しいですが、よろしいのですか?」


「もちろん。おれらはもう食べたから」


『美味いぞ』


「イディオス。聞こえてるぞ」


 念話は指向性を持たせることも出来るのだが、今は全方向だったのだ。


『今更だろ。アルの規格外さを知った後なら、我が普通の犬とは思うまい』


「ええ、まぁ……神獣様、ですよね?」


『ああ。ほら、我の聖属性は独特だから分かる人には分かるのだ』


「まぁ、自然と様付けされちまうようになるしな。それはともかく、冷めないうちにどうぞ」


「では、有り難く頂きます」


 トリノはちゃんと箸が使えるようで、冷しゃぶサラダから箸を付けた。

 肉も食いたいリクエストをイディオスが出したので、暑い日でもさっぱり食べられる冷しゃぶサラダにしたのだ。サラダも温野菜で火は通して水気を切って冷やしてある。ドレッシングはニンジン胡麻ダレ。


「…何かものすごくいいお肉じゃありませんか?」


「ものすごくって程でもねぇって」


 使った肉はオークジェネラルだ。アルにとっては少しいい肉程度の扱いになってしまう。

 それより、丼を、と促すと、トリノは少し緊張した面持ちで丼の蓋を開ける。食べたことのない物だからこその緊張だっただろうが、蓋を開けた瞬間、霧消した。

 こちらの世界の人間でも大いに食欲をそそる香りと見た目だったらしく、ゴクリとトリノの喉が鳴る。


「なんて美味しそうなんでしょう。こちらはご飯と一緒に食べた方がいいんでしょうか?」


「好きにどうぞ」


『タレが染みたご飯も美味いのだ!アルの味付けも美味いのに、何年もかけた秘伝のタレとかもあるらしいぞ』


「ああ、前にそういった話したっけ。タレを付けて焼いてはタレを付けて、とタレにうなぎの脂が混ざって、どんどん美味しくなるって話」


『そう、それだ!こればかりは魔道具でもどうにもならんのだろう?』


「いや、科学的…うなぎの脂の割合と熟成度合いを計算すれば可能になると思うけど、タレの味自体、まだまだ研究が必要だな。トリノさんはかなり気に入ったようだけど」


 一口食べた後は、トリノは感想も言わず、バクバクと食べている。

 こちらの話も聞こえてないだろう。


『これは広めない方がいいのではないか?乱獲され過ぎて自然界のバランスが崩れそうだ』


「ああ。おれもそう思って広めるつもりはねぇよ。料理以前にアンギーラスネーク自体、集団行動するし、ぬめりが斬撃を流すんで低ランク冒険者以下の被害はかなり出るだろうし、頭落としたぐらいじゃ動くからそれでもまた怪我するだろうし」


『…何?そんなに手強いのか?アルの斬撃を流す程?』


「いや、おれはサクサク斬れるけど、斬撃が通らねぇとか再生能力が高過ぎてって類、おれは別だって最近ようやく気付いたんで」


『最近ってアル…』


「ソロで行動してるから、他の冒険者のレベルがイマイチ分からなかったし~」


『それにしたっていい加減、いくら何でも気付くハズだろう。武器の性能の差とでも思ってたのか?』


「ああ、それもあって。…あ、最近、長剣使ってねぇなぁ…」


 最後に使ったのはいつだろうか。見せたことは何度かあるが、使ったのは…ウラルたち三人のダンジョンツアーの時が最後か。

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