211 『Pバリア』のモニター

「おはよう」


 翌日の朝。


 アルはダンたちが泊まっているパラゴの街の宿の食堂で、朝食を食べていた。


「…おはよう、アル。ほんっと急に来るよな」


「よぉ、おひさ~」


「おっ!ちょうどいい時に。アル、下着と靴下売って~もう他の履けない~責任取ってくれよ~」


「そうだと思って大量に作って来た。Tシャツもな」


 下着もTシャツも消耗品だし、前回は異世界人は違う感覚かも、と数を用意していなかったが、反応が良かったので。

 ダンたちは鍵を見せて朝食を頼む。


「それだけか?」


「『こおりやさん』の自動販売魔道具をここパラゴの街に設置することになった。知ってる?」


「『こおりやさん』ってラーヤナ国の王都で設置されたヤツか?」


「やっぱ、知ってんのか。そう。その自動販売魔道具、おれが作ったんだけど」


「…は?」


「おれが『こおりやさん』の店長。予想はしてなかったんだ?」


「もっと遠くにいると思ってたし~」


「考えてみれば、最初からあった魔法ってアレだしな。いつの間にか使えるようにって?」


 賢いダンはそこに気付いた。一応、伏せてくれるらしい。

 アルに最初からあった魔法は「生活魔法」と「空間魔法」だ。


「ははははは」


「その魔道具ってあっちの方のもの?」


 ボルグが一応ボカしてそう訊く。


「形はな。中身はまったく別物。魔道具としては最先端の高性能技術だろ」


「って、この短期間でそこまでの魔道具を開発したってことか?」


「あのバイクも相当だったしな…」


「バイクはより改良してるぞ。こっちに来るついでに護衛依頼受けて、バイクで引っ張る荷台も取り付けられるようにしたし。自動販売魔道具開発は暑かったから、だな」


「…そんな単純な理由かよ…こっちでもかなり噂になってるぐらいだから、あっちでは相当な騒ぎになったんじゃねーの?強盗とかも」


「そりゃもう。治安悪過ぎ。ドラゴンブレスにもビクともしねぇよう作ってあるから、壊されることも持って行かれることもなかったけどな。…あ、で、その技術の応用でポータブル…携帯結界魔道具を作ったんで、試してみてくれ。あ、ここで使うなよ」


 ペンダント型で形は球体。一番安定する形なので。珠に穴が開けてあるワケじゃなく、合金の台座で包み込むデザインだ。大きさは1cmなので邪魔にもならない。

 ポータブル結界…Pバリアはダンに渡した。

 パーティリーダーは槍使いで最年長三十二歳のグロリアなのだが、ダンはこのパーティの中で一番冷静なので。

 ちなみに、ダンたちには恥ずかしいパーティ名は付いてない。

 別に必須、というワケでもないのだ。他人が呼ぶ時には『グロリアの所のパーティ』『ボルグのいるパーティ』という感じで呼ばれる。


「名前はPバリア。手に持つか身に着けてランプの魔道具程度の魔力を注げば起動する。しまう時も同じく。大きさはペンダントを中心に2m四方の立方体。出した後の内部移動は自由。大きさは変えられねぇけど、何度も繰り返し使えて防音防臭、物理魔法防御、持続可能時間は推定三年」


「…三年?」


「もちろん、試したワケじゃなく分析した計算上な。使用条件によっては縮まるかもしれねぇんで、ちゃんと覚えとけよ。ドラゴンブレスにも耐えられるけど、耐用年数が下がるかもしれねぇんで、野営やダンジョン内宿泊で使う想定。一応」


「…ええっと、さぁ?」


「これ、バレたら国宝指定されるんじゃね?」


「ドラゴンブレスに耐えられるって、アルが言うと試したような気がして仕方ないんだが…」


「ああ、試した。おれが張る結界をそのままを収納してあるだけなんだよ。かなり保つな、とは思ってたんだけど、ちょっと調べてみたら予想以上で。便利なら断熱や隠蔽も付与してもいいかも、だけど、そこまでするとさすがに持続時間が短くなるかも」


 三年持続するのはあくまで結界だけなので。そこまではキーコにも分からないらしい。


「断熱って…あ、じゃ、砂漠とか寒い所とか全然オッケイになるってことか?」


「そうだけど、そのまま移動するようには出来てねぇ。移動出来るよう改造するなら、障害物にひっかかりまくるぞ。床にも天井にも結界があるから凸凹にも弱い。それなら乗り物に結界張って付与した方がいい。『少し涼しい服』のバージョンアップ版もあるけどな」


「あれもいいんだけど、ずっと涼しくするには魔力をずっと注いでないとだしな…」


 確かに、そこがネックである。ダンジョン内の魔力を利用すると、さすがに魔法陣一つではどうにもならず、かといって魔石を付けると着心地が悪くなる。


「マジックアイテムとかタリスマンとかでは作れないのか?」


「作れるけど、素材が手に入らねぇんだって。どれだけ暑くても平気なのは『火炎豹のヒゲ』が必要」


「…なんつーレア中のレア…」


「…火炎豹かぁ。いる所が分かっても、暑い所で活動できるマジックアイテムがいるよな…」


「確かに。まぁ、今だけでも冷たいもん飲め」


 アルは紙コップに氷を入れた冷水を注ぎ、五人に渡した。

 そこに、ダンたちの朝食が運ばれて来る。


「あら?どうして氷が入ってるの?」


 十五歳前後の若い女の店員がそう言って首を捻った。


「おれが出したから」


「氷の魔法使いなの?」


「氷だけじゃねぇけどな」


「今日も朝から暑いし、あたしも欲しいなぁ」


「へー」


「…アル」


 ボルグが笑いを堪えながらアルの肩をバシバシ叩く。


「ボルグと仲いいのね。何やってる人?」


「冒険者」


「え、ホント?いいとこの坊っちゃんかと思った」


「いいとこの坊っちゃんはここにはいねーよ」


 ボルグがツッコミを入れる。宿レベルとしては中の下ぐらいなので、ごもっともだ。


「でも、着てるもんは高いヤツだよな。シンプルデザインだけど、いかにも布も作りもいいし」


「防御力としては装備でもおかしくない感じだよな」


「さすが、キャリアが違うな。何で普段着で、と思いつつ、つい防御力を上げてしまう、と」


「そんな装備、Sランクでも垂涎すいぜんなんじゃね?」


「Aランクには売った。っつーか、アイテム交換した」


「…とっくかよ!」


「駆け出しなのに、何でそんなアイテムなんて持ってるの?」


「いや、アルはおれらと一緒のCランク冒険者」


「全然強いし、ソロで稼ぎまくってるけどな~」


「…彼女いる?」


「却下」


「あからさま過ぎだろ」


「ほら、仕事しろ、仕事」


「アルの慣れっぷりがスゲー」


「肉食系女子にはいい獲物に見えるんだろうな」


 まだいる女店員はアルが風魔法で押し、さっさと追い払った。


「ところが、意外と言い寄られたりはしてねぇ。ま、それなりの宿に泊まってることもあるんだろうけどさ。何となくでも分かるんじゃねぇの?無駄だって」


「まぁ、結構聡い女も多いよな」


「それにしても、アル、久々だともうちょっと体格がよくなってるかと思ったけど、変わってねぇなぁ」


 一応、アルは防音結界を張ってから教える。


「それさ。どうも成長しねぇらしく、爪も髪もほとんど伸びてねぇんだよ。イディオスが言ってた通りに、もう不老の域に入ってるらしく。せめて、後5cmは背が欲しかったぜ」


 ゆっくりゆっくり伸びるのかもしれないが、アルが使ってる身体は元が死体だから、というのもある気がする。


「…どこまでステータス上げてんの?」


 ボルグがこそりと小声で訊いて来る。


「この周囲に防音結界張ったから普通に話して大丈夫。…イディオスがそう言ってた時は、レベル94だった。今は158」


「……おいおいおい、100以上ってあるのかよ…」


「っていうか、そこまで上げてるとなると、ダンジョンの三つや四つは攻略してるだろ」


「そこそこ。あいつは目立たねぇとだし、神獣探ししてたからコアに情報を訊きたかったんだよ。結局、見付からなかったけど、何か情報ない?」


 神獣情報が欲しい、というのは、ダンたちにとっくに頼んであった。


「ないなぁ」


「イディオス様じゃない、親?の方はたびたび目撃されてたみたいだけど」


「イディオス様、元気?また一緒に呑みたいなぁ」


「じゃ、いい店探しといて。連れて来るのはいつでも出来るから」


「その時、アルでいいのか?」


「白い犬であって神獣じゃねぇんだから大丈夫だろ」


「その扱いで平気?」


「全然大丈夫。神獣じゃなくても寛容な性格だし、食べ物が美味しければ問題なし」


 防音結界、解除するぞ、とアルは教えてから解除した。あまりに音が聞こえないのも不自然だから、である。


「あ、で、自動販売魔道具設置に際して警備隊にあらかじめ教えとこうかと思うんだけど、どんな人たちか知ってる?」


 アルは話題転換して、そう訊いてみた。人柄を知れたら対応も変えるので。


「仕事は普通にやってるし、評判はいい方だな」


「街の人たちに恋愛事情とか心配されてるぐらいだよな。『あの人、誰々さんと付き合い始めたばかりなのに、休日でも出勤してない?』とかさ」


「噂話を聞くだけでも結構面白い」


「いいじゃねぇか。やっぱ王都の警備隊と大違いだな」


 街に入る時の対応からして、全然違っているのだ。


「そうも酷いのか」


「ああ。平和が長く続き過ぎたらしく」


 アルは近くの自動販売魔道具設置予定場所を教えた後、お先、と警備隊詰め所へ向かった。

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