205 そうだ、ラーメンを作ろう!

 アルがバイクを軽快に走らせていると、雨が降って来た。

 結界があるので濡れはしないし、探知魔法で視界の確保も万全だ。

 そういえば、あの檻、屋根がなかったな、と思ったが、別に濡れても構うまい。死者は出なかったが、それはアルが早めに介入したからに過ぎず、盗賊団と言うだけあって犯罪歴はかなりのものだった。

 指名手配もされてるとのことだったので、大半は死刑だろう。


 天気以外は別にこれといった変化はなく、二時にはイディオスの住む山の所まで来れた。

 バイクでは入れないので寄らないが、もうここまで来たらバイクの旅は終了でいいだろう。

 わざわざバイクの旅をしていたのは、目立ち過ぎたのでちゃんと速い手段で移動している姿を見せておこう、というだけだ。後は頃合を見計らってパラゴへ行くだけでいい。

 ラーヤナ国フォボスの街からエイブル国アリョーシャの街へのルートに、キエンの街は外れている。


 アルはキエンダンジョン温泉に転移した。

 作業部屋にてバイクと荷台のメンテナンスをしてから、休憩にする。アルがアイスコーヒーを淹れていたら、にゃーこがお茶菓子にチーズケーキタルトを持って来てくれた。

 ゴーレムだが、学習機能付きなのでどんどん気が利くようになっている。メンテナンスの時は邪魔しないのも。手伝って欲しい時は呼ぶので。


『マスター、バイクの旅は終了ですか?』


 そこに、キーコバタが来た。


「ああ。何か内容が濃かった」


 一応、あったことは伝えておく。事情を伝えておけば、何かあった際にキーコがすぐ動けるので。


 休憩の後は水上スキーセットを作り、ウエットスーツに着替えて、プライベートビーチにてやってみたかった騎竜に引っ張ってもらっての水上スキー。

 普通に使えそうだが、片手しか空かないのが魔物と戦う時はネックか。一旦、ハンドルを離して飛べばいいが。

 散々遊んだ後は露天風呂を堪能。暑い時期でも風呂はやはりいい。


「あっ、そうだ!ラーメン作るんだった」


 かん水とは、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムを主成分としたアルカリ塩だ。灰を作って水に入れ、その上澄み、という手もあるが、海水があるのでこちらで作ろう。

 要は『濃い海水』なのだ。

 煮詰めなくても錬成で行けるし、成分の認識があるので雑味は減らせる。


「キーコバタ、風呂上がったら『ラーメン』作るから、作り方覚えて色々配合変えてコシがある麺や弾力があっても柔らかい麺や卵黄を混ぜた玉子麺と、色々作ってみてくれ。少しずつ」


『分かりました。麺ということなら作り方はうどんやパスタと似たような感じですか?』


「ああ。かん水っていうアルカリ塩を使うだけ。食感がかなり変わるんだよ。小麦粉は強力粉と薄力粉両方で、一般的には縮れ麺。…って、うどんやパスタにはねぇか。そう難しいことじゃねぇんだけど、スープが絡み易くなる」


 アルは知ってる限りの知識を先に教えておいた。

 知識がなくて見るのと、知識があってから見るのでは見方も変わるので。

 出来立ての麺は柔らかいので、二、三日熟成させた方が美味しいが、そこは先日キーコに作ってもらった『熟成マジックバッグ』がある。中々便利だった。

 発酵食品全般がすぐに作れるのだ。この世界になかった納豆も作ったぐらいである。

 大豆と藁はあるのに、何故、過去の転生者・異世界人は作らなかったのか。嫌いな人もいるからか、受けが悪かったのか。

 アルとしても別に広めようとは思ってない。自分が楽しみたいだけなので。


『マスター。冬になったらラーメンを売るつもりですか?』


「いや、考えてねぇよ。麺類は伸びるし。…やりたいの?」


『マスターさえよければ!面倒なこともありましたが、それ以上にわたしたちが作った物で喜んで貰えるのは嬉しいですし、マスターとあれこれ考えて開発するのも運営するのも楽しいです。それに、貧しい人たちに寄付して栄養状態もよくなれば、出生率も上がって人口も増えますし、ダンジョンにチャレンジする人たちも増えます』


 そうじゃなくても、ダンジョンのおかげで生活が成り立っている街ばかりだが。


「あー…かなり婉曲にはなるけど、間違ってはいねぇな。冬は温かい物なのは確定でスープか何かの方がいいと思うけど、まぁ、考えとく。他のコアたちも意見があるだろうし」


『よろしくどうぞ。…マスターは変わり者ですね。いい意味で。クーコバタから前マスターのことを聞きましたが、最初は命令するだけだったそうです。元異世界人なのは同じなのに、マスターは色々と規格外なのはどうしてでしょう?』


「そりゃ元々が規格外だからだろ。元の世界でもゴーストやえる人限定のよく分からねぇ生き物がえてたし、害がなければ放っておき、何となくでも意思疎通が出来るなら友好的に接してたしな。こっちの魔物も盗賊も害がなければ放っとくんだけど、害ありまくりだし」


『クーコバタからの情報によると、マスターたちの元の世界は魔物みたいな生き物はいなかったんじゃないんですか?』


えない人にはな。それに、元の世界の世界各地には伝承が残っていて、こちらの魔物と名前や特徴が同じ、或いは似ている所からしても、前から行き来はあったんだと思うぞ。クーコの前マスターはそういったのを信じねぇタイプの人だったのかもしれねぇな」


『つまり、クーコの前マスターはわたしたちの存在を信じていなかったと?』


「あくまで推測だけどな。転生者なら一度死んで赤ん坊からやり直しで、その間に前世の記憶が薄れてあまり残ってなかった、とも考えられるし。意識だけ転移のおれもまだまだ記憶が曖昧な所もあるしな。『直前はどうだったのか』とか『何の職業だったのか』とか『本名は何だったのか』とか」


『マスターなら世界を動かす一人だったんじゃないかと推測します。すべての能力が明らかに大幅に高いですし』


「そんな大層なもんじゃねぇよ、多分。面倒だし」


『マスターが面倒がらなければ、世界征服も出来ますよね。今でも』


「何のメリットがあるんだよ、それ」


『人間、魔物、知的生命体のすべてが、マスターにひれ伏すのです。気持ちいいじゃないですか』


「キーコバタが、だろ、それ。おれはそんなの望んでねぇし、気持ちいいとも思わねぇ。一番つまんねぇ世界になるのは独裁政治だぞ」


『それは分かってはいるつもりです。ですが、マスターのお話で聞いたような生意気な新人冒険者や買収された受付嬢が出るとなると、最初からひれ伏して欲しいワケです、わたしとしては』


「確かにウザイけどな。そんな奴らがいるからこそ、いい奴が引き立つってもんだろ」


『『ポジティブシンキング』ってっヤツですね』


 日々異世界知識も蓄えているキーコバタである。


「『よかった探し』とも言うな。何事も良くも悪くも表裏一体。どの世界もそれが原則だ」


『そうですね。マスターにシツケられたおかげで死ぬ確率が下がる人たちも多いでしょうし』


「死んだ方がマシかもしれねぇけどな。…って、すっかり忘れてたけど、もうギルドが混む時間か」


『マスター、アレーナの街のギルドに見に行ってみませんか?隠蔽をかけて。マスターの魔法が早々に解けるとは思えませんし』


「パス。おれはラーメン作りで忙しい。キーコバタが興味あるなら送ってやるよ」


 キーコバタはアルの元には通信バングルを目印に転移出来るが、アルがいないと、行ったことのある場所にしか転移出来ない。アルが転移させるのなら、その限りじゃない。


『では、マスターに一度送ってもらって数分だけ様子を見て来ます。その後はご依頼通り、ラーメンレシピを覚えて色々作ってみ

ます』


「あ、そっか。それ頼んでたっけ。こっちはいつでもいいぞ」


 キーコがいればいいような気がするが、手元を見るにはキーコバタがいた方がいいだろう。


『いえ、ラーメンもどんなものなのか楽しみなので』


「なら、ラーメン作りを始める時に連絡するよ」


 アルはキーコバタに隠蔽をかけてからアレーナの街の冒険者ギルドに送ってやった。

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