200 説教する権利ぐらい余裕である

 食堂の片隅を借りて、アルはテレストとその弟子と向かい合った。

 一応、防音結界で囲む。


「さて、テレスト、指導者として何が問題なのか分かるか?」


「…最初に教えるべきことを教えたにも関わらず、身に着かせてなかった所、かしら」


「そんな限定的な話じゃねぇ。前も言っただろ。甘やかし過ぎで殺すつもりかって話。お前がやってるのは優しい虐待だ。指導じゃねぇ。324年も生きて来たんだから、気が長いんだろうけどさ。世間の奴らはお前のような気の長い奴なんかいねぇんだよ」


「ちょっと、君、いった…」


 文句を言いかけた弟子の口をテレストが手のひらで押さえた。

 Sランク冒険者のテレストが側にいることで、『虎の威を借る狐』状態になったのだろうが、駆け出し女の想定外にテレストが低姿勢なので『話が違う!』というのもあったのだろう。


「あんたのことを思って言ってるのが分からない程バカなのかしら?学習もしないし」


 黙ってなさい、とガムテープのようなテープを駆け出し女に貼り付けた。用意がいい所からして、いつものことのようだが……。


「そこで殴らねぇ時点でダメダメ。先に殴っとけば、それ以上は

求めねぇもんだ。

 …Sランク冒険者に対しておれが偉そうだって言いたいんだろ?そりゃそうだ。命の恩人の上、貸しまであるんだからな。そして、テレストの弟子には二回も迷惑かけられている。説教する権利ぐらい余裕であるだろ」


 テレストには口止めしてあるので、前もって駆け出し女に説明は出来なかった。


「その通りだわ。…ええっと、何て呼べばいいのかしら?」


「改めて名乗ろう。Cランク冒険者のアルだ」


「あなたがフォボスダンジョンで助けてくれた人ってことでいいのね?」


「そうだ。関わりたくなかったんだけど、ヴィクトルの方からバレるから、ローブを羽織った程度だったワケ。最初から親族だとは思ってたからな。で、テレスト、問題児を押し付けられてるワケか?」


「不本意ながらね。アタシが見捨てると野垂れ死にしそうな子ばかりだし。あの弓師の子はまだマシになった方なのよ、あれでも」


「徹底的にバッキバキに心を折ってから、シツケした方がいいんじゃねぇの?洗脳のテクニックだけど。言葉が通じねぇんなら身体に教えるのもありだぜ。どうせ、ポーションで治るんだからさ。獣のシツケと一緒だな」


「…アル殿、どうしてそんなことに詳しいの?」


「さてな。見捨てるのもありだぜ?野垂れ死ぬかもしれねぇけど、さすがに命がかかっていれば色々と考えるだろ。そこから先は自己責任」


「そう言いつつ、助けるのがアル殿よね」


「買いかぶり過ぎ。助けた数より死ぬより酷い目に遭わせた数の方が多いぞ。いい所しか見てねぇだけだな」


「……何でそんなに敵を作ってるのかしらね…」


「『こおりやさん』って知ってる?」


「もちろんよ。その時はアタシも王都にいたもの。画期的な自動販売魔道具をたくさん使って、かき氷や冷たい水を格安で売ってた所よね。護衛でも引き受けてたの?」


「『こおりやさん』の店長はおれだ。強盗がたくさん出たんだよ」


「…え、本当に?」


「どっちが?」


 アルはかき氷の自動販売魔道具を出してやる。これが一番証明になる。


「……何か、うん、納得したわ。そうよね。そう何人も規格外な人なんていないわよね…。強盗被害は少な過ぎて不思議だったのよ。アル殿が一人で防いだの?」


「いや、仲間もいるし、元々高性能な魔道具でドラゴンブレスにも耐えられるんだよ。一台で国家予算の三、四年分ぐらいはするんじゃねぇ?惜しみなくレア素材レアアイテムを使ってるからな。もちろん、採算度外視。理由は娯楽と同情。王都があまりに暑かったから『暑いとかき氷が食いたくなるよな~』ってだけ。仲間と物作りするのも、色々考えるのも楽しかったし、治安向上にもなるんでまたやるかも」


「……詮索はしちゃダメなのよね?勅命だし」


「無視されまくってる勅命だけどな。聞きたいのは時間停止にする方法か?」


 かき氷の自販はしまっておく。


「え、教えてくれるの?」


「いいけど、おれ以外に作れねぇぞ。『平均的魔力量を持つ五人なら魔力が必要量に達するまで三ヶ月ぐらいは魔力を注ぐ』とかだぜ?この魔法陣の書物は大分非効率的だったんで、他の本も参考にして改良してもこの目安なら一ヶ月はかかる。でもって、これは最後に込める魔力量であって、その前に魔法陣を描くのに属性に偏らないAランク魔石が三つはいるし、そのインクにも魔石やレア鉱物を溶かして魔力を込め一定を保ちながら途切れねぇように描く…って感じ。それに錬金術のレベルも相当上げねぇと途中で錬成に失敗すると思う」


「…到底無理ね。今市販されている時間停止のマジックバッグと作り方が根本的に違ってるようだわ」


「一般の魔道具師が作ったマジックバッグは容量が少ねぇしな。で、次に知りたいのはおれの正体か?年齢不相応の豊富な知識と強さ。変わった知識まである。たまにいるだろう?ここ数百年の間でも」


「じゃあ、やっぱり、あなたは…」


 テレストはそこで黙る。

 弟子の駆け出し女の首がカクンッと折れ、机に伏せたから、というのもあるだろう。

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