194 常在戦場が根付いている

 程なく、荷物の準備も整ったので、商人たちのマジックバッグに入らない分はアルのマジックバッグに収納し、人の準備も整ったので、皆で歩いて門へと向かう。街中では許可された馬車しか乗れないからだ。

 飛べる人が少ないので上空に対する規制はされてないが、一応は門を通るようにしている人が大半である。


 トルタハーダ商会の時に見ているからか、門番の前で荷台を繋いだバイクを出しても、さほど驚かれなかった。

 町に入ろうと入街審査の列に並んでいる人たちにはかなり驚かれたが。


 アルは荷台に乗るよう促し、シートベルトを着けさせると、ゆっくりとバイクをスタートさせた。

 揺れないことに驚かれるが、荷台は浮いているのをまた忘れているらしい。

 地図を投影して場所を確認してから、徐々に速度を上げる。


「ダメだと思ったら遠慮なく言ってくれ」


 アルの言葉は、商人一行の誰もが興奮して聞いてなさそうだ。試乗もさせたのに、それとこれとは別らしい。

 まぁ、しばらく走ると、景色の変わらなさに飽きて来ることだろう。


 音楽でも流すか。

 防音でもある結界なので問題ないし、小さい三角枕のような布製のプレーヤーを買って一通り聴いて以来、結局、あまり使ってない。

 プレーヤーを固定する金具を適当に錬成して邪魔にならなさそうなタンク(お飾り)に取り付け、エイブル国アリョーシャで流行っていた曲を流す。

 一つの結界でくくっているのでもちろん、バイクの後ろの荷台にも曲が流れる。


「え、音楽も聴けるんですか?」


 一番前に座っているランドが驚いてそう訊く。


「今取り付けた。クリスタルがあるなら流すぞ」


 クリスタルが記憶メディアだ。


「…あ、はい。魔物って大丈夫ですかね?」


「大丈夫。風の抵抗がなく、適度に涼しいだろ?それは物理結界に断熱と冷風を付与してあるんだけど、更に防音も付与してあるんで」


「思った以上に貴重な魔道具に乗ってるんですね…」


「貴重なのはこっちのバイクであって、そっちの荷台じゃねぇけどな。こっちのバイクがなければ、そっちは単なる椅子付きの箱だし」


 魔力供給が絶たれるので。


「え、そうなんですか?魔法陣描いてましたよね?」


「呼応させるだけの魔法陣だから、魔力がなければ浮かねぇんだよ。でもって、飛行魔法が使える魔法使いが少ねぇように、半端なく魔力を食うんでおれ以外は動かせねぇ」


 アルがバイクから離れる時にはすぐしまうが、魔力貯蔵タンクの魔力で動かせてしまうので、念のため、所有者限定にしてある。


「それでは、頻繁に休憩入れた方がいいのでは……というか、報酬の見直しをしましょうか?」


「どっちもいらねぇ。エイブル国へ行くついでだし、魔力はたっぷりあるから。バイクも貴重だけど、より貴重なのはおれ、というワケだな。おれが作ったバイクで、日々改良してるし、自動販売魔道具を作ったのもおれだし」


「……そうでした。分野が違うので少し頭から抜けてました。これはかなりの速さで進んでますが、馬車よりは速い程度の速度なら一般人でも扱えるような魔道具が作れませんか?」


「無理。一般の乏しい魔力じゃ動かせねぇから、魔石やオーブで補うとすると費用がかかり過ぎる。もっと分かり易く言うと、走ってる間はずーっとファイヤーボールを撃ち続けてるのと同じなんだよ。どれだけ魔力がいるか分かるだろ?」


「…それは…そうですね。もう少し省魔力化は出来ないものでしょうか」


「省魔力化してあっても一般人じゃ動かせねぇな。その辺りは経験豊富な錬金術師や魔道具師が色々研究してるんじゃねぇの」


 それで思い浮かぶのは、ラーヤナ国王都のフォボスダンジョン内で見たバナナボート型乗用魔道具だ。

 あれも一般人が動かせる程、省魔力である。曲がるのも操作するのも乗車する人たちの『足』だが、単機能にしたことで実用化にこぎ着けたのだろう。

 当然ながら、ダンジョン以外では危な過ぎて使えない。


「アルさん程、凄腕の錬金術師は滅多にいないと思います」


「貴族が抱え込んでるだけじゃね?おれにもアホ領主から呼び出しがかかって、騎士たちが迎えに来てほぼ連行されたことあるし。領主の館に到着したら、睡眠薬入り紅茶を出されて荷物を奪われ【魔法封じの枷】とかいうのを付けられて縛られた、という歓待振りでさ」


「それは酷いですね!ここにいらっしゃるということは無事解放されたのは分かりますが、しかるべき所に訴えた方がいいのでは?」


「平気。とっくに失脚させてあるんで。で、慰謝料替わりにぶん取った書物が、そろそろアリョーシャの冒険者ギルドに届いてるから取りに行くってワケ」


 アルがアリョーシャへ行く用事はこれだった。

 代理人とか言って別人に化けて取りに行く、ということをしないのは、急いでないのと『ランプ亭』の女将さんたちや錬金術師のセラにも会いたいからで。


「書物、ですか?ロクに読んでなさそう領主ですが」


「元領主な。見栄張って飾りで置いてるんじゃないかと思ったら、その通りだった。自慢出来るような本なら、それなりに読み応えがあるだろうし」


「書物なら当方でも扱っておりますよ。どういったものが好みです?」


「召喚術、使い魔、神獣関係、魔法の衣食住に関する利用方法、色んな研究関係もあったら」


「…すみません。そういった分野は難解なので中々需要がなく」


「だろうな。旅行記とか討伐日誌とかはない?」


「ないですねぇ。文字を書けても文章を書く人は多くありませんし、特に冒険者の方々は中々文章を書かないですしね。面白いお話を色々知ってはいるのに。アルさんが書かれては?」


「そういった自叙伝は引退してから、だろ。おれ、まだ十六歳なんだけど」


 アルトの身体は。


「え、長命種族ではないのですか?」


「いや、人間。十六歳。色々規格外なんでよく誤解されるけど」


「そうでしょうね」


「長命種族って何かとのんびりしてるから、こうも色々やらねぇよ」


「確かにそう言われるとそうですね。…ところで、動いていてアルさんは前を向いているのに、こうもはっきり声が届くのは何故ですか?」


「元々この結界内は風魔法で風が循環してるから。…そろそろ飛ぶから心構えしとけよ」


 そろそろ森が見えて来たので、予告してからアルはバイクを飛行モードにした。飛行機のように助走は特にいらない。

 そして、更にスピードを上げる。

 バイクの車輪は荒れた路面を走るため、あまり速いと後ろの荷台も影響があるからスピードを抑えていたのだ。空ならまったく問題ない。


 20m上空でスピード感が失せるからか、荷台の乗客も悲鳴を上げることなく、空の旅を楽しんでいた。

 10mが一番恐怖を感じる高さだ、と聞くので、それ以上の高さなのもよかったのだろう。


 魔力貯蓄タンクの魔力はまだたっぷりあるし、何らかの非常事態でアルの魔力をたくさん使うことになっても、魔力をチャージしたオーブをたくさん用意してある。

 どこかで魔力を吸い取る系の魔物が出ることがあるかも、と備えはバッチリにしているのだ。


 投擲やナイフ投擲を練習したのは、魔力が使えなくなった時の備えでもあった。

 平和な日本で育ったのに、常在戦場が根付いている男も珍しい、と我ながら思う。


 このまま一気に森を抜け、休憩場所として予定していた丘の上まで飛び、スムーズに着陸した。

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