133 斬り捨てなかっただけ理性的

「命を救ってくれたお礼も受け取って欲しいわ。何がいい?さっきも言った通り、結構、何でもあるんだけれど」


「オーブは?」


「オーブって魔力を溜めたり魔法を封じたりするだけのあのオーブ?」


「そうだ。錬金術師にはもっと違う利用方法がある」


 特級オーブならエリクサーも作れる、というのは言わない。

 魔力が大量に必要になるので、普通の人には作れないのだ。

 普通のオーブでも使い途は幅広い。


「10個でいいかしら?」


 そうも持ってるのか。乗用魔道具に使うために集めたのか、元から持ってるのか。


「見せてくれ」


 見せてもらった所、空の普通のオーブばかりで、ボルグにもらった特級オーブとはやはり違う物だった。


「魔力を溜めて魔道具に使っていたんじゃないのか?」


「そうだけど、まだあるから大丈夫。でも、割と簡単に手に入るオーブでいいの?」


 潜るダンジョンによってもオーブ遭遇率ドロップ率が違うのだろう。


「問題ない」


 コアたちに言えば用意してくれるだろうが、自分でゲットするのとはまた違うのだ!…多分。

 オーブを10個もらい、【チェンジ】で収納にしまう。


「これで、テレストたちの目的は達成しただろ。この後はどうするんだ?魔力もほとんどない状態で重体の人もいて。エスケープボールも持ってなさそうだけど」


 あったらとうに使ってるだろう。


「…何とか戻るしかない、わね」


「外まで送って欲しいとは言わねぇワケだな。おれは【影転移】が使えるんだが」


 助けた時にも【影転移】で移動させたが、乱戦になっていたので、魔法使いのテレストでもよく分かっていなかったのだろう。


「で…出来る、の?全員を?あなた、今まで相当魔力使ってるし、距離もかなりあるのに…」


「出来なければ言わねぇよ」


 影魔法だけなら短距離を繰り返すことになるが、影に入ってから空間魔法の転移を使えば、長距離を一気に、かつ空間魔法だとバレずに移動出来るのだ。

 何やら人助けばかりしてるので、出来ないかとやってみたら普通に出来たワケで。

 まぁ、影転移を使える人間も少ないのだが、魔物が使えるのだからそう不思議でもないだろう。


「お願いします。対価は何でも払うけど、もうあなたが望むものは持ってないかも」


 アルにも思い付かないが、タダ働きはよくない。


「じゃ、貸しにしとく。Sランクならいつもギルドに居場所を知らせているんだろう?なら、いずれ取り立てに行く。それから、このこともおれのことも誰にも話すな。探すな。詮索するな」


「分かったわ。約束する。他のメンバーにも守らせるわ」


「では、準備しろ。周囲の魔物は殲滅せんめつしとく」


 透明の結界は丸見えなので、外側に集まって来てしまったのだ。

 不透明にした所で、怪しい物に寄って来るのは変わらなかっただろうが。

 アルは結界をすり抜けて、無造作に斬り捨てて行った。

 探知魔法にひっかからない気配遮断も使えた小鳥の方が厄介かもしれない。


 鬱陶しいローブを脱がないのは、「一応、隠してますよ」アピールだ。

 本当に隠したいのなら【変幻自在の指輪】や【変幻自在魔法】で違う姿に化けるだけだが、やらないのは、遅かれ早かれアルだとバレるからだ。

 ここのギルドにレア素材を売った後で、バイクも門番に見せているのだから。


 それにSランク冒険者が探すことで変に目立ってしまうのもイヤなので。

 …手遅れかもしれないが。


 アルが結界内に戻ると、全員準備を終えていたが、弓師の女もシレッと混ざっていた。

 アルが船内を見学している時に、目を覚ましていたのだが、何も言わず、アルの視線から隠れるようにしていた。仲間が謝罪を促していても。


「まさか、こいつも送れとは言わねぇよな?ずうずうしい」


 有耶無耶うやむやになるのを狙っていた態度も頂けない。

 弓師だけ風魔法で離れさせ、他の五人を連れてさっさと転移した。

 影転移から空間転移で1階の外に続く階段側に。


「…本当に1階だ…」


「…っ!まさか、あの子を本当に置いて来たのっ?何だかんだと手助けしてくれるから、許してくれると思ってたのに…」


「あの態度はないだろ。謝ってもいないし」


「置いて行かれてもしょうがないって。助けてくれたのに、あの言い草だし態度だし」


「斬り捨てて来なかっただけ理性的だと思うぜ、おれも」


「仲間もこう言ってるぞ」


「だからって、まだ若い女の子なのよっ!道具もアイテムも食料もロクに持ってないし!」


 女弓師は二十五歳前後だが、十五歳で成人して早婚も多いこの世界ではそう若くない。

 同年代は親になっている人も多いだろう。まだ若い、と言ってる辺り、テレストにも分かっているハズだ。


「…と甘やかしたワケだな。いくらパーティでもバラバラになった時のために、最低限の備えは持ってるものなのに。…ほら、早く階段に行かねぇと魔物が来るぞ」


 ハルバート使いと槍使いは二人で協力してまだ意識が戻ってない剣士の男をハルバート使いの背中に乗せ、メイス使いの女も一緒に警戒しながら階段に向かっていた。

 ここはまだダンジョンだと一瞬でも忘れていたのは、テレストだけだ。

 異世界人で意識がこちらに来て二ヶ月程度のアルでも、そのぐらいはしっかりと分かっているのに。


「何を…何を対価に出せばいい?あの子を救ってくれるのなら何でもやるからっ!」


「じゃ、あの弓師は見捨てろ。『天狗の鼻折ダンジョン』なんだから、折れるまで放っとけ。その前に死ぬことはない」


「…死ななない、の?どうして…あっ、結界は張ったままなのね?そうでしょ?」


「いや、解除して来た。他に方法があるだけだ」


 キーコバタに頼んだだけ、だ。

 実は4階への階段を見付けてとうに戻って来ていたので、念話で『隠れたまま、死なないように守っといて。死なないような怪我なら放置』と。

 仲間たちの態度からアルに対して失礼なことをした、というのは分かってるだろうから、結構放置することだろう。

 結界があるといずれは迎えに来るかも、という希望を残してしまう。


「死なないだけで、ダンジョン内をずっとさまよう、の?」


「あいつの態度次第だな。おれも暇じゃねぇから、ずっと生かさず殺さず、じゃない。性根を叩き直すってのもねぇな。テレスト、あいつが地上に戻っても約束通り見捨てろよ。お前が甘やかしたままじゃ、また調子に乗って今度は死ぬだけだ」


 弓師の女だけ離れた所に転移させておしまい、とすればいいのに、そうはせず、キーコバタに頼んだ辺り、アルも甘い。

 まぁ、今度転移させる時は王都から離れた場所に置いて来るつもりだが。ダンジョンの転移罠が発動したと思わせればいい。


「…分かったわ」


「じゃな」


 アルは影転移で影に入り、そこからキーコバタが目印を付けてくれた4階階段前に転移した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る