128 地味に目立っていた、らしい
「よう、昨日は大変だったみたいだな」
「もう、どうなることかと思ったって!」
「おれなんか泳げないから、もっとどうしようかと」
「いや、泳げても沈むだろ。装備付きなら。かといって外すのも小さい魔物もうようよいるんだから自殺行為だし」
「それは確かに」
「Sランク冒険者ってマジですげぇのなっ!5mはあるマーダーシャークすら、ざくっと一刀両断だったし」
「どうやって海の中から引きずり出したか、分からんけどな」
「魔法だろ」
「なら、魔法で仕留めればよかったんじゃ?…って、あれだけのでかさだと大したダメージが通らないのかも?」
「いやいや、その大物を引きずり出せるんだから、攻撃力も十分あるだろうよ。…あ、あり過ぎるのかも?素材残らなくなるぐらい」
そ、それはありそう……。
「ありそう。それにしても、あのサイズが変わる竜は一体何なんだ?魔道具って言うより生き物っぽいけど」
「あーあれが、ダンジョンボス討伐ドロップらしいぜ。ギルド職員に聞いたことあるけど」
「あんなすっげーのがドロップするんだ?」
しない。
「だったら、深いダンジョンだろうな」
「高い、だ。あのSランクが攻略したのキエンだぞ。塔型ダンジョンで50階のフロアボス、ノーライフキングだから、攻略なんか無理無理だって言われてた所」
「…どうやって攻略したんだ…」
「破格の実力がなければ、Sランクにはなれんってことだな。ちなみに、キエンのダンジョンボスはヒュドラ。再生能力が高過ぎるし首が増えるとかも聞くもっともっと無理無理なボス」
「ヒュドラか……」
「シヴァ様、ヒュドラ三十秒で倒したってよ。ダンジョンの発表ボードに表示されてたって噂」
「三十秒は嘘だろ。噂で話がでかくなってるだけで」
「何故、様付け…」
「見たら付けたくなるぞ。スゲェ美人」
「…男じゃなかったっけ?」
「でも、美人って言いたくなるぐらい、顔立ちが綺麗なんだって。身長はあるんだけど、ゴツくはなく、昔は絶対女の子と間違えられてたって感じ」
「美形って言うのよ、美形って。シヴァ様、近くで見たかったわぁ」
「ピンチの時に颯爽と駆け付けて来た竜に乗った美形。格好良すぎたよねぇ」
「そう、それ。何でピンチだって分かったんだ?港で聞いたワケじゃないみたいだぞ。あんな派手な人がいたら一発で分かるし」
「ああ、それ、ダンジョン島の往復に飛行する魔道具使ってる冒険者がいて、港にいた人に事情聞いたら『島にSランク冒険者がいた』って呼びに行ったんだってさ」
「シヴァ様、ダンジョン島に来てたのか」
「って、ちょっと待って。飛行する魔道具って無茶苦茶高価なヤツじゃないの?そんな高ランク冒険者が来てるって聞いてないけど」
「あーそれ、多分【人魚の羽衣】依頼達成した奴だろ。自然体に見えても身ごなしに隙がなく、装備も地味に見えて実はすごいから見る目ある奴の間では目立ってた。ランクは面倒で上げないだけみたいだけど」
「へぇ。どんな人?」
「茶髪の細い少年。顔は爽やかでモテるタイプ」
爽やか、らしい。
「そんな少年が高額魔道具持ちって怪しくない?」
怪しいよな、やっぱり。
「運良くダンジョンで手に入れたんじゃねーの。難易度が高い【人魚の羽衣】だって手に入れてるんだし。ドロップ運がいい奴はとことんいいもんだ」
「レアドロップ売って高額魔道具を手に入れたか、作らせたってこともあるんじゃないかな」
「それはないな。有能な錬金術師も魔道具師もほとんど貴族に囲われてるし」
誰も『怪しい少年』が作った、とは思わないらしい。
気配遮断してさり気なく話を聞いていた、というワケではなく、彼・彼女らの声が大きいので、買取カウンターの列に並んでいる『怪しい少年』にも余裕で聞こえていたワケで。
準備不足と実力不足で瀕死になってたパーティの噂は出ないので、あの斥候ハダルはちゃんと黙ってて、仲間も黙らせているようだ。
昨日の夕方の件で買取を頼めなかった人たちが結構いるらしく、列は中々進まない。
「おーい、連絡。ダンジョン島との往復船、もう一つも壊れたってさ!点検してたら部品が壊れたって」
そこにギルドに入って来たばかりの男がそう教えた。
「えーっ?」
「大きい船がもう全然ないってこと?」
「ダンジョンの依頼、考えた方がいいな、これは」
「だな。漁師に頼むにしても割高、依頼より高かったら受ける意味ねぇし」
定期往復船の数はなかったらしい。
すると、今日のダンジョン島は居続けパーティ以外は少ない、と。
そう急ぎの依頼もないだろうし、宿の前払いは今日までなので、アルはまったり宿ライフを楽しみつつ、作り置き、物作り、研究するのもありか。
イディオスの住処の森に転移魔法陣、転移トラップを設置、という計画はダンジョンコア四つが力を合わせていることでかなり順調に進んでおり、今は念入りに森の調査をし、設置場所選びをしている所だった。
場所についてはイディオスも積極的に協力している。
それはともかく。
さて、マーダーシャークの身で何を作ろう?
焼き魚、煮魚もいいが、唐揚げ、天ぷら、竜田揚げもいいし、すり身にしてつみれやかまぼこやはんぺんもいい。
そういえば、かまぼこやはんぺんもまだ作ってなかったし、豆腐を使ったがんもどき、飛竜頭もまだだ。
ひじきはたっぷりあるものの、豆腐の在庫が心もとないが、こちらの市場にはなかった気が。
…自分で作るか、買いに行くか。にがりは海水から作れるし。
……って。
『キーコ、豆腐作れる?』
買いに行かずとも便利なコアがいた。
アルが念話で訊いてみると、
【可能です。どんな豆腐にしますか?一般的な大豆を使った絹ごし豆腐木綿豆腐といったものだけじゃなく、違う豆を使った豆腐、枝豆豆腐、玉子豆腐、ごま豆腐、にがりを使わない豆腐も作製可能です】
『マジか。何でそう豊富なレシピ持ってんの?過去の異世界人に豆腐屋でもいた?』
【豆腐限定ではなく、料理人だったそうです】
『納得。おれも簡単な豆腐なら作れるし。じゃ、一般的な豆腐は多目で、後は味見程度に少しで用意しといて。後で取りに行くから』
【かしこまりました。ですが、マスター。わざわざいらっしゃらなくても、マジックバッグに入れて転移させれば、マスターの側ならお届けも可能です】
……!!気付かなかった。
『…そういや、キーコバタが転移使えるんだから、その程度は可能か。今はマズイから宿に帰ってからまた連絡するんで』
【お待ちしております】
これはかなり楽しみだ。豆腐三昧。
飛竜頭もキーコに任せれば、などと思っては行けない。色んな具を入れるのも楽しみたいのだから。
フカヒレも作りたいが、茹でて皮剥いて干す?骨はどこで取れば…という曖昧な知識だけでアルは作ったことがないので鑑定様頼りになる。フカヒレは味は特になく、スープと食感を楽しむものだ。
マーダーシャークはでかかったせいで、身もヒレも大きい。
鍋は錬成すればいいが、作業台が狭いかも。まず大きい作業台を作るか。
脳内で料理の算段をしていると、やっとアルの順番になった。
数が多いので倉庫に案内されて、そこで売るドロップ品を出した。24階虫フロアまでだ。
現在、公表されている到達階は26階だし、他の冒険者も虫系のドロップを出していたので、大丈夫だろう。
…と思ったが、他の冒険者はパーティだった。
ソロのアルは悪目立ちしてしまった!
「たまたまだって、たまたま。ははは。運がよかったなぁ」
「まぐれでここまでの量のドロップは持って来れんぞ…ギルドカードは…はぁ?まだCランクなのか?」
「まだとか言うし。Cランクに昇格してまだ二ヶ月弱だって」
「ギルマスに推薦しとこう」
「いや、やめてくれって。明日には違う街行くし~」
アルはさっさとギルドカードを返してもらい、元通りに首にかける。
「たまにいるんだよな。Cランクぐらいが気楽でいいってランクアップしない奴が」
「そう、正にそう。金にも困ってねぇし」
「いい装備だな?」
「だろ?」
「飛行の魔道具持ってる奴ってお前か」
どんな魔道具でもメンテナンスは必要で、精密になる程、金がかかるのだから、飛行の魔道具は金持ちじゃないと維持出来ない…という所から導き出したらしい。
正解だ。
「他の所では見かけたんだけど、この辺だと珍しいみたいだな」
この『見かけた』は店頭で見た、である。
客寄せの目玉にしてあるだけ、な感じだった。
そんな話をしながらも買取金額書類をテキパキと書いてくれたので、アルはその書類を持って受付に行き、支払ってもらった。
買取カウンターが混んでいて時間がかかったため、受付の方はもう空いていた。
アルが宿に帰ってキーコに連絡すると、すぐにマジックバッグに入った豆腐各種が転送されて来た。
念のため、宿の部屋には防音・防臭、物理結界を張る。
さて、始めるか。
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