124 欲をかくと瀕死になる

 たまにイレギュラーボスが出るとの情報は【冒険の書】に載っていたが、ランダムなのでどこのフロアに出るか、何の魔物かは分からなかった。

 逃げられないようアルは魔物の側に転移する。


 キングサイクロプスだった!

 ランクで言えば、確実にSランク。

 下位種は雷系魔法を連発するが、上位種のキングは雷だけじゃなく、火、風、土属性も使い、大剣を持っており、物理攻撃までする。

 5mもある割には動きが素早いが、剣技としてはお粗末だ。


 しかし、このパーティには荷勝ち過ぎだったらしく、もう三人は瀕死、後の二人…斥候と魔法使いは三人を庇いながら、絶望的な戦いをしていた。

 20階ボスフロアでアルに声をかけて来たパーティである。


「だから、忠告したのに」


 初遭遇のキングサイクロプスが、どんな魔法を使って来るか、楽しんでる場合じゃないので、アルはサクッと細切れにした。

 そして、瀕死の三人にエリアヒールをかけてまず止血。

 どんな状態なのか分からないことには、回復魔法の効果が落ちるし、トリアージして優先順位を決める必要もある。

 リーダーの槍男は手足と肋骨の骨折、内蔵が潰れているようだ。はね飛ばされたのだろう。

 剣士の女は右腕が斬られて肩からない。腕はどこだ?周囲に見当たらない。

 剣士の男は踏まれて蹴られたらしく両足が潰れ、どう見ても肋骨が折れ内蔵も潰れており、まだ息があるのが奇跡のような状態だった。


「おい、手伝え。女の腕はどこだ?」 


 大して深くなかったが、魔法使いの男も怪我していたので、アルはヒールをかけ、そう訊く。


「あ、はい!確か、こっちに飛んで…あ、ありました!」


「あんたは、これをこっちに何とか飲ませろ。そうじゃねぇと死ぬぞ」


 役割柄か擦り傷程度の斥候に、小瓶を持たせ、剣士の男に飲ませるのを頼み、アルは女の腕を受け取り、切断面の両方にクリーン&浄化をかけ、向きと位置を合わせてから回復魔法で繋ぐ。

 骨、血管、神経、筋肉がちゃんと繋がるように。

 足りない所は急速再生するように。

 ここまでの怪我は治療したことはないのだが、やれる気がして、現に治せた。


 備えとお試しでたまにポーション類を作っていたので、レベルが上がったのかもしれない。

 上級ポーションでも腕を付けることは出来ただろうが、そこまで劇的な速度では治らず、失われている部分の全部は再生しないので機能障害が残る人もいるのだ。

 アルの判断は正しかっただろう。

 ただし、剣士の女はかなり出血していて意識がなく、血は急には増やせないのでかなりギリギリだ。

 運が悪ければ、意識が戻らないかもしれない。


 エリクサーを使わなかったのは、腕を生やすことは出来て日常生活には不便がなくても、剣士としての腕に鍛えるには相当の時間がかかるし、場合によっては廃業するしかなくなるからだ。


 続いて槍使いのリーダーには、アルが手足を整復してヒールをかけてから中級ポーションを飲ませた。


 足も内蔵も潰されていた剣士の男はエリクサーで内蔵は治ったようだが、足は潰れていたため、膝・足首の関節が変な風に固まってしてしまっている。これでは歩けないだろう。

 エリクサーが自ら判断して治すワケじゃないので、こういったことが起こってしまうのだ!


 あーはいはい、まったく、と意識がないのをいいことに、アルはもう一度骨を砕いて、正常になるよう整復してからヒールをかけた。

 妙にイキがっていた男だが、「再起不能でざまぁみろ」と思う程の恨みはない。

 うん、多分、これで大丈夫だろう。


 その後、アルは自分にクリーン&浄化をかける。


「こ、ここまでの酷い怪我が…治って行く…」


「……これって…まさか…」


「エリクサー。貴重なアイテムと交換して手に入れた取って置きを、こんな所で使うとはな。もう一本は宝箱から、だけど。…ほら、呆然としてんな。まだここはダンジョン内だぞ」


 結界は張ってあるが、気が緩み過ぎだった。

 斥候と魔法使いはものの役に立たないので、血の臭いを嗅ぎ付けて集まって来た魔物をアルが殲滅する。

 防臭結界なのだが、血が流れ過ぎた後だったので、今更だったのだ。


「仕方ない。上に戻るか。おれを中心に集まれ」


 重傷だった三人はまだヘタに動かせないので、アルが風魔法で集め、斥候と魔法使いも来た所で影転移。

 20階の転移魔法陣がある小部屋だ。

 転移魔法陣を発動させて1階に。1階から外に。外から港まで。

 影転移のレベルも結構上がってるので、島から港まで一回で何とか行けた。


「ここまで連れて来れば、後は自分たちで何とか出来るだろ。おれはアル。Cランク冒険者だ」


「仲間を助けてくれて有難う。おれはハダル、斥候だ。こっちの魔法使いはクレイン。リーダーはガラド、女剣士はメイサ、男剣士はスルト。エリクサーの代金と治療代、安全な所までの護衛・送迎代、どのぐらい払えばいい?一生かけても無理かもしれないけど、出来る限りのことはする」


 代表して斥候のハダルがそう申し出る。

 魔法使いのスルトは呆然としたままだし、他三人の元重症人は意識が朦朧としているか、意識なしだ。


「では、金銭はいらない。おれに助けられたことは黙ってろ。おれのことは詮索すんな。おれの話もするな。仲間内だけでもダメだ。おれにも話しかけるな。一生恩に感じて謙虚に過ごせ。誰かが困ってたら、出来る限り助けろ。変な噂になった時点でダンジョンに戻す。おれの力は見たな?簡単なことだろう?おれに関してはすべて黙れ、だ」


 三つのダンジョンを攻略していて、レアドロップ率が上がる称号まであるアルですら、エリクサーは一本もドロップしてないのだ。

 ハダルたちには絶対と言っていい程、無理だろう。


 エリクサーは大金持ちの貴族でも王族でも、金銭では手に入らない。ただでさえ数が少ない上、使用するケースもまた多いので、在庫が増えないのだ。

 大半はダンジョンドロップで、作れる錬金術師は滅多にいないらしい。その滅多にいない錬金術師がアルなのだが、それはさすがに隠したい。


「わ、分かった」


「こいつら三人はどうせよく覚えてねぇ。話した所で信じねぇだろうしな。すべてなかったこと、夢だった、何故か助かった、ということにしとけ。これ以上、手間かけさせんなよ」


「分かった」


 斥候は必死に首を縦に振る。

 アルは再び影転移でダンジョン島に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る