105 うーわ、ないわ…
イディオスと別れると、アルはキエンのダンジョン前の物陰に転移した。予想通り、騒ぎになっていた。
「『シヴァ』って昨日の超美人さんだろ?」
「男だって」
「黒髪黒目で黒ずくめの綺麗な人だろ。独特な雰囲気があって」
「何でもいいけど、あの後、ダンジョン潜って攻略しちまったってこと?」
「あの豪華装備、伊達じゃなかったってことか…」
「ってことらしいけど、三十秒って何?ヒュドラだぞ?」
「ダンジョンがこうやって発表するぐらいだから、相当驚いたってことだろうな…」
「こんな発表自体、初めて見たんだけど…」
「絵姿まであるし…マジで美人さんだな…」
「大きいダンジョンだとこういったこともたまにあるんだとさ。ダンジョンの外壁なんて、人間じゃ傷付けてもすぐ戻るのに、このままってことは人間がやったんじゃなく、ダンジョンの意志ってワケだ」
「一日で60階まで行くのだって、相当スゲー」
「風のように走って行った奴がいた、ってのは聞いたけど、そいつなんだろうな。攻略したの」
「え、顔見たって?」
「見えない程速かったって」
「ああ、首狩りの話?」
「何?もうあだ名付いてんの?」
「あだ名っつーか、まんま。走り抜けて首を狩って行ったんだって。全然止まらず」
「じゃ、ドロップ置き去りだったってこと?」
「いや、何故かなかったらしい。魔法か使い魔を使うのかもな」
「使い魔ってそうも便利かぁ?魔力食うばっかだってボヤきはよく聞くぞ」
「精霊とか?」
「そっちも同じだって」
「そういえば、ギルマス、いいザマだったよなぁ」
「何かあった?」
「時計台の屋根にひっかけられたんだよ。この美人の不興買って」
「え、それ知らない。経緯は?」
「冒険者登録したばかりの美人さんなんだけど、どう見てもガチ強者なんでランクアップ試験を受付嬢に勧められて受けることになった。でも、あのギルマスがフザケたこと言い出して、模擬戦やめて『Aランクでいいと思う人、手を挙げて』ってやっちまって」
「…うーわ、ないわ……」
「フザケ過ぎ」
「ないだろ。斬らなかっただけ、すげーと思うぜ」
「そこまで詳しいのは何で?その場にいた?」
「いや、まぁ…」
「あんたも手挙げたのかよ。おれはその後、ギルマスひっ掴んで消えたって聞いたけど、見てた?」
「ありゃ魔法だな。闇か影の」
「空間転移は?伝説の」
「伝説だからないだろ。…いや、でも、ないだろ、ということをやってるよな、この美人。三十秒って何?」
「一体、何者なんだろうな?金かかった装備で冒険者登録ってのも、かなり奇妙だけど」
「そこは貴族の次男三男とか…って、あんな美人がいたら、とっくにスゲー噂になってそうなんだけど」
「じゃ、他国の?」
「スパイ?」
「ああも派手なのは向いてないって」
「で、ギルマスどうしたって?」
「仕事してるだろ」
「ダメージなし?」
「って感じに振る舞ってるけど、内心は怯えてるっぽい」
「何で?あのギルマスって元Aランクだろ」
「その元Aランクが何の抵抗も出来ずにあっさり眠らされて、時計塔の上だぜ?怒らせた自覚もあるだろうし、そりゃ怖いだろうぜ」
「じわじわと嬲るような悪趣味さはないんじゃね?あっちも暇じゃねぇだろうし」
「当事者じゃないから、気楽に言えるだけだな、それってば」
「確かに」
あははははは、と笑った後で、ダンジョンに潜りに行った連中だった。
さり気なく混ざって会話を聞いていたアルは、ギルマスの件が思ったより騒ぎになってなかったことが不満である。
ま、これだけ噂になってるのだから、シヴァが現れなければ、ギルドマスターの対応も問題になるだろう。
さて、とアルは再び物陰に行ってからディメンションハウスに入った。
そして、作業台を出し、ポーション作成道具を並べ、昨日採取したシャルトリューズを出し、煮詰めて蒸留し、エキスを取り出し、他の薬草も混ぜて、特級オーブを触媒に使い…錬成。
エリクサーの出来上がりだ!
五本出来たが、もう五本作っておこう。
手順が多いのでいきなり必要になっても、間に合わないかもしれないので。
シャルトリューズはキエンダンジョン産だし、ダンジョンコアがエリクサーも作り出せたのでは?…と気付いたのは、作成が終わってからだった。
自分で作ることに意義がある!…とアルは思いたい。
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