SIVA

098 せっかく設定を煮詰めたのに

 つい先程までの賑やかさが嘘のように静まり返った。

 その中をアル…いや、シヴァは進む。


(おいおい、注目し過ぎじゃね?石化の効果でもあるのか、この顔は)


 内心、そう思いつつ、無表情を保ち、受付の列に並ぼうとすると、前の人たちが次々と譲ってくれ、ほとんど足を止めずに一番前まで来てしまった。

 姿を偽ってるので、こんな反応をされたら普通はヒヤリとするのもだろうが、あいにくとシヴァは普通からかけ離れた所にいる。周囲の反応を不審に思うだけだ。


「お……おはようございます。ぼ、ぼ、冒険者ギルドへようこそ。わたくし、受付を担当しておりますランと申します。以後、よろしくお願いします。ランです。本日のご用件はいかがされたのでしょうか?」


 言葉がおかしい。まぁいい。


「冒険者登録に来た。手続きをしてくれ」


 【ボイスチェンジャー】の本番初仕事だ。…と言っても、何らかの魔道具を作ったワケじゃない。

 声色を変えるのなら風魔法では?とアルが練習していた所、ボイスチェンジャーのようなことが出来るようになり、ステータスボードを見た所、独立したオリジナル魔法が出来ていたのである!

 イメージりょくバンザイ!だ。


 なので、【ボイスチェンジャー】使用後の声も元の世界の自分の声になっている。録音して聞いたので間違いなく。

 姿に一番合った声だろう。


「…手続きですか?冒険者登録の手続き」


「そう。登録書類を書くんだろう?」


「……あ、はい、そうです。これ、これですね。全部埋める必要はないので、公表してもいいものだけお書き下さい。ペンはそちらに」


 やっと冒険者登録用紙をくれた。

 一斉に注目が集まるのも、熱にうかされたような態度の受付嬢、元の世界ではよくある反応だった。異世界でも同じとは。

 『元の姿では影響が大き過ぎるから意識だけ転移』という説の信憑性が高まって来たような気がする。

 登録項目は大して欄がない。


――――――――――――

名前:シヴァ

年齢:

出身地:

スキル:剣術

魔法:生活魔法

特技:剣

――――――――――――


 これだけ書いて受付嬢に渡した。

 鞘も剣の鍔も宝石が埋め込んである繊細なデザイン…という派手な大剣を背負っているので、物理特化設定にしたワケだ。


 ウエストを絞ったジャケットは黒。縁取りに金糸銀糸で刺繍してあるので、貴族の服装っぽくもある。

 合わせはダブルでたくさんあるベルトで締めるデザインに見えるが、実際はファスナー。ベルトは飾りだった。

 左肩には肩当て。軽いミスリル合金製。ベルトで固定すると動きを妨げてしまうので服に固定した。

 同じ理由でジャケットの裾はたくさんスリットが入っており、動きを妨げることはない。


 シャツは普通のデザインだが、これにも刺繍を入れ、鎧風ベスト。

 ズボンの腿にはベルトをたくさん巻き、小さめのホルスターを並べ、投げナイフがズラリ。

 腰には何本かベルトを巻き、その一つは黒銀デザインのウエストポーチになっている5m四方の容量のマジックバックだ。


 膝下ブーツにもベルト飾りと装飾を施し、指抜きグローブも黒革で銀糸の繊細な刺繍入りだった。指輪を隠すためでもある。


 …というように、結局、夏服とは言っても最初の服と似たようなデザインになり、決定的に違うのは布の薄さと『少し涼しい服』の改良版魔法陣(三段階温度調節が出来る)だけ、となった。


 我ながら派手な格好をしていると思うが、派手さだけなら真っ赤な服装とか真紫とか虹色っぽく髪を染めている人、と割といるのだ。名前と顔を覚えてもらって指名依頼を取るために。

 それよりも目立ってしまうのも不本意である。

 黒髪黒目ほぼ黒服なのに。


 魔道具で3×2cmのタグ型ギルドカードを作った受付嬢は、出来たばかりのギルドカードを石板のような四角いボードの上に置き、それからカウンターに置いた。


「では、シヴァ様、ギルドカードの上に手を置いて魔力を通して下さい。…はい。これで登録完了になります。登録料はありませんが、なくされた時壊した時の再発行は有料ですのでお気を付け下さい」


 魔力登録はまったく問題なく、受付嬢はギルドカードを石板の上から取るとシヴァに渡した。シヴァはポーチ型マジックバッグにしまう。


「冒険者ランクの説明は必要でしょうか?」


「いらん」


「では、ランクアップ試験の説明をします。冒険者登録をしたばかりなら、通常はFランクからのスタートになりますが、戦闘系のスキルをお持ちの方、傭兵として実績がある方は受験料として銀貨5枚でランクアップ試験を受けることが出来ます。最高でDランクまでしか上がりませんが、Fランクから地道にコツコツ依頼をこなすよりは、討伐が多いランクから始めてはいかがでしょうか」


 ラーヤナ国の冒険者ギルド独自の措置だろうか。このキエンの街のみだろうか。アリョーシャでは聞いたことがない。

 シヴァはさっさとランクを上げるべきだ。自重しなくていい虚像はさぞ便利だろう。あ、物理特化設定にしてあったんだった。

 まぁ、「実は魔法も使えるんですよ」で徐々に出せばいいか。


「いいだろう。どういった試験で日時は?」


「それでしたら、本日にでも。模擬戦形式になります。試験官を務めて下さる人を当たって来ますので、少しお待ち下さいませ」


 …うわ、模擬戦か。

 この大剣だと手加減出来るかが怪しいんだけど…さり気なく相手に当たる寸前で結界で防ぐか。

 シヴァは後ろに順番を譲るためにカウンターを離れ、邪魔にならないような壁際に腕を組んで立つ。


(まだまだ周囲が静かなのはどうしてだ?)


 それぞれ、目的を果たすべく動いてはいるが、誰もが極力音を立てないようにしているので、ヤケに静かなのだ。

 シヴァがゆっくりと見回すと、さっ、さっと目線を避けられる。よく分からない反応である。

 新人なんだからテンプレ絡みは来ないんだろうか。


 まぁ、こんなにキラキラした高そうな大剣を背負い、派手な冒険者装備もロードスパイダーシルクも使っている最上級レベルの実用なので、剣術はまったく使えないド素人とは誰も思わないか。


 設定としては、「ある国のある地方の裕福な剣術家の家に生まれた次男坊で、跡継ぎにはなれないから冒険者に」である。

 …せっかく設定を煮詰めたのに、誰も話しかけて来ない。


 新しく入って来た人も「何、これっ?」と慌てた後、こちらを向いてフリーズ。

 メデューサか!

 シヴァだけじゃなく、ギルド内のほぼ全員が受付嬢が段取りを整えて来るのを待っていたことだろう。


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