092 見慣れた方がいないのはやはり淋しいですよ
帰りも馬車を出すと子爵に申し出られたが、アルはもちろん断った。
あの乗り心地の悪さをまた体験したくない。
街中は道が狭い所が多いので、箱馬車も荷馬車も馬も限定的な道しか通れず、また危ないので通る時には更にスピードを落とす必要があった。
アルも街中でバイクは乗らない。
では、何で帰るのかと言うと、【影転移】である。
使えば使う程、距離が伸びて来たので、もう少し練習しよう、というワケだ。
影魔法は使えてもシャドーボール程度で、中々影転移までは覚えられないそうだが、いないワケじゃないので、アルは隠さず、結構手軽に使ってるワケだ。
空間魔法の転移とはまたちょっと感覚が違う。
魔力的には影転移の方が少ない感じだ。
行ったことがある所、見える所じゃないと転移出来ないのは共通である。
そういえば、一応、冒険者ギルドにも言っとかないと、と途中で寄ることにした。行きの移動時間と事後処理打ち合わせのせいで、もう昼近い。
「ちは~っす」
「え、アルさん。領主様の騎士に連れて行かれたのでは?」
とうに噂になってたらしい。
当然か。騎士が四人も来て、後ろ暗いことはまったくない冒険者を連行することなんて滅多にあることじゃない。
「その帰り。眠り薬入りお茶でもてなされて荷物奪われたんで、奪い返して反撃して帰って来たワケ」
「…略し過ぎてよく分からないんですが…」
「他にも色々悪いことしてたんで、領主降ろされて替わるって話。で、話は変わるけど、おれ、明日からラーヤナ国に出かけるんで、当分いないから。宿も引き払うんでおれ宛の荷物や手紙は預かっといて。保管料は後払いで。手付けはいる?」
「いえ、ギルドに所属していれば後払いで大丈夫です。分かりました。…って、ラーヤナって言いました?隣の国の?」
「そう」
「何でいきなり隣の国なんですか。あ、領主様はもう平気だとしても、他の権力者の方々がうるさいことになるから、ですか?お姫様の騎士さんたちが報告するでしょうし」
「それもないとは言わねぇけど、ダンジョンに行きたいからだって。ちょっと欲しい薬草あるし」
「…何かもうマイペース過ぎてアルさんらしいというか。期間はどのぐらいを予定してますか?」
「長くて三ヶ月。他も色々見て回りたいんで」
「そうですか。淋しくなりますね」
「いつもここは賑やかだろ」
「見慣れた方がいないのはやはり淋しいですよ」
「はいはい。ギルマスにも言っといてな」
「分かりました。お気を付けて。いい旅を」
「おう、ありがとう」
アルはギルドマスターに捕まらないうちに、さっさとギルドを出た。
他国に行く前にランクを…と絶対言われるので。
せっかく他国に行くのなら、別人…というか、元のアルの容姿の方で、新しく冒険者登録するのはどうだろう?
ギルドカードを作る時、魔力の登録もするが、アルトの時に作ったギルドカードとは指紋のようにそれぞれ違う魔力の色が、中身が違う今のアルとは違うと思うのだ。桁違いの魔力量からしても。
重複防止で一人が何枚も持てないようになっているそうだが、大丈夫だろう。もし、ダメなら適当に誤魔化して逃げればいい。【空間転移】も【影転移】も使えるのだから。
では、名前は何で登録する?
元の名前は記憶が曖昧で思い出せないし、こちらの世界風の名前ではなさそうなので、何かよさそうな名前を考えよう。
黒目黒髪…黒曜石が英語でオブシディアン…ディアンでいいか?ディア…親愛なる…親愛はあんまりしてないし。
ドイツ語で黒はシュヴァルツ…は長い。
「あ、シヴァでいっか。破壊と再生を司る神」
神の名を使うのも何だが、ここは異世界だし、見せかけの姿の名前なのでちょうどいいような気がする。
似たような語感の名前も多い。
まぁ、まず、山を越えて隣国に入らないとならないので、冒険者ギルドがあるそこそこ大きい街まで行って登録するのはもっと後になるか。
どんな街があるのか、どんな料理があるのか、どんな食材があるのか。今からワクワクして来た。
正に冒険者らしく冒険しよう!
だが、まずは今日の昼飯を食べる場所を決めねば。
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