091 急に魚が食いたくなることだってあるだろう

 子爵は執務を切り上げ、他の人を集めているようなので、アルはお茶することにした。

 今日はコーヒーにしよう。

 焙煎した豆をガリガリとミルで挽いて行くと、汚職職員及び領主が更に更に怯え出した。

 アルはスルーしてマイペースに挽いた粉をドリッパーの上のフィルターへ。お湯を注いでハンドドリップ。ふわりといい香りが漂う。

 コーヒーポットからコーヒーカップへ注ぎ、コーヒーポットは収納しておく。


 マジックバッグは空間収納にしまったままなので、ダイレクト収納だが、見ているのは心が折れてる人たちだけだ。

 今更気にするまい。


 さて、今日のお茶菓子はいちご…みたいなフルーツの生クリームケーキ。

 ようやく、生乳をゲットして生クリームを作れたのだ!アリョーシャの市場で乳製品を売りに来ていた牧場の人を捕まえて。

 もちろん、お味は最高なのでゆっくりと堪能する。コーヒーとの相性も抜群だ。


 ゴクリッと生唾を飲む音がするが、スルー。

 アルはこの間に防音結界を張って、録音した音源を編集し、クリスタルに録音しておく。大した時間じゃないので、すぐ終わった。

 結界を解除する。


「…アルさん、本当にマイペースですね」


 そこに、ナバルフォール子爵が他の職員も連れて来た。


「よく働きよく食べよく眠る。快適生活の基本だな。お茶しながら、今後のことを話したら?これから大変なんだし、お茶もお茶菓子も提供してあげよう」


 子爵に丸投げする満々なので、アルは気前がよかった。

 子爵はぐるっと周囲を見回し、逃亡する恐れがないことを確認すると、


「ご相伴しょうばんに預かります」


と席に座り、戸惑う他の人たちも促した。

 子爵の他五人か。お疲れのようなので滋養強壮効果があるハーブティにする。


 さり気なくマジックバッグを出し、その中から、と見せかけてティーセットを出す。錬成で作った陶器風のカップだ。

 同じように生クリームのケーキを出そうとした所で、時間停止がバレることに気付き、カップケーキを出し、皿に盛りフォークを添えて配る。

 そして、魔法でお湯を作ってハーブティを淹れて配った。


「本当に呼吸をするように魔法を使うんですね。息子が憧れるのも分かります。目標が高過ぎますが」


「ウラルはかなり才能あるから、このまま育つといい感じに強くなると思うけど。…あ、これな。録音したの」


 アルは忘れないうちに録音したクリスタルを子爵に渡しておいた。


「有難うございます。…アルさん、こういったことに慣れてらっしゃるんですか?抜かりなく録音も、となると」


「さてな」


 怪しんで当然だが、何も言えない。

 ハーブティもカップケーキも好評だった。

 敵対派閥の人間たちが物欲しそうにしているのもあって、気分もいいのだろう。


 そして、今後のことを話したが、結界で囲んで見世物にするのは、やはり却下された。

 気持ち的にはそのぐらいやってもいいが、今後の影響が大き過ぎて民たちが不安になる、と。


 領主は軟禁し、汚職が発覚しただけじゃなく、王族をないがしろにしたので職員の総意で降ろされ、しばらくの領の運営は議会にて。王都には詳細を送り、承認してもらい、次の領主を派遣してもらう、という筋書きになった。

 他の汚職職員はしばらく自宅謹慎で、その間に処罰を決める。


 この時には、衛兵を呼んで警備を固めてから宙にいた領主を部屋に入れてやり、汚職職員たちの結界も解いていた。


「こーゆー…ことが出来るんで、バカどもが凝りずに騒ぎ出したら、ダンジョンに送ってやってもいいぞ?ダンジョン探索は自己責任だし、急に魚が食いたくなることだってあるだろうし」


 アルが近距離の【影転移】を見せてやって、そう申し出てやった。


「あーいや、はい。その時はよろしくお願いします」


 バカは凝りないからバカだと思い直したらしく、子爵にお願いされた。


「それで、アルさん。今回、不愉快な目に遭わせてしまった上、領の運営をスムーズにするための掃除を手伝って頂きましたので、お詫びと報酬は何がよろしいでしょうか?」


「子爵が出すんじゃ意味ねぇだろ。領主に払わせろ。どうせ、あまり読んでねぇだろうから、所持書物没収。で、おれにくれ」


「…あの領主が書物なんて持ってるかどうか分かりませんよ?」


「見栄張って飾りだけで買ってそうじゃねぇか」


「…ありえますね。では、後程、宿の方にお届けします」


「あ、宿はもう引き払うんだって。隣の国のダンジョンに行こうと思ってて。本は冒険者ギルドに預けといて」


「分かりました。隣の国、ですか?」


「そう、ラーヤナ国。ちょっと欲しい薬草があってさ。結構、でかいダンジョンだから、しばらくはあっちに」


「息子が淋しがりますね」


「そう何年も行ったっきりにはならねぇよ。長くても三ヶ月ぐらいかな」


「落ち着いたら手紙を下さい」


「落ち着いたら、な」


 転移陣の応用で、軽い物なら送れる転送レターボックスを作成したので、ダンたちとはいつでもやり取りが出来る。

 軽い物限定なのは、距離があるとダンたち側の魔力が足りなくなるからだ。魔力貯蔵タンクを使っていても、ダンたちの魔力が少なくて使えるよう貯まるまで数日はかかりそうである。

 まぁ、転送レターボックスにかこつけて、アルが転移魔法を使えばいいだけなので、アルが送る時は問題なかった。


 さて、後はまだ眠ったままの騎士三人の対応だ。

 もう一人は、まだ子爵を探しているようなので、アルが影魔法で連れて来た。

 話し合った結果、領民に害をなすなど、とんでもなく、騎士の名誉も汚す行為。よって領の騎士団除名退団。

 騎士の名誉称号(国が決める資格。ステータスの称号との区別らしい)剥奪。この領からも追放し、他の領にも回状を回す。

 …そんな当然の処分になった。

 眠っていた三人はアルがキュアをかけて起こし、処分を通達すると、唯々諾々と受け入れた。

 お家取り潰し、一族郎党同様の処分でもいい所だったが、騎士としての名家の出が三人もいたため、妥協した結果となった。おそらく、各家で恥さらしだと内々に処分されるだろうが、そこまでは関知しない。

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