090 ドサクサ紛れに頂く
領主は執務室ではなく、会議室にいた。
まっとうな行政会議ではなさそうで、昼間から酒臭い。
大きい長いテーブルの奥側が領主の席だ。
「領主様。言いつけに従い、魔道具の乗り物を使う冒険者を連れて来ましたが、何か魔法が仕掛けられていたらしく、マジックバッグは手に入れることは出来ませんでした。また、着けているペンダントは外しても少しすると何故か元に戻ってしまいます。これもマジックアイテムのようです。ここに眠らせた冒険者を連れて来ていますので、領主様自ら確認をして頂きたい。手足を縛り、【魔法封じの枷】も着けてあります」
【魔法封じの枷】などという大層な名前らしい。
騎士の言葉はアルが指示したものだ。
騎士は会議室に入ると、領主の横に手足を縛られたアルを下ろした。
会議室にいた面々は、興味津々で見物に回っている。
机に書類なんか一枚も出てない辺り、遊んでただけか悪巧みをしていたのだろう。
「…おい、別人じゃないのか?こうも若いとは聞いてないぞ」
「確かです。冒険者ギルドのギルドカードを確認してあります。この若さでCランク、アルという名前です」
「信じられないな。ペンダントと言うのはこれか?」
「はい。外してみて下さい」
領主がアルからペンダントを外し、しげしげと観察をしていると、ペンダントも不快だったらしくすぐにアルの首元に戻った。
「本当だ…何のアイテムなんだ、これは。…おい、誰か鑑定を持ってないか?」
「わたしが持ってます。……何でしょうな?かなり希少なアイテムらしく、鑑定しようとすると反発を感じて鑑定出来ません」
「じゃ、こいつには?」
「…鑑定出来ません。乗り物の魔道具を作ったのが本当なら、かなりの高ステータスでしょう」
「領主様、何かおかしくありませんか?Cランク冒険者がこうも簡単に捕まるワケがありませんし、騎士たちも何か怯えてるような…」
一応、状況判断が出来る奴がいたらしい。
潮時か。
「はい、正解。魔物を素手で倒す奴に、こんなちゃちなロープとおもちゃで拘束出来ると思うなよ」
アルはぶちっとロープを引きちぎって起き上がった。
身体強化を使わず、
【魔法封じの枷】というおもちゃも、さり気なく空間収納にしまいもらっておく。
「ただでさえ、王様の不興を買ってんのに姫の恩人に無礼を働き、薬を盛り、アイテムを奪い、さらうことまでするか。終わってんな」
「うるさいっ!平民ごときがでかい口を叩きおって。わたしは領主だぞ」
「へー?魔物にそう主張してみたら?…お、出来たな」
アルは影魔法で領主を拘束してみた。
実験台がいなかったので、初めての試みである。【
そのまま、領主を飛行魔法で飛ばし、窓を開けて外に出す。
「どうせ飛ぶなら、広い空の方がいいだろ?」
周辺をぐるりと飛ばした後、窓の外、3m離して結界を張り、その上に下ろした。影拘束は解除して。3mという所がクセモノだ。ジャンプして届きそうで届かない。
まぁ、結界を見えるようにしてないので、まず、足場確認から、だが。
「気分はどう?領主だっていう立場が何か役立った?もっと上空を飛ばした方がよかったかな?心臓が止まりそうなんで配慮してやったんだけど」
「こっこっ…こんな…ことしてただで済む…と」
「ランニングバードかよ。まだ自分の立場が分かってねぇなぁ。あんた、キマイラやバジリスクより強いワケ?ジャイアントワームよりも再生能力が高かったりする?そこの位置で止めてやってんのも、おれの魔法なんだけど?ぐっちゃぐちゃに潰すと後片付けが大変なんで、ダンジョンに放り込んで来よっかなぁ。…おやおや、お仲間の方が理に
呆然と飛ぶ領主を見ていたが、ガタガタ震えつつも逃げ出したのだ。腰が抜けてる奴も這って行って。
騎士たち三人だけはアルが逃さず、睡眠薬入り紅茶を直接胃に返してやったので、その場に昏倒していた。
こういった使い方も出来るかも?でやってみたのだが、簡単だった。
実験する機会は逃さないアルである。
「今までロクなことしてねぇだろうから、最後ぐらい領民の娯楽のために見世物になったら?街の広場の目立つ所で、その見えない壁で囲まれた中で生活するんだよ。領民たちも見たくねぇんでトイレだけは土魔法で隠してやろうかな。で、石を投げられようが剣で切られようが、その見えない壁に阻まれる、といいな?」
さすがに、何百人も攻撃すると、結界も多少は揺らぐかもしれない。
「……な、な…」
領主はわなわな震えて言葉もない。
「今までいい政治をしていたのなら、食べ物を差し入れたり『領主様を出してあげて~』って領民たちが嘆願するだろうけど、その顔色からするとあり得なさそうだな。ダンジョンで潤ってる街だもんな。金が集まる所には蛆虫も集まって来ちまう」
「…な、何が…目的だ…」
「はぁ?目的なんざねぇよ。あんたが放っとけば、おれは勝手に楽しく過ごしてただけなんだって。手を出して来たからには、相応の報いを受けてもらう」
領主がいる結界は足場だけじゃなく、箱のように結界を張り直した。高さは10cm程低くし、上だけ開いている。
ガクッと下がった足場に領主の悲鳴が上がった。
うるさいので、防音結界をその外側に張り、アルは
ナバルフォール子爵を探しに行った騎士は右往左往しているだけだが、アルの探知範囲に子爵がひっかかった。
先日、カーラのダンジョン探索体験の時、待ち合わせのギルド前にカーラとウラルと一緒に子爵も待っており、前のことを丁寧に謝罪され、改めてよろしく、と挨拶されたので気配は知っていた。一度会っただけなので、確信が持てるまで動かなかったワケだが。
アルは近くの人気のない場所に転移すると、執務中の子爵に声をかけた。
「こんにちは。子爵」
「…アル殿っ?何故、ここに」
やはりか。
「騎士たちが宿まで来てほぼ連行されたんだよ。着いたら睡眠薬入りのお茶を振る舞って、おれを眠らせてマジックバッグを奪おうとしてさ。で、領主、ちょっと遊ばせてあるから見に来る?もちろん、執務が優先でいいよ」
「いやいやいや、ちょっとどこからツッコミを入れていいのか。…ええっと……」
「領主が指示して誘拐と強盗をやらかした、ってことだな。縛られて騎士の肩に担がれてるおれを結構な人数が見てたけど、子爵に報告されてねぇの?」
「あいにくと。恥ずかしながら、領主の派閥の方々とは仲がよろしくなくて」
「やっぱりな。じゃ、領主派っぽい一緒にいたおじさんたちも捕まえた方がいいかな?慌てて逃げてったんだけど、言動からしても共犯だったし」
「そうですね。汚職の証拠集めをしていた所ですが、まぁ、何とか。お願い出来ますか?」
「じゃ、会議室みたいな所に集めとくよ。言質は録音してあるんで、後で貸してあげよう」
購入したプレーヤー&レコーダーを小型化して、アルの服に仕込んであったのだ。
小型化にともない、記録媒体も水晶からミスリルチップに変更したため、普通のレコーダーでは再生出来なくなっている。
子爵に渡す前に都合の悪い所はカットして、水晶に録音し直すワケだ。
こんな風に【魔法陣の書】を読みふけり、改良や開発もしていたので、旅立ちが遅れたワケだが。
「有難うございます」
…ということで、アルは汚職職員たちを捕縛し、会議室に集めた。
人体実験も兼ねて、影魔法の【影転移】。自分以外の人バージョンで。距離はまだ短いものの、フロア間程度なら一気に運べて中々便利だった。
念のため、汚職職員たちの周囲に物理結界を張っておく。内側で魔法を使った所で結界は突破出来ないし、外にも影響ない。
抵抗する暇も与えず捕まえ、馴染みのない魔法で運んだからか、汚職職員たちはとことん怯えていた。
窓の外の領主が、何やっても無駄なのが分かったらしく、膝を抱えて途方に暮れているのもあっただろう。
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