089 踏んだ修羅場の数が違い過ぎる

 領主の館に到着した。

 地方の領主がお城のような館なワケがなく、砦のような角ばった石造りの建物だった。

 領主の私的スペースは奥、貴人を招いたり会合をしたり宿泊したりする離れの迎賓館、騎士の宿舎と訓練場は少し離れた所。

 それ以外は仕事場で、お役所仕事をしている。

 …と気まずかったのか、騎士が説明しながら案内していた。


 通された所は謁見控室。

 謁見かよ、とアルは更にウンザリして来た。

 紅茶を出されたが、睡眠薬入りだった。

 眠り込んでる間にマジックバッグを取り上げ、中の魔道具を、という目論見だろうから、アルは乗ってやって飲んだフリで空間収納に睡眠薬入りの紅茶をしまい、眠ったフリをした。


「……おい……なんか…もった…な…」


 そんな名演技付きで。

 即効性の睡眠薬なのは鑑定様が教えてくれている。

 もし、アルが飲んだとしても、状態異常耐性があるため、多少眠い程度だとも。

 騎士たちはしばらくアルの様子を窺った後、アルの両手首に太い輪をはめる。手の間は繋がっていない。これが例の魔法を封じる魔道具だろう。

 魔道具だと警戒してか、左中指と左小指の指輪を外そうとしたが、フィットしているため出来ず、ペンダントと短剣は外し、別の騎士に渡した。

 そして、ボディバッグ型マジックバッグに手をかけ、アルの身体から外す。


「……え?」


 騎士の手のマジックバッグは煙のように消えた。

 いや、消した。アルが空間収納に収納したことで。普通に使えた。

 目を閉じたままでも身体に触れているので鑑定が出来た所によると、この魔法を封じる魔道具、アル程の魔力量はまったく想定していないらしい。

 魔法を封じる魔道具を余程信頼しているのか、焦って周囲を捜索し出す。


 その間にディメンションペンダントが、アルの首に自動的に戻った。

 飛んで来るのかも、と思っていたが、転移だった。

 それはそうか。異空間を開いたり閉じたりするペンダントだし、魔力をたっぷり蓄えているのだから、転移ぐらい使える。

 ついでに、アルは短剣も空間収納にしまった。

 マジックバッグは消えたが、アルは眠ったまま。

 どうするのかと思っていると、手足を縛って肩に担がれた。牢にでも放り込まれるらしい。


「このまま領主の所へ連れて行け」


 アルは自分を担いでる騎士の耳に風魔法で声を届けた。

 驚愕したのが身体の反応で伝わって来る。

 左前腕のガントレットだけを切り落とす。


「手もスパッと行っとくか?大丈夫。すぐ治せる。痛いけどな?」


 ガントレットがいきなり壊れたかと思うと、ガタガタと震え出した騎士に、他の三人の騎士が不審に思い、近付く前に同じく左のガントレットだけ切り落とした。三人同時に。

 絶妙な魔力操作が上手くなったものだ、とアルは自画自賛。風魔法である。


「おれに従え。このまま領主の所に行く。余計なことを言うと、手足が落ちるぞ?それとも潰すか?」


 防音結界を張るので、言っても聞こえはしないが。


「わ…分かった」


「んん?」


「…分かりました。従います」


「騎士が泥棒とは騎士道も地に落ちたもんだな」


 『騎士道』が通じたらしく、揃って苦い顔をした。


「一人、ナバルフォール子爵を領主の所に連れて来い。関係してねぇだろ。おれの力の一端を知ってるんだから、知っていれば絶対止めたハズ」


 ガントレットの残骸もアルは収納した。

 ちょっとした慰謝料代わりにもらっておく。


「わたしが行って来ます」


 早い者勝ち、とばかりに一人の騎士が志願して、すぐに走り出そうとする。


「逃げるとソレに閉じ込められるぞ?」


 アルは結界でしばし騎士を止め、そう言ってやる。


「に、逃げません」


「よし、行け」


 結界を解除すると、騎士は慌てて走り出した。

 騎士が子爵を連れて来ないのなら、後でアルが探しに行くだけだ。


「な、何で魔法がつかえ…」


 質問しかけた騎士の耳の先を切ってやった。

 痛みは感じるが、領主が不審に思わない程度の絶妙具合で。


「話していいと言ったか?ほら、領主の所へ行け」


 アルが促すと、再び歩き出した。

 担いでいる騎士はまだ震えたままで。

 道中、使用人、行政の仕事をしているらしき文官たち、と何人もすれ違ったが、誰も騒がず、気まずそうな不安そうな顔をしていただけだった。

 …しょっちゅうフザケたことをやってるらしい。

 どうしようもないクズなら、アリョーシャダンジョンチャレンジしてもらおうか。

 26階の砂漠フロア辺りで。

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