087 シャルトリューズ
セラの店の後、アルはさっさと宿に帰ろう、と思ったが、薬草情報が欲しかったので冒険者ギルドに行くことにした。
「『シャルトリューズ』ですか?雪解けの頃に薄紫色の花が咲く高原の薬草の?」
受付嬢に聞き返された。さほどレアな薬草ではないのだが、季節が合わなかったのだ。
鑑定様いわく、シャルトリューズだけなら腹痛全般に効く薬を作れる。
「それ。もう季節外れなんで、どこかのダンジョンで採取出来ねぇ?」
ダンジョンに季節なんかないし、返って品質がよかったりもする。
「聞いたことないですね。調べてみますから、少しお待ち下さい」
「よろしく」
アルは依頼が貼ってある掲示板を適当に見て時間を潰す。
もうお昼に近いこの時間、他の冒険者はまばらだった。
「お前、見ない顔だな」
掲示板前で、そこを見ていた少年にそう言われてしまった。
「そう?」
「冒険者登録したばかりか?」
少年こそ、そんな年頃、成人したての十五歳ぐらいだ。
「いいや」
「なのに、まだ薬草?」
受付嬢とのやり取りを少し聞いていたらしい。
「依頼じゃねぇよ。個人的に欲しいものだったんで」
「何に使うんだ?」
「聞いてどうする」
「病人がいるんなら手伝ってやってもいいから」
ほほう。殊勝な心がけだ。
「いねぇよ。さっきの薬草で別の薬を作れるレシピを知ったんで、試したいだけ」
「冒険者だろ?」
「そうだけど?冒険もしてるぞ」
「薬作って売るのか?」
「売らねぇ」
「何で?金が有り余ってるようには見えねぇけど」
「見る目ねぇな」
「…?どっかで小金を稼いで来たばっかか?」
「国家予算百年分ぐらいは稼いでる」
ディメンションハウスだけでも。…百年じゃ少ないか。
まぁ、売らないのだから、稼いでる、は語弊があるか。
「おれの装備からしても、その辺じゃ買えねぇもんばっかだ」
売ってないので。
「違う街で買っただけじゃ?」
「売ってない。フルオーダー装備だから」
「そうは見えない」
「やっぱ見る目ねぇな」
「お前、ランクは?」
「C」
首にかけたギルドカードを引き出して見せてやる。
「…何でっ?」
「昇格試験受けて合格したから」
「そんなに簡単になれるランクじゃないんだぞ!どこのギルドで試験受けた?」
「ここ。文句はギルマスへ」
「おいおい、おれに振るな、おれに」
ちょうど来たので押し付けたワケだ。受付嬢が知らせたらしい。
「ギルマスなら知ってんの?シャルトリューズのある場所」
「隣の国のダンジョンにあるらしい、という噂しか知らん。腹痛全般の薬草だろ。どうするんだ?」
「違うレシピ見付けたから試してみたかったんだよ」
隣の国か。後で【冒険の書】で確かめてみよう。
「ふーん?」
「何?」
「いつでもよさそうなのに、ギルドにまで来てる所がな。怪しい」
「新しいおもちゃは早く使ってみたいもんだろ。それと同じ」
「ちょっとすみません、ギルマス。こいつ、国家予算百年分ぐらい稼いでるって言ってたんですが、本当ですか?」
ギルマスには敬語らしい。少年の方こそ、駆け出しか。
「もっと稼いでると思うぞ。換金はしてなさそうだが、値段が付けられんレア物ばっかり持ってそうだし、こいつの装備も見るたびにグレードアップしてるし。…怪しいペンダントもしてるし?」
「素敵な、の間違いだろ」
しまった。
レベルを上げるために魔力チャージは必要なのだが、一時的に外すぐらいはいいのに。ギルドに入る前に外しとけばよかった。
「おれはこいつが伝説の『賢者の石』を持ってても驚かんぞ」
……あったりするし。
「はははははは。で、ギルマス、おれに何か用事だった?」
さくっと話題を変えてやる。
ギルマスは薬草のことを教えに来ただけじゃないだろう。
「昇格試験の案内だ。姫様の所の騎士まで『何故、まだCランクなのか』って言ってたんだぞ」
「へー」
「まだ?」
少年が口を挟む。
「ああ。こいつはSランクでもいいぐらいの実力者だ」
「買いかぶりだっつーの」
「パラゴでシャドーマントヒヒ32匹、素手で倒したらしいな?」
「素手だとダメなルールあったっけ?」
「買いかぶりじゃないって話だ。何で素手?武器が折れたとか欠けたとかか?」
「いや、予想以上にシャドーマントヒヒが弱かったんだよ」
「お前が強いだけだろ。影魔法はどう対処したんだ?」
「魔力だだ漏れで移動先バレバレだったから蹴った」
「……弱くないか?」
「だから、そう言ってるのに~」
「アルさん、資料が見つかりましたので、受付までお願いします」
「はーい」
そこで、受付嬢に呼ばれたので、アルは受付に行った。
ギルマスとは別に、受付嬢はちゃんと調べてくれていたらしい。
資料によると、万年雪がある高山で初夏の頃、シャルトリューズが採取されたこともあったらしい。
つまり、今。
『雪解けの頃咲く』のだから、季節が違っても万年雪でもいいようだ。
「三つ山越えた先かぁ」
さすがに遠いし、隣の国になる。ギルマスが言っていたのも隣の国で、そのダンジョン。どちらが近いか。
「遠いですよね」
「ま、色々行ってみたいし、時には遠出してみるのもいいかな」
ディメンションハウスを手に入れたので、更に快適な旅が出来るのも大きい。
お礼を言って資料を返したアルは、さっさとギルドを出た。
そして、宿の部屋に帰ってディメンションハウスに行き、ソファーセットをリビングに設置してから、【冒険の書】で地図と隣の国のダンジョンを確認した。
詳細地図付きなのが地味に有り難い。
西隣の国はラーヤナ国、キエンの街のダンジョン。
塔型でその3階にシャルトリューズの採取スポットがある。三つ山を越えるよりはまだ近い。
ちなみに、五番目の姫様の縁談相手の国ではない。そちらは逆で東隣のサファリス国だ。
「山じゃバイクもそう走らせられねぇし、空飛んで転移、を繰り返すか」
それでも結構時間がかかりそうだ。
いくら豊富な魔力を持つアルでも、そんなに頻繁に転移を繰り返したことがないので、十分に休憩した方がいい。
急いではいないので、無理なく行こう。
もうすぐ、宿屋に前払いしてある一ヶ月になる。
アルにはディメンションハウスがあるし、隣のラーヤナ国キエンの街からいつ戻って来れるかも分からないので、延長しないことにするか。
食堂の利用だけでも出来るし、アルのフットワークの軽さは知ってるので、ダンたちも別に引き止めないだろう。
その前に明日、ウラルの指名依頼を達成してからになるか。
ナバルフォール家の書斎に行くのは後回しになるが、いつでもいいと言っていたので構うまい。
【魔法陣の書】も読みたいし、検証したいし、よく分からなかった部分が判明するのなら、今使っている魔法陣の改良もしたい。
やることばっかりだな!と嬉しく思いながら、アルは冒険の書を収納にしまい、買った生活雑貨を各所に置くと、宿に帰って食堂で昼飯を食べることにした。
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