073 よぉ、しばらくぶり

 アルは少しは落ち着いたので、部屋に戻ることにした。

 小さいキラキラ宝箱自体の鑑定もまだしてなかったのでしてみると、合金には【バトルホークの目】が含まれていた。

 更に詳しい鑑定をしてみる。


【バトルホークの目・名前の通り、他の素材と合わせると“鷹の目”を作ることが出来る。鷹の目は遠距離攻撃の的中率+15にするマジックアイテム】


 …イマイチなアイテムかもしれない。

 アルの遠距離攻撃的中率は元々いいので。

 まぁ、しかし、アル以外の人は欲しがるアイテムか。保留。


 それよりも、錬金術で自立する大きい姿見を作った。

 ガラス作成技術があまり発展してないらしく、鏡はあっても姿見はまだ見たことがない。

 服装チェックするのも地味にやり辛かったから作った、というのもあるが、メインは【変幻自在の指輪】を試すためだった。


 どの指に着けてもいいようなので、右の薬指にはめると、自動でサイズ調節機能が働いたらしく、ぴったりフィットした。

 素早さアップシューズといい、この機能をいずれは解析したいものだ。


 アルは鏡の前に行き、まず、極端に大きさが変わるものになるようイメージして魔力を込めると、徐々に変わるのではなく、パッと姿が変わった。

 猫に。

 耳も尻尾も何故か動かせる。イメージだからか。くるりと回って振り向いてチェックしても、普通の三毛猫にしか見えない。


 人間の身体を動かす感覚はあるのだが、四つん這いにはなってはおらず、しかし、手を動かすと前足が、足を動かすと後ろ足が動く不思議な感覚だった。

 後ろ足で耳もかけるが、鏡に映る猫はやってるのに、人間の身体の方は別に動かない。

 そもそも、人間の身体は服を着ているのだ。

 それが毛皮に見せかけられるのだから、別人に見せかける時は他の服装や装備を用意しなくてもよく、イメージするだけでいいのでは?


「あ、でもダメだ。触られるのをとことん避けるのも不自然だし…」


 別人に見せかけるのなら、まったく違う服装にした方がいい。

 アルは胸当て、ベルトにナイフホルダー、ブーツを履いた、いかにも冒険者な装備で、シャツやズボンは機能的でシンプル。

 ブーツはショートと膝下を使い分けるし、ジャケットも長い丈にしたり、短い丈にしたり、シャツも襟あり襟なしと替えるが、その程度。受ける印象はさほど変わらない感じだ。

 まったくの別人に見せかけるなら、だらだらズルズルした格好になるだろう。

 「どっかにひっかけねぇの?」と疑問に思う程、ズルズルした格好をしている冒険者も多いのだ。

 それが嫌なら、装飾を増やすしかない。


 珍しいファスナーは見えない所で使い、飾りベルトもいくつか着け、そのベルトも銀で飾りを入れ、服地の方は縁取りをし、センスよく唐草や紋章のような刺繍を入れ、服のデザインも派手目に……。


「あ、ファンタジーゲームのキャラの衣装風でいいのか。腹は出さねぇけど」


 防御力どこ?なデザイン重視の衣装も多い。

 特に女キャラ。歩くだけで胸がぽろりな際どいものも多数だ。

 男キャラも割れた腹筋、たくましい胸筋を強調するデザインも多い。

 そういった服装だと、さすがにこの異世界では浮きまくるが、実用を考えたデザインなら『オシャレな人』認定だ。

 金属の肩当ては実用に耐えられないと思うし、邪魔だと思うのだが、ファンタジー定番にもなっているし、こちらでもたまに見かけたりもする。それっぽいので片側だけ付けてみるか。


 猫の変幻を解いていないので、鏡を見ると面白いことになっている。

 伏せをした三毛猫がペンを持って紙にデザイン画を書いているのだから。どのぐらい保つのか、意識しているのは必要か、の試しでもある。

 最初にイメージするだけで、動きは意識しなくても問題ないらしい。魔力消費も最初が多いだけで、後は自然回復する程度。

 まぁ、アルは【魔力自動回復】と効率的に魔力を使える【魔力操作】スキルを持っているので、そのおかげもあるのか。


 デザイン画が出来、素材も決めて揃えたら、服と靴と装備を錬成する。

 …うん、派手なのが出来た。

 変幻を解除して着てみると、茶髪に薄い水色の目という地味色で平凡な顔立ちのアルには似合わない…こともなく、雰囲気イケメンっぽくなっている。

 武器は大剣でベルトで固定して背中に背負うが、その鞘も剣の鍔も宝石が埋め込んである繊細なデザインで、それだけでも目立つ。

 しかし、盗もうとは誰も考えまい。


「まさかこんな大きい宝石は本物じゃないだろ」


「こんなにたっぷり使ってあるんだから貴金属であるワケがない」


「貴族の屋敷の奥で大事に金庫にしまい込まれてるレベルの物を、ああも気軽に持ち歩いているワケがない」


 人間心理を逆手に取ってみたワケだ。

 実際は宝石も貴金属も本物を使っているし、強度的に不安な物は高級な魔物素材で補強もしてあったりする。

 貯めてあるだけで使う機会がなかった宝石が正に山程あるので、ここぞとばかりに。いざという時には外して換金出来る、というのも計算のうちだ。


 ウエストを絞った膝丈コートは黒。

 縁取りに金糸銀糸で刺繍してあるので、貴族の服装っぽくもある。合わせはダブルでたくさんあるベルトで留めるデザインに見えるが、実際はファスナー。ベルトは飾りだった。

 左肩には肩当て。軽いミスリル合金製。ベルトで固定すると動きを妨げてしまうので服に固定した。

 同じ理由で丈の長いコートはたくさんスリットが入っており、動きを妨げることはない。

 シャツは普通のデザインだが、これにも刺繍を入れ、鎧風ベスト。もちろん、実用である。


 ズボンは普通だが、腿にはベルトをたくさん巻き、小さめのホルスターを並べ、投げナイフがズラリ。

 もちろん、これも実用だ。投擲スキルがないので時々練習しよう。


 腰には何本かベルトを巻き、その一つは黒銀デザインのウエストポーチになっているマジックバックだ。

 今の紺色のボディバッグ型はどうも容量が大き過ぎて目立つので、5m四方の容量で新しく作った。時間停止なしで。


 ブーツにもベルト飾りと装飾を施した。

 別人だと印象付ける派手な服装と装備は成功しているが、いかんせん、これからの季節は暑いだろう。夏バージョンを考えなければ。腹出しなしで。


 では、【変幻自在の指輪】に魔力を込めよう。


「…ふっ、よぉ。しばらくぶり」


 鏡を見てアルは思わず笑った。

 ファンタジー服も妙に似合う。

 元の自分の顔…いや、頭だった。

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