064 気のせいだ、気のせい!

 久々の長時間運転で疲れてはいたが、情報収集がてらアルは外に食べに行くことにする。

 冒険者ギルドの側の賑わっている食堂がいいか。

 ギルド内の食堂兼酒場は、知った顔ばかりに会うので、違う店の方がいい、という冒険者も多いのだ。


 アルは店に入ると、カウンターに空いてる席を見付けて座り、周囲の人が食べてる物で美味しそうなのを「それと一緒のもので」と注文した。

 ダンジョンのドロップで魚が出るのか、アクアパッツァのような野菜と煮込んだ魚料理だった。

 それにライスとスープカレー。飲み物はハーブティ。

 どこの場所でも噂話に花を咲かせているのは、女たちだった。


「ねー聞いた聞いた?とうとうお姫様家出しちゃったって」


「家出って言うの?王宮出?」


「そんな細かいことはいいって。お姫様って五番目の?親子程、年が違う隣国の貴族の後妻にって縁談が来たけど、の続き?」


「そうそう。いくら政略結婚は王族の務めでも可哀想だよね。五番目ぐらいになれば、普通に恋愛結婚してもいいような気がするけど」


「そうは行かないのが王族なんでしょ。でも、五番目のお姫様ってまだ十三歳だったような?」


「え、そんなに若かったんだ。それは可哀想だわ。あ、で、同情した人たちが逃してあげたってことね。でも、どこへ?近々連れ戻されちゃうんじゃないの」


「その辺り、色んな説があるけど、その一つはアリョーシャ。『冒険者になって強くなってあそこのダンジョンを攻略してやるわ』って。一応、冒険者ギルドって独立機関だから、高ランク冒険者になったらギルドが守ってくれるからって」


「え~?冒険者舐め過ぎじゃん。そう簡単に強くなれたら苦労しないって。そこがお姫様なんだろうけどさ」


「だね。でも、強い人とパーティ組めば可能かも?パーティ攻略でもランク上がるだろうし。ただし、アリョーシャって中級冒険者までしかいなかったハズ。ダンジョンの深層は強過ぎて無理無理だって聞くけど、ドロップが美味しいんで。食材ばっかりで。高く売れるし」


「そういったダンジョンもたまにはいいよねぇ。で、アリョーシャ以外は?」


「ここパラゴ。スライムから始まるダンジョンだから、初心者には優しい、と思ったみたい。低層なら確かに初心者向きだよね。5階からいきなり強くなってブラックウルフだったりするけど」


「20階までしかないからって、初心者から上級者まで対応って詰め込み過ぎって感じだよね。鉱山採掘フロアまであるし」


「それで冒険者が集まって来るんだから、この街としてはいいんじゃないの。ポーターやマジックバッグ持ちのサポーターの需要も高いし」


 この辺りの情報は錬金術師のセラから教えてもらったことと同じだった。

 姫についてはアルは初耳である。王族なんて興味ないので。

 ただ、数時間前に遭遇した騎士が不穏な単語を言おうとしていたし、今の話だと…いや、気のせいだ、気のせい!

 所詮、噂話なのだ。事実は話半分どころか一割もないぐらいだろう。


 他に役立ちそうな情報はそれぐらいで、後はどうでもいい話ばかり。

 食事も大して美味しくなかったのにがっかりして、アルは宿に戻った。

 明日、ギルドでも情報を集めよう。


******


「五番目の姫様って可愛いのかな?」


「美人系ではないみたいだぞ」


「本当にこの街に来るのかなぁ。王都からの距離を考えると、遠い方に行くような気も」


「箱入り姫様がそう長いこと旅していられないって」


 翌朝。

 冒険者ギルドでは浮足立っていた。

 思った以上に噂は広まってるらしく、ギルド職員も心なしかそわそわている。

 アルは受付に並んだ。


「ここのダンジョンの資料があったら見せて欲しい」


 受付職員の人数を多くして対応しているので、すぐにアルの番が来た。


「ギルドカードをお見せ下さい。…はい、ありがとうございます。資料は借りることも複製することも出来ますが、どうしますか?借りる場合はギルド内限定持ち出し禁止、複製は銅貨5枚です」


「じゃ、複製で」


 こちらの方がサービスがいい。

 アルはすんなりお金を払って複製資料をもらった。


「7階からはパーティ推奨になっておりますので、よければメンバー募集掲示板をご覧下さい」


 ここでもそういったシステムか。


「分かった。ありがとう」


 ちょっと見てみようと、アルがメンバー募集掲示板の前に行くと、見る前に、


「おう、兄ちゃん、ポーターだろ?ポーターはここじゃなく、そっちの掲示板って分かれてるんだ。間違えんなよ」


とガタイのいい男に後ろから声をかけられてしまった。


「いや、ポーターじゃねぇって」


 アルになってから約一ヶ月。

 アルトの鍛錬不足が響き、鍛えてはいても肉付きはいまだ薄く、『ガリ寄りのギリギリ細身』なので、誤解するのも分からなくもない。


「見栄張んなよ。ナイフ程度しか持ってないだろ」


 …そうか、それもあったか。


「しまってあるだけだっつーの」


 アルはマジックバッグからすらりと長剣を出す。

 刀は目立つ武器なので、こちらも使っているワケだ。ただし、錬成し直して魔物の爪を混ぜ、強度を上げてあった。

 長剣を装備せず、しまってあるのは、重さで体幹がズレるし、武器を使うまでもないことばかりで邪魔だから、というだけだった。短剣なんて完全に飾りになっている。包丁を差しておいた方が余程使うかもしれない。


「…マジックバッグだ」


「おうよ。これでもCランクなんで、装備も金かけていい物使ってるんだよ。見る目を養いな」


 高ランク冒険者はさすがにアルが強いのも、いい装備なのも分かるらしく、遠巻きにさり気なくアルを気にしていたりする。

 魔力操作スキルのおかげで、漏れ出る魔力も制御出来るようになっているし、ステータスの隠蔽もやってみたら出来たので、魔法使いだとは思われない。


「悪い」


 お節介というだけだったらしく、気まずげに謝罪して去って行った。


 メンバー募集掲示板の内容はよくある感じで、

『みんなが君を待っている!』

『一緒に頑張ろう!』

『みんながいるって安心です!』

という定番勧誘文句から、

『剣士、槍使い、弓使い、魔法使い、回復術師も募集します!』

という、


「ほとんど全部じゃねぇか。お前は何の技能もねぇのか」


というツッコミどころ満載のものもあった。


 回復術師ならこんな掲示板は見ない。絶対数が少ないので、さっさとパーティは決まる。

 …んん?何かすっかり棚上げしていたが、アルも回復術が使えるのだから、回復術師を名乗れるのでは?

 …まぁ、面倒なので名乗らないし、滅多に言わないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る