062 不穏な単語を言いかけた?
斥候らしき若い男は周囲をまったく気にした様子もなく、呑気に歩いていた。
背中に弓、腰に短剣。普通の村人や狩人ではない。
採取や枯れ枝を集める素振りも道具も持っておらず、獲物を探している素振りもなく、マトモな生活をしてないのがありありと分かる、薄汚れた格好なのだから。
ちなみに、冒険者は依頼主と会うこともあるし、魔物を臭いでおびき寄せたくないし、ギルドの指導もあって、割と小奇麗である。
アルは斥候の男に近寄りもせず、男の足元の土を土魔法で伸ばして使い、ガッチリと手錠をかけた。
「盗賊の斥候だな?」
「な、何のことだ?…って、何だこれ?」
「素直にならねぇと生き埋めになるぞ」
男の足元から徐々に土で固めて行く。
「…や、っやだ、やめろ!っや、やめてくれ!話す、素直に話すから!」
まったく根性のない男だったので、素直に吐いた。
やはり、盗賊の斥候で、自分は下っ端なので人質にならない、と強調した。
盗賊は斥候も入れて十一人。
さらった商人も女もおらず、殺しもなるべくやってない。
「少し通行料をもらってるだけだ!」…が斥候の主張である。
アルは、念のため、事実か確認に行ってから騎士たちの元へ戻る。
触りたくないし、臭そうなので斥候の男の顔以外は土魔法で固めたまま、飛行魔法で浮かせてアルの後ろに付いて来るようにし、騎士の前に着いたら、ぽいっと放り出した。
「は、早かったな」
「そう?盗賊のアジトの確認をして来た。小屋を建てて住んでたんで、とりあえず、こいつを除いて十人全員放り込んで閉じ込めて来た。通行料をもらってただけとは言ってるけど、まったく殺してないワケでもないらしい。殺しとく?」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ!情報が多くてすぐに理解出来ない。…ええっと、この短時間で盗賊のアジトに行って、閉じ込めて来た?」
「ああ」
「それで、連れて来るのも面倒だから殺そうかって話?」
「対応を訊いてるだけだって。おれは殺しはなるべく避けたいタイプ。ここから先は追加料金だけど、どうする?ガッチガチに閉じ込めてあるから、放って置いて街に着いてから誰かよこす、でもいいと思うけど」
「ガッチガチ?」
「土魔法で家全体を覆ってある。土魔法が使える人なら解除出来る…と思う」
言ってる途中で、自分が何かと規格外なことを思い出したアルである。
他の魔法使いでも、きっと出入口ぐらいは空けられるだろう。
……多分。
「…うん。分かった。お前なら捕縛して連れて来るのも簡単だと。更に十人なら金貨50枚でいいのか?」
「いや、おれ一人にやらせんなよ。いくら護衛でもある程度融通利かせろって」
「ひ…主の側を離れるワケには行かんのだ。金貨60枚で頼まれてくれ」
不穏な単語を言いそうになってないか?
【時には虐殺もする快適生活の追求者・快適生活のためなら手段を選ばない者に贈られる称号。快適生活を邪魔する権力者、利用しようとする者をなるべく遠ざける】
この称号の効果の『なるべく』部分なのか?
「まず斥候の捕縛の報酬、金貨5枚を払ってもらおうか」
アルが促すと、そうだった、と騎士はすぐ払った。
「報酬は即金で金貨70枚、盗賊たちをここに連れて来るまでしかやらねぇぞ。おれだって暇じゃねぇんだから」
「それで頼む」
報酬金額を釣り上げてやったが、想定内だったらしい。
馬車内の主は金がある貴族なのは間違いないだろう。
アルは再び盗賊のアジトへ行き、土魔法を解除して小屋の中に踏み込み、体術で倒して回り、土魔法の手錠をかけて行った。
そして、全員まとめて結界に閉じ込めた後、小屋全体にクリーンをかけて錬金術でバラして木材は収納し、食料・雑貨その他はスッキリと燃やす。
食料は取っておけば、と誰かが見たなら言ったかもしれないが、腐った物と一緒くたに置いてあった食料なんて、絶対いらない。
お宝と言えるものは何もない。奪う端からどこかに売っていたか、消費していたのだろう。
小屋を解体するのは、盗賊や魔物がまた住み着かないようにするためで、ギルドでも推奨している。
その辺の草で丈夫なロープを錬成すると、結界を解除し、盗賊は手錠同士で繋ぎ、全員をひとまとめにした。
連行するのにも便利なように。
木々の多い森の中で繋いでしまったら、時間がかかることになるが、それは普通に歩いて移動するなら、の話である。
アルは盗賊全員を風魔法で木々の上の空中にぶっ飛ばし、自分は転移で道の側に出て先回りし、方向を風魔法で微調整し、落ちて来る盗賊たちを風魔法でそっと受け止め地面に下ろした。
護衛騎士は六人。馬車内は二人。盗賊が十一人。
逃げ出すだけならまだいいが、反撃されると困ることになるだろう、とワザと乱暴な手段を使ったワケだ。
「ほら、報酬」
唖然と固まっているリーダーの騎士にアルは声をかける。
「え、あ…おう、これだ」
用意していたらしく、袋に入った金貨を渡され、アルは確認せずにマジックバッグ経由で空間収納にしまった。
すると、数えなくても枚数が分かるので。
確かに金貨70枚。
アルはマジックバッグからバイクを出すと、首にかけたままのゴーグルを上げてかけ直し、バイクにまたがった。
「確かに。じゃ、これで…」
「待て待て待て!どれだけ大きな魔法を使ったんだ。十人もまとめて放り投げるって聞いたことないぞ」
「出来てもやらねぇだけじゃね?あちこち色々折れるし、吐いてるし」
もちろん、治してやらない。
ロクなことをしてないのはアジトを見ても分かった。少しは痛い目を見るがいい。
人体は急激な上下左右の移動にも耐えられないが、まとめてぶっ飛ばしたため、人間同士でぶつかって怪我したり、いい所にパンチや蹴りが入ってしまったりしたワケだ。
受け止めるのだけはそっとしたのは、死ぬからである。
「じゃあな。いい旅を」
馬車の中の一人が動く気配があったし、長居は無用だった。
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